ふうの記憶
庭師の言葉通り、片付けは家捜しの倍以上の時間がかかった。正確には、これからどれくらいかかるかわからない。とりあえずお勝手を片付けるのだけで、夕飯の時間になってしまったからだ。
片付けで飯をくいはぐれるというのは面白くない。わたしはだから、いつものように、夕暮れの頃になったら飯を準備した。
庭師も玄も言葉少なだが、飯と味噌汁、干し大根と人参と高野豆腐の煮ものを食べると、少し元気をとりもどしたようだった。「薪はちゃんと、もとの通りに積み上げたぜ、ふう」
ふたりは、わたしが料理をしている間に、外の薪置き場を片付けていたのだ。警部達はそこもひっかきまわしたし、外から見えるところが乱雑な状態だと、万一村の人間がここまで来た場合に妙な勘ぐりをされかねないと、庭師が薪置き場の片付けを優先したがったのだ。
実際、どう思われるかわかったものではない。警部達は、村を通ってここまで来た訳だし、あの時はお午少し前くらいだっただろう。ということは、畑に出ているひと達がおやつを食べている時間だろうから、その姿は確実に見られている。庭師の判断は正しい。
食事がすむと、わたしは余った飯に梅肉をまぜて握った。少しだけ気温が高くなってきたので、腐敗予防のつもりだ。
庭師と玄が、手分けして食器やかまを洗い、拭いている。庭師がいった。
「なあ、ふう、薪の片付けを先にやって、すまんかったなア」
頭を振る。庭師は眉をちょっと寄せた。
「けんどよお、そのために、お前の部屋ア、ひでえありさまのまんまじゃあねえか。今晩、寝る場所がねえ」
握った飯を、葉蘭の上に置いた。寝る場所?
はっとする。そういえば、わたしの部屋は、桐箪笥からひっぱりだしたひきだしと、ひろげられた着ものでいっぱいの筈だ。
今からあれを片付けていたら、よなかまでかかってしまう。それでは眠れない。
わたしは最後の握り飯をつくって、手をゆすいだ。手拭いで拭き、葉蘭を閉じで縛る。葉蘭の端のほうをちょっと裂いておいて、紐がわりにつかうのだ。
すぐの間を示した。丁度、今朝運ばれてきた布団が、まだそこに置いたままになっている。勿論、警部達に存分にふりまわされたあとだが。
庭師はんあーと気のぬけた声を出す。
「ここで寝るか?」
頷く。玄がいった。
「それなら、ふう、僕の部屋へおいで。そうせまくもないし、淋しくない。布団は運んでやろう」
玄としては、他意はなくいったのだろう。単純に、道場のような板の間でひとりというのは、淋しいだろうし寒いだろう、と。
が、庭師はにやにやした。
「おお、うまい手だなア、旦那さま」
玄も、自分が女の子を部屋に誘ったと気付いたみたいで、顎の辺りがちょっと赤くなった。
庭師がああいったので、玄は意識してしまっているようで、動きがぎこちない。それでも、布団を運んでくれた。
誰も、風呂にはいる気力がなく、庭師は俺ア寝るといって自分の部屋にひっこんだ。玄とわたしは、一応寝間着にかえる。わたしがきがえている間、玄は部屋から出ていた。
布団を並べて敷いても、部屋には余裕があった。玄はランプを点し、枕許へ置く。一応、戸締まりはしているが、殺人が二件も起こっているのだ。灯をつけたまま寝るのだろう。電灯の紐を引いたらすぐに灯が点くという時代ではない。
並んで布団にはいった。玄はこちらに背を向けている。せなかが緊張していた。わたしは微笑んで、布団を口許までかぶり、目を瞑った。玄の傍なら、なんとなく安心できる。
翌朝、玄はわたしよりもはやく起きて、箪笥の整理をしていた。綺麗に服をたたみ、ひきだしに仕舞いこんでいる。
わたしは玄にそれを任せ、外へ出た。村でたまごをもらってくるつもりだ。ひきかえにするお握りもちゃんと持っている。
小径を行って、村に着いた。鶏がかしましい。いつでも鳴くけれど、一羽鳴くと連鎖的に鳴くみたいで、朝が一番煩いのだ。
ゆっくり歩いていった。ふうは生まれてこのかた、この村から出たことはないが、村は農村だけあって、やけにひろい。村の端のほうの家になると、どこが誰の家だか、はっきりと覚えてはいない。
ふうの記憶は、どうも、家のなかのものが多い。同年代の子ども達と遊びに行ったことも、ほとんどないみたいだ。大概、母親と一緒に居て、縄をなったり、飯をつくったり、味噌を仕込んだり、漬けものを世話したりしている。どうも、親から家のなかにとじこめられていた節もある。
だからか、殺された村人の名前は、どちらも覚えがなかった。昨日、警部がいっていた男のひとは、もしかしたらあのひとかなあ、というのはあったけれど。
ぼーっと歩いていると、石がとんできた。




