かね
玄はふつかかけ、しっかり休んだ。薪拾いで張り切りすぎたと当人もわかっているようで、今度からしばらく薪拾いは朝のうちだけにするよといっていた。庭師がそれを聴いて、俺の仕事とろうとするからバチがあたったんだアとはしゃいでいた。玄はそれで、笑った。
玄が自分で洗い、干していた黒頭巾は、全部で五枚あった。けれど、玄はそれらを一度洗ってほしいとわたしへ寄越し、洗って乾かしたものを持っていくとしまっておいてくれとつづらを示した。もう、かぶるつもりはないみたいだ。
朝から細かい雨が降る日、玄はすぐの間で、風呂敷を解いている。わたしは鍋のなかに味噌をとき、鍋の縁をかつかつと鳴らした。庭師が勝手口からはいってくる。「おお、きのこの汁かあ」
にこっとした。昨日、作次がきのこを持ってきてくれたのだ。みんなにはないしょだよ、といって、きのこを幾らかくれた。玄がお礼にと、さつま芋を数本あげたが、作次は玄の火傷に覆われた顔を見ても、なにもいわなかった。驚いた様子もなかったので、こちらが反対に驚いてしまった。
きのこの味噌汁、白菜の漬けもの、たまねぎのみじん切りをまぜた納豆、炊きたての飯。いつもの玄ならとんでくるが、今朝は風呂敷の中身の検分に、真剣な表情になっている。
つい先程、荷運びを頼まれたと、屈強な男ふたりがやってきたのだ。運んできたのは桐箪笥と、真綿の布団が一式、大きな風呂敷包みがみっつ、それに春慶塗の文庫と、手紙。それらは、玄のおばあさんから贈られたものだった。
わたしはまた、鍋の縁をかつかつと叩く。玄がぱっとこちらを向いたが、顔をしかめる。
「ふう。これはふう宛てのものなんだぞ。お前も見なさい」
頭を振った。味噌汁がおいしいうちに食べなさい、というつもりだ。玄には通じたみたいで、にやにやしながらこちらにやってきた。
「ああ、作次のとったきのこだものな。おいしく食べないと、作次に悪い」
どうも、わたしが知らない間に、玄は作次に数回あっているらしい。魚釣りにひとりで行ったときに、作次も子ども達と魚をとりに来ていたのだろう。玄は子ども相手でも変に威張らないから、作次は玄にさつま芋をもらってもへりくだった様子はなかった。
玄と庭師があがり框に並んで座った。わたしは笑いながら、それぞれに味噌汁をついで渡し、飯をよそって渡す。白菜の漬けものと納豆の大鉢は、もうあがり框に置いてあった。こんなところで食事をするのはマナー違反だろうが、誰もそんなこといわない。
わたしも、玄の隣に腰掛け、味噌汁をすすった。天然もののきのこは、菌床栽培のきのことは比べものにならない。香りがよく、歯ごたえも抜群だ。
玄が味噌汁でどんぶり飯を一杯食べ、納豆で二杯目をぺろっと食べた。このところは、自分でおかわりをよそっている。ふうにしてもらうと量が少ない、と可愛らしいことをいっていた。
玄は三杯目の飯を白菜の漬けもので食べながら、ひょいと肩越しに風呂敷包みを見る。
「ふう、気にいらないものは身につけなくっていいんだぞ。おばあさまに送りかえせばいい」
頭を振った。風呂敷包みの中身は、紅絹の襦袢が二枚、絹のが二枚、ひとえが四枚、あわせが五枚、羽織が三枚、丸帯が五本、半幅が十本、腰巻きが十枚以上と、椀飯振る舞いだ。それらすべて、玄のおばあさんが見繕って、買ってくれたものらしい。
どうも、玄はおばあさんとは良好な関係らしい。例の殺人計画書にも、おばあさんを殺す計画は記されていなかった。
銘仙の羽織が二枚、あるのに、さっき気付いている。銘仙だ。なにを気にくわない訳があるだろう。
春慶塗の文庫には、かんざしや櫛がはいっているそうだ。それらは全部、単に贈りものというだけではないと思う。
いざとなったら、質にいれればお金になる。玄のおばあさんは、そういうことも見越して、あれだけいいものをくれたのじゃないかしら。
玄は白菜をかみしめ、飯をぱくつく。
「かねつけの道具も贈ろうかと書いてあったが、要らないと書いて返したからな。あれをしていると青菜を食べられないっていうじゃないか」
食べものが制限されるというのは、玄にとっては随分つらいことのようだ。わたしのお歯黒の心配までしてくれる。
最近はお歯黒も廃れたけれど、玄は華族で、多分もともとが武家だ。「月下の菫」の年代設定ははっきりしていないが、明治時代だとしたら、玄のおばあさんなら武家の妻女はお歯黒をして当然という価値観だろう。
ということは、わたしは玄の妻だと思われているのか。
それがわかってちょっと笑うと、玄は小首を傾げた。




