表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/24

ショックなこと




 眠っていたらしい。庭師の声で目が覚めた。

「おおい、()()、旦那さま、どうしたんだア。くどに火をつけたまんまはなれちゃなんねえよお」

 わたしはお勝手へ走り、靴を脱いでいる庭師の腕をひっ掴んで、(くろ)の部屋までつれていった。庭師は(くろ)が、頭巾を外した状態ですうすう寝息をたてているのを見、ぽかんと口を開ける。

 わたしは(くろ)の枕許にある、水のはいった鉢だとか、まるまった手拭いだとかを、示した。庭師は合点したらしい。

「旦那さまア、風邪かあ?」

 頷いた。庭師は小刻みに頷く。

 わたしは庭師をそこへ座らせ、お勝手へ行った。(くろ)になにか食べさせないといけない。庭師がみていてくれるから安心だ。


 たまごは、オムレツライスではなく、かきたま汁になった。具は人参とたまねぎで、塩をきかせている。

 昨日からかまのなかにいれっぱなしのさめた飯も、少しだけよそった。熱いかきたま汁をかければ、たまご雑炊みたいにして食べられる。(くろ)の食欲があるなら、そうすればいい。

 お膳を整えて運んでいくと、(くろ)は布団の上で上体を起こし、庭師が(くろ)の頭を手拭いで拭いていた。(くろ)はまぶたを緩慢に動かす。「おう、()()

 お膳を軽く持ち上げて示した。置くと、(くろ)は嬉しそうにああという。

「うまそうな汁だな」

 庭師が(くろ)の頭を拭くのをやめ、はなれた。わたしはどんぶりを持ち上げ、匙でかきたま汁を掬う。「自分で食べる……」

 こほっと(くろ)が咳をした。わたしは頭を振り、匙を(くろ)の口許へ持っていく。(くろ)は素直に、汁を食べた。

 案の定、飯もほしいというので、汁のなかに飯をいれた。ほぐして少し、汁を吸わせ、(くろ)に食べさせる。(くろ)はうまいうまいと喜んで、持っていったものをぺろっと食べた。

 食べると疲れたのか、横になって寝息をたてている。庭師がぐすっと洟をすすった。

「旦那さまア、あんな火傷してたんだなあ。お体、つらいだろうに、薪拾いだのなんだの、してくれてェよお。いいかただなア」

 頷いた。きっと、疲れがたまっていて、風邪に勝てなかったのだろう。

 わたしの顔色がよくないと、庭師はわたしを部屋へ行かせた。庭師が(くろ)を見ていてくれるそうだ。わたしは相当ほっとしたみたいで、そのあとの記憶が曖昧になっている。


 (くろ)と庭師の笑い声で目が覚めた。

 目やにのついた目をこすりながらお勝手へ行くと、あがり框に(くろ)が座り、庭師が鍋をかきまぜている。かきたま汁の残りをあたためているようだ。「おう、()()

 庭師がわたしに気付き、(くろ)が振り向いた。頭巾はかぶっていない。白髪が、開け放たれた勝手口からはいる日光で、きらきらしている。

()()。ありがとう」

 わたしは、まだ十六歳の(くろ)が、やっぱり白髪が沢山ある、というのに、思いがけず大きなショックをうけてしまった。それで、(くろ)に駈け寄って、ぱっと抱きつく。

 涙がにじんでいた。(くろ)はわたしを抱き留め、せなかをぽんぽんと叩く。「どうした、()()?」

「旦那さまが死んじまうんじゃないかって思ったんだろう。なあ、()()? ()()は旦那さまが好きだもんな」

 (くろ)の胸に顔を埋めたまま、頷いた。(くろ)がびくつく。

「ぼ、僕を好きなのか、()()

「なアにいってんだあ、このひとお」

 庭師がいつにもまして間延びした調子でいう。「()()はなんだって、旦那さまのことばっかりで、それに比べたら俺なんて、その辺の木桶くらいにしか思っちゃいねえよオ」

 ぱっと顔を上げ、頭を振った。それから、ちょっと考えて、薪を示す。

「俺ア薪拾いだけしか役立たねえってか? こりゃいいやア」

 庭師は何故だか喜んだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ