ショックなこと
眠っていたらしい。庭師の声で目が覚めた。
「おおい、ふう、旦那さま、どうしたんだア。くどに火をつけたまんまはなれちゃなんねえよお」
わたしはお勝手へ走り、靴を脱いでいる庭師の腕をひっ掴んで、玄の部屋までつれていった。庭師は玄が、頭巾を外した状態ですうすう寝息をたてているのを見、ぽかんと口を開ける。
わたしは玄の枕許にある、水のはいった鉢だとか、まるまった手拭いだとかを、示した。庭師は合点したらしい。
「旦那さまア、風邪かあ?」
頷いた。庭師は小刻みに頷く。
わたしは庭師をそこへ座らせ、お勝手へ行った。玄になにか食べさせないといけない。庭師がみていてくれるから安心だ。
たまごは、オムレツライスではなく、かきたま汁になった。具は人参とたまねぎで、塩をきかせている。
昨日からかまのなかにいれっぱなしのさめた飯も、少しだけよそった。熱いかきたま汁をかければ、たまご雑炊みたいにして食べられる。玄の食欲があるなら、そうすればいい。
お膳を整えて運んでいくと、玄は布団の上で上体を起こし、庭師が玄の頭を手拭いで拭いていた。玄はまぶたを緩慢に動かす。「おう、ふう」
お膳を軽く持ち上げて示した。置くと、玄は嬉しそうにああという。
「うまそうな汁だな」
庭師が玄の頭を拭くのをやめ、はなれた。わたしはどんぶりを持ち上げ、匙でかきたま汁を掬う。「自分で食べる……」
こほっと玄が咳をした。わたしは頭を振り、匙を玄の口許へ持っていく。玄は素直に、汁を食べた。
案の定、飯もほしいというので、汁のなかに飯をいれた。ほぐして少し、汁を吸わせ、玄に食べさせる。玄はうまいうまいと喜んで、持っていったものをぺろっと食べた。
食べると疲れたのか、横になって寝息をたてている。庭師がぐすっと洟をすすった。
「旦那さまア、あんな火傷してたんだなあ。お体、つらいだろうに、薪拾いだのなんだの、してくれてェよお。いいかただなア」
頷いた。きっと、疲れがたまっていて、風邪に勝てなかったのだろう。
わたしの顔色がよくないと、庭師はわたしを部屋へ行かせた。庭師が玄を見ていてくれるそうだ。わたしは相当ほっとしたみたいで、そのあとの記憶が曖昧になっている。
玄と庭師の笑い声で目が覚めた。
目やにのついた目をこすりながらお勝手へ行くと、あがり框に玄が座り、庭師が鍋をかきまぜている。かきたま汁の残りをあたためているようだ。「おう、ふう」
庭師がわたしに気付き、玄が振り向いた。頭巾はかぶっていない。白髪が、開け放たれた勝手口からはいる日光で、きらきらしている。
「ふう。ありがとう」
わたしは、まだ十六歳の玄が、やっぱり白髪が沢山ある、というのに、思いがけず大きなショックをうけてしまった。それで、玄に駈け寄って、ぱっと抱きつく。
涙がにじんでいた。玄はわたしを抱き留め、せなかをぽんぽんと叩く。「どうした、ふう?」
「旦那さまが死んじまうんじゃないかって思ったんだろう。なあ、ふう? ふうは旦那さまが好きだもんな」
玄の胸に顔を埋めたまま、頷いた。玄がびくつく。
「ぼ、僕を好きなのか、ふう」
「なアにいってんだあ、このひとお」
庭師がいつにもまして間延びした調子でいう。「ふうはなんだって、旦那さまのことばっかりで、それに比べたら俺なんて、その辺の木桶くらいにしか思っちゃいねえよオ」
ぱっと顔を上げ、頭を振った。それから、ちょっと考えて、薪を示す。
「俺ア薪拾いだけしか役立たねえってか? こりゃいいやア」
庭師は何故だか喜んだ。




