看病
揺すぶるが、玄はうーんと唸って起きない。わたしは玄の体の下に、苦労して腕をいれ、なんとか上体を起こした。すると、玄が目を覚ます。
「ふう」
玄の声はいつもよりひび割れて、がさがさしていた。「僕……」
立ち上がる。玄もなんとか、自力で立っている。肩を貸して、歩かせた。
玄は部屋に、布団を放り出していた。わたしは玄を座らせ、布団を整える。玄は熱が酷くなってきたようで、小刻みに震えている。
玄をひっぱって、布団にはいらせた。玄はもごもごとお礼らしきことをいう。わたしは頭を振って、お勝手へ走って戻った。
鍋にお湯をわかす。湯呑みに砂糖と塩をいれた。熱いお湯でそれをとかし、水を少し加えてさます。
経口補水液を持って戻ると、玄はうんうん唸っていた。苦しそうだ。
玄の布団の傍に正座する。玄はわたしに気付いたみたいで、はっと息をのんだ。「ふう」
湯呑みを示す。玄はかすかに頷いたが、体を起こせないらしい。わたしは玄の頭の下に手をいれて、頭を少しだけ起こしてあげた。
玄が頭巾を少し、めくった。わたしは玄の口に湯呑みをあてがい、傾ける。玄は経口補水液をうまそうに飲んだ。
「……ありがとう……」
湯呑みをからにすると、玄の頭がぐっと重くなる。意識を失ったのだ。
わたしは湯呑みを持ってお勝手へ戻り、すぐの間に散らばっている洗濯もののなかから手拭いを数本見付けだして、玄の部屋へ戻った。
手拭いを玄の部屋へばらまくみたいにしてから、またお勝手へ戻り、綺麗なお鉢にお湯を注いで玄の部屋へ運ぶ。経口補水液は、うすめのをどんぶり一杯つくって、そこに匙をいれて持っていった。
お鉢から湯気が出て、湿度は保たれている。窓は閉まっているし、不安にならないようランプに火をいれた。
玄の隣に正座する。玄は胸を大きく上下させて呼吸している。苦しいのだろう。
頭巾は少しめくった状態だが、鼻が覆われていては苦しい。
わたしは決心して、黒の頭巾を脱がしにかかった。玄は眠っていて、うんうん唸るばかりだ。抵抗しない。
苦労して頭巾をひっぱり、とりさると、玄の顔がランプに照らされてしっかりと見えた。
思っていたよりも、火傷は酷い痕を残している。
玄の顔は、右頬の下半分と、鼻の下と上唇の右半分、下唇から下以外は、火傷痕に覆われていた。特に、生え際付近と、左頬骨辺り、鼻の状態が、よくない。濃い紫や赤紫のケロイドになっている。
右まぶたはしっかり閉まるみたいだが、左まぶたは少しだけ開いたままだ。目は大丈夫なのだろうか。
火傷をおった部分は汗をかかないようで、そうでない部分にだけ汗がういていた。わたしは手拭いでそっと、玄の汗を拭う。
玄の手がわたしの手首に触れた。「ふう……?」
その手を布団のなかへ戻し、汗を拭う。玄は髪を短く切っていた。風呂場で髪の毛が落ちているから、なんとなくわかっていたことだ。頭皮は火傷していないみたいで、汗が凄い。
それよりなにより、まだ十六歳の筈の玄の髪に、白いものが散見されるのはショックだった。相当、腎臓に堪えたのか、ショックだったのか、栄養が不足しているのか……。
「ふう、僕を見るな」
玄がいやにしっかりした調子でいった。わたしはそれを無視し、経口補水液のどんぶりを匙でまぜる。ひとすくいして、玄の口へ持っていった。玄は下唇に匙が触れると、うっすら口を開く。唇をしめらす程度だが、これだけ汗をかいているのだから、水分をとらないと脱水を起こしてしまう。
玄の頭を持ち上げて、枕との間に手拭いをすきこんだ。枕が汗でぐっしょりだ。これは、長丁場になるかもしれない。
玄は二回、目を覚まして、トイレへ行きたがった。わたしが手を貸してトイレまで行き、戻ると水分をとらせる。二回目の時は、玄の頭がだいぶはっきりしたみたいだったから、服をかえさせた。はずかしがるのを無視して服をひっぺがし、乾いた寝間着にかえさせたのだ。
経口補水液は三回つくった。玄は相当汗をかいていて、あの味がおいしく感じるらしく、ごくごくと咽を鳴らして飲んだ。
ランプに油をつぎ足し、玄が呼吸しているかたしかめ……うとうとしかけること数回、窓の隙間から朝日がさしこんだ。
玄の呼吸は安定している。首に触れると、体温もそこまで高くない。危ない状態は脱したみたいだ。
それでも心配なので、わたしはトイレ以外ではそこからはなれなかった。玄は眠り続け、時折トイレへ行きたがり、水をほしがる。わたしはトイレまで玄をつれていき、うすめた経口補水液を飲ませた。




