事故りそう
結局、庭師が戻ったのは、玄が魚釣りに行くのが常習化した一週間後だった。「旦那さまア、遅くなって申し訳ございませんん」
庭師はのんびり、そう謝って、玄に頭を下げている。玄は鷹揚に片手を振った。
「いい。道が塞がっていたのだろ」
昨日、作次が森をぬけて走ってきて、教えてくれたのだ。村から隣町へ通じる道は、この間の大雨で地面がゆるくなり、庭師が隣町へ行ったあとに崩れてしまっていたらしい。作次はそれを伝えに来たお駄賃だと、玄からさつま芋を三本もらって、大喜びで走って帰っていった。
庭師は恐縮しているが、のんびりした口調はかわらない。
「はあ。いやあ、本当に、難儀しまして。でも、きちんと、干物も納豆も手にいれましたし、米もこの通りで」
「ああ」
庭師は転んでもただでは起きないタイプのようで、足止めされている間に米屋や八百屋をまわり、隣町で手にはいる食糧をおおよそのところ買い付けていた。勿論、納豆と干物を買うくらいのお金しか持っていなかったので、運んでくれたら荷運び代も含めて金を払うと約束して、運ばせたのだ。
玄は食糧の代金だからか、こだわりなく支払った。おかげで、お勝手の隅には食糧のはいったかごが沢山ある。これで、しばらくは心配ないだろう。
庭師はそれをちらっと見てから、その横にある薪の山に目をまるくした。玄がそれに、自慢げにいう。
「お前が居ないから、僕が薪を拾ってるんだ。ふうにばかり苦労させる訳にはいかない」
玄は胸を張った。「僕は水くみもしているんだ。鍋も洗えるようになったぞ」
庭師はちょっとぽかんとしていたが、そのあと笑った。玄はせなかをまるめた状態でそれを見ている。獲物に飛びかかろうとする猫のような雰囲気なので、軽く袖をひいて、落ち着かせた。庭師がにやにやしている。
「旦那さまは、お優しいかただろ」
しばらくぶりに草むしりをした庭師が戻ってきて、薪を積み上げる。ちょっとお手伝いをはじめたばかりの玄と違い、さすがに庭師というだけあって、持ってくる薪の量が多い。山が見る間に二倍になる。
庭師がにこにこ顔でこちらを振り向いた。洗った皿を拭いていたわたしはこっくり頷いて、身につけている着ものを示した。玄は言葉通り、お下がりの小袖を一着くれたのだ。女ものが手にはいるまでの辛抱だから、といって、品がいい絣を。
庭師はうんうん頷く。
「旦那さまはなあ、お優しいから、むすめっこは自分をこわがるって奥にひっこんでおいでだったんだあ」
庭師の声はいつにもまして鼻にかかっている。それで、彼の目が潤んでいるのに気付いた。「帝都にいらした頃に、むすめっこに悲鳴上げられたらしくてよ、それをずーっと覚えておいでだよ。いいかたなのになあ」
それには同意するしかない。玄はいい子だ。
「ふうは口が重てえ、気の弱い子だって聴いてたから、心配だったんだけんども。でもよかったなア、馬が合って。夫婦っつうのはそうだわなあ、馬が合いさえすりゃあそれでいいのよ」
うん?
首を傾げた。庭師は腕組みして頷いている。
「体、きつかったらよお、俺が仕事かわってやっから。女は大変だなあ」
なにやら大きな勘違いをされている。
しかし、訂正しようにも、あまりのことにふうの体が驚いてしまい、言葉が出てこなかった。庭師は軽いあしどりで、またしても薪を拾いに出発し、わたしは動揺して危うく皿を落とすところだった。




