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異端賢者と精霊の使徒たち  作者: 霰
戦士の子と賢者
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6話


 列強の学び舎は、大抵『有神人種』に魔法の行使を教えるものであるが、当然の如く子供たちに基礎的な社会の知識を教える場でもあった。

 即ち、単純な文字の書き方や、火の起こし方など簡易的な科学実験のようなものだ。

 自然科学の知識は『起源書』にちらほらと記述があり、基礎の学習としても用いられるものだったが、実践となるとやはり手を動かして試すほかない。

 今回の授業は、中庭にて火打石の使い方の練習だ。

 些末な内容に見えるが、火の魔法の使い手以外はこれを覚えないと自力で火を焚けないため、煮炊きをするにも冬に暖を取るにも苦労する。魔法が使えない奴隷にも、炊事の仕事をするのに必須の啓蒙だった。

 これらは魔法を用いないため、ボリスも安心して受けられる授業だったし、普段は魔法頼りの他の生徒より手際を誇れる珍しい機会でもあったのだ。

 ボリスは火鉢と火皿を運ぶだけでいいと言ったのだが、ユキはくるくると辺りを飛び回り、中庭中から主人が求めるものを拾ってきてくれた。

 その甲斐あって、二人の作業は誰より早い。

 ノロを始め、奴隷に作業を任せきりにする他の生徒を差し置いて、ボリスは手早く火種を作り、ユキが集めてきた木の枝に立派な薪を起こしていた。


「流石のお手際です、ご主人様!」


「まぁ、父上に散々仕込まれたし……お前も頑張ってくれたからね」


 ボリスの父バードンは軍属だったこともあり、生存に関わるこの手の技術に長けていた。

 緊急時、傍に火の魔法の使い手がいるとは限らないということで、息子のボリスもよく仕込まれていたのだ。

 普段は落ちこぼれのボリスに先を越されて、級友の大多数は面白くなさそうに顔を歪めていたし、特に彼を見下すノロは心底忌々しそうにしていたが、


「……先生、できました」


「おぉ、流石はノロ君、優秀ですなぁ!」


 直後、ノロの足元でも火が起こった。

 言うが早いか、ノロは教師を呼びつけて確認を取らせ、それを見た教師も妙に大げさに喜んで見せたものだ。

 普通、手作業で火を起こすときは火種からじりじりと煙が上がり、それがゆっくりと薪に燃え移って炎が立ち上がるものなのだが、あの炎はまるで手品のように突然現れたように見えた。

 何かと胡散臭い空気を漂わせる彼らを見て、普段の様子を知らないユキは見るからに眉を顰め、


「……なんか、感じの悪いお方ですね」


 ついでに声も潜めて主人に囁きかけたのだ。

 話しかけられたボリスは小さく溜息を吐いた。


「あいつは火の使い手だから、また魔法で不正したんだろ……ああいう奴はずっと成長しないんだ。周りもおべっかを使うし」


「どうしてですか?」


「……司祭の息子なんだよ、あいつ」


 それだけ言われれば、ユキは納得したように頷いた。

 この聖王国だけでなく、列強と呼ばれる国々において『魔導教会』とは絶対の威信と権力を持つ。

 この世界で魔法を使える者、即ち『有神人種』はおおよそ全て教会の教えを受けている。

 となれば、日々の暮らしで魔法の恩恵を受ける度、その授け手と呼ばれる天主、及び教会に感謝して心酔していくのだ。

 そうした人々の寄付によって教会には巨万の富が、戦力が集まり、しかもそれには国境がない。自国民からしか税を集められない国よりも大きな力を持つのは必然だった。

 ノロはその教会の要職の息子であり、この学び舎では一番の御曹司だ。

 生徒は勿論、教師たちも、下手をすれば兵士すら彼に滅多なことはできない。だからこそ彼は増長し、底抜けに横暴にもなってきた。

 ガキ大将兼、学び舎の鼻つまみ者と呼ばれる人格は、こうして形成されたものだった。

 周りの者も密かに煙たがっていたが、だからといって何をできるでもない。

 実はこの教師も不正に気付いていたが、誤魔化して授業を続けるしかなかったのだ。


「えー……このように火、及び熱というものは、物体の摩擦によって起こるものなのです。火の魔法はその素養を持つ者の信心によって指した場所に摩擦を生み、炎を発生させると言われています」


 信心、とはそのまま信仰心の事だ。

 魔法の授け手である天主への信仰の深さによって魔法の威力は増減する、というのが教会から広められた通説であり、おおよそ誰もがそれを信じていた。

 要するに、魔法が弱い者は信仰心の弱い者である、ということだ。

 この思想は列強では無数の差別や迫害を生んできたが、それがあえて是正されないのは列強国外の人間を奴隷として使い続けるのに都合がいいからである。

 彼らを劣等人種としておくのに、信仰の違いや魔法の有無というのは基準としてわかりやすかったのだ。

 実際に差別を受ける側からすれば、たまったものではなかったが。


「ボリス君も手際が良いのは結構ですが、もう少し天主への信心を磨きなさい。手作業に頼ってばかりでは、どこにも仕事の貰い手がありませんよ。お父君の武勇に驕らず、よく励むように」


「……はい」


 結局、ノロに言うべきだった台詞は、憂さ晴らしのようにボリスに向けられる。

 この青年に限らず列強の教師は、多くが教会の回し者だった。

 彼らも一人の人間である。ボリスがよく励んでいるのを知っていても、教義と自分の立場を守るのに精一杯なのだ。

 そんな有様だから、授業でどんなに活躍してもボリスはうだつが上がらない。

 成果を上げながら評価されず、俯きがちな主人の顔を、ユキは黙って見つめていた。


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