13話
屋敷に戻ったボリスが、母親にリリアの居所を訊ねたところ、変わらず部屋に引きこもっているということだった。
息子が急に許嫁を気にし始めたのを見て、アイビナ姫は僅かに首を傾げたものだが、
「ちゃんと、話がしたいのです。こんな状況だから」
ボリスの口からそれだけ聞くと、微笑んで通してくれた。「やはり、ちゃんと男になりましたね」との言葉は、隣にいるユキだけが聞いていた。
リリア嬢の部屋は、仮にも跡継ぎの許嫁ということで屋敷でも一番大きな部屋だ。
リリアはユキと戯れるために自分の侍女を連れてこなかったので、ボリスの大切な人はこれまでずっと、主人の許嫁にかかりきりだった。
だからこそ、ユキは意せずして自分の恋敵となった少女の言葉を、無数に聞いてきたのだ。
ボリスは部屋に向かう道すがら、ユキからその時のやり取りを聞いていた。
「ご主人様、リリア様は、本気でご主人様に思いを寄せておいででした。それでも、ユキの事も本当に可愛がってくれたんですよ?」
「……奴隷として、だろう?」
「もうっ、ご主人様ったら……ユキを大事にしてくれるのは嬉しいですけど、そんなにお仲間を疑っちゃ駄目です。ご主人様だって『有神人種』なんですから」
仮にも話をしに来たのに、この変りようの無さではいけないと、ユキは主人を窘めた。
異人たちに近づいたためにボリスは『有神人種』に懐疑的だが、ユキは優しい主人に出会ったために逆の発想を持っていた。
自分たちを冷遇する『有神人種』にも、きちんと人格ある人は存在するのだと、ユキは骨身に染みて知っている。そういう意味では主人以上に公平で、偏見のないものの見方をできるのだ。
確かにリリアの本性は、教会の関係者ということで差別的なものだった。
だが『精霊』の真実を知った今ならば、と。
「リリア様は、本当にお優しい方ですよ。確かにちょっと偏見はあったかもしれないけど、本当のことを知った今は、とても悔やんでらっしゃると思います。人を、人じゃないものとして見てきたことを」
「……そうかな」
「はいっ、これでいいのかなって思うけど、ユキはご主人様よりもリリア様には詳しいですよ」
「……わ、悪かった」
にっこり誇らしげなユキの笑顔は中々に深く、ボリスの心を抉った。
仮にも許嫁のことを、つがいの片割れよりメイドの方が詳しいというのは何とも言えない罪悪感がある。
確かに、よく知りもしない相手のことを悪しざまに語るのは、これまで『有神人種』が『神なし』の奴隷にしてきた差別と変わらない。
責めるでなくやんわりとそれを窘められて初めて、ボリスは自分の在り様を改めて恥じた。
「……そうだな。お前が言うなら、間違いないんだろう。ちゃんと謝って、そして……」
リリアは、誠実に向き合うに足る相手だ。少なくともユキはそう信じているらしい。
ボリスとユキの主従は相互依存だ。片方が信じるものは、もう片方もまた信じる。
ユキが信じた人ならば、自分もまた信じようと、ボリスは大切な片翼に伝えた。
そんなやり取りをしている間に、二人はリリアの部屋の前に辿り着いていた。




