6話
リリアに協力を仰ぎ、聖騎士団からバルマナの情報を得る。
真面目で武人然とした弟子から飛び出した思わぬ策には、リゲルも思わず目を白黒させていた。
本人は先日の方法でボリスの屋敷に拘束されているが、そんな許嫁を密かに利用しようとは、確かに彼らしからぬやり方だ。
とはいえ、流石に『精霊の使徒』たちのまとめ役だけあり、冷静になるのもまた早かった。
リゲルは一瞬考え込んだだけで次の瞬間には真顔になり、更に一拍でいつもの微笑みを浮かべていた。
「なるほどね。確かにリリアさんなら、聖騎士団を通じてバルマナの情報を得られる。聞いた感じ彼女は……少なくとも君には、口が軽そうだしね」
「それに、こちらが得ている情報を向こうに渡すこともできる筈です。聖騎士団が、俺たちが得ている情報まで持っているとは限らないですし」
具体的には、奴隷の扱いが悪い、或いは不自然に入れ替えが激しい者の名と、所属だ。
聖王国の内部関係者はリゲルが調べていたし、ボリスは以前ビルスに訊ねて、リコンから来た生徒の情報もまた、得ている。
カーマル卿が『精霊の使徒』について知っているなら、聖王国の奴隷については調べるだろうが、流石にリコンまで調査の手は回っていないだろう。
バルマナを拠点として蜂起を起こすのなら、リコンから留学してきた生徒の奴隷の中にも刺客が潜んでいると見るべきだ。
その旨を聖騎士団に伝えられれば、或いは事が起きる前に一派を止められるかもしれない、というのがボリスの意見だった。
だが、
「……仮に使徒を見つけたところで『大精霊』相手で騎士に何ができるのですか? 引っ立てようとして返り討ち、では意味がありませんよ」
これは、他ならぬグウィンの一派だったフェイの言葉だ。
『有神人種』は基本的に『小精霊』しか得られず、魔法の威力は使徒たちに遠く及ばない。
仮に根城なり密偵なりを見つけたところで、力負けして逃すようでは何にもならないのだ。
ただ、これにはリゲルが厳しい口調で反論を述べた。
「フェイさん……聖騎士の精兵ぶりを甘く見てはいけないよ。確かに彼らは『小精霊』の魔法しか使えないが、いずれも国軍の一兵卒なんか比べ物にならない、相当の使い手だ。君のご主人と同じくらいのことは、当然にやってくるのだよ」
「僕、ですか?」
「そうさ……『赤杖祭』の決勝、君はフェイさんの不意打ちがあったとはいえ、ボリス君を下してみせたじゃないか。聖騎士の多くは『精霊』という名こそ知らされていないが、アルフ君同様魔法の源が自分の内にあることは理解している。教会の意向で、絶対に他言はできないようだがね」
魔法が神の賜物でないことが知れれば、教会に不信感を抱く者が現れる。なので他言無用、ということだ。
しかし、アルフのように魔法の力を引き出せる知識は持っているようで『大精霊』の魔法であっても力任せに勝てる相手ではない。
それこそ奴隷労働しか知らない普通の異人なら、訓練を積んだ彼らは鎮圧も可能だという。
フェイの担当は国境の兵士たちなので、聖騎士についてよく知らなかったのは不自然ではないが、それでも敵の種戦力について知らない辺り、彼女は本当に端役の構成員として扱われていたらしい。
俯くフェイに、周囲の目がほんのりと同情的になったが、
「……じゃあ、私では聖騎士には」
「勝てないだろうね。戦いに巻き込まれれば、今ならともかく以前のアルフ君を逃がすとか、庇うようなことはできなかっただろうさ。それはグウィンもわかっていたはずだよ」
そんな彼女にも、リゲルは厳しく現実を述べた。
この師は基本的には優しいが、事実だけはきっぱりと言い切る人だ。
リゲルの言葉は要するに、グウィンが最初から約束を守る気がないと遠回しに示していた。
詰まるところは所詮駒扱いされていたのだと、遠回しながら直戟に言われて、フェイは猶更表情を暗くした。
付き合いの浅いアルフは怒りかけたが、それはボリスが手で制して、話を続けた。
「それで、どうでしょう? リリアからなら、バルマナの事も聞き出せると思いますが」
「ふむ……聞き出すのはいいが、リリアさんに情報を渡すのは、ちょっとねぇ……」
リゲルは素直にボリスの策だけは評価してくれたが、彼もリリアへの印象はあまり良くないらしい。見るからに眉根を寄せていた。
「聖騎士の活動状況は機密事項も良い所だ。まぁ、君に心を許して話しているのかもしれないけど、それでも簡単に口外していいものじゃないし、少なくとも、味方として信用できる相手ではないと思うよ。君に情報をくれる期待ができるくらいだし、私はちょっと『精霊の使徒』に彼女を引き入れる気にはなれないが……どうしたね、ボリス君」
「はい?」
リリアの加入を却下されると、ボリスは確かに表情を曇らせていたらしい。
顔に出ていたとは気づかなかったボリスは師の言葉に驚き、目を丸くした。
「いや、妙に残念そうだが、君は彼女に然程思い入れはないだろう? なのに無理して味方に引き入れようとするとは、私にも不可解だ。理由を聞いてもいいかな?」
「大した理由では、ないのですが」
考えてみれば自分の気持ちだ。指摘されれば、答えることはできる。
動揺が収まると、ボリスは静かに答えた。
「リリアに奴隷をいたぶる趣味はないけど……同列の人間だとも、思っていません。だからこそ使徒に入れるのは難しいのはわかるのですが、聖騎士団長の娘で、尋常の価値観を持った『有神人種』であるあいつは、恐らくグウィンさんにとっても……」
「有用な得物、か。なるほどそれで、真実を伝えてこちらの陣営で保護できればいいと思ったのか。ふむ……」
味方としてリリアが信頼できないのは、ボリスにもよくわかっている。
親が勝手に結んだ縁であり、ユキのような愛着も感じていない。
その上で、少なくとも今のところは、リリアはボリスの許嫁で学友だ。危険がわかっているなら、守ってやりたいのは人情だった。
そして、そんな弟子の性質は、リゲルにとっても好むところだった。
「……彼女を使徒に入れてやるわけにはいかないが、出来るだけのことはしよう。ガルズ、頼んだよ」
かくして、リリアがガルズの部下の護衛を受けられるよう、話がまとまった所で客間の扉が叩かれた。
この屋敷は、ガルズの部下が番人に立っている。なので入ってこられるのは『精霊の使徒』だけだ。
ボリスが扉を開けると、そこには隣の屋敷でリリアの相手をしているはずのルシアが深刻そうな顔で立っていた。
「あぁ、ボリス君、よかった。ちゃんとここにいて……君にお客様よ」
「お客? ウチにですか、誰です」
「ビルス君よ、急に喪服を着て現れるんだから、びっくりしちゃった」
「喪服? ノロの葬儀はもう終わったのに……」
ボリスは訝しんだが、委細を聞くと他の面々も含めて驚きの声を上げた。
亡くなったのはこの王都の司祭、ビルスの父親だという。
一大事を察したボリスは促されるまま部屋を飛び出し、アルフの主従とガルズもそれに続いた。




