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異端賢者と精霊の使徒たち  作者: 霰
学園の魔剣戦士
44/85

19話


 無暗と広いバルマナの校舎には、学生寮以外にも来賓を収容するための客室がある。

 普段は神学部が使っている聖堂は、元は『バルマナ騎士団』への慰霊のために建てられたのだが、神職者たちの宿舎は未だ健在だ。

 ボリスはそこに母親を案内すると、自らは人気の失せた寮舎の陰で、師と密かな再会を果たしていた。


「リゲル先生、お久しぶりです。その後、息災でしたか?」


 一応聞いてはみたが、リゲルはどこからどう見ても元気そうだ。

 曰く、リゲルとルシアはガルズの使用人に扮して宴に紛れていたらしい。

 リゲルはどうやら酔っているようで頬がほんのり紅潮しており、ルシアはそれを呆れた表情で見つめていた。


「やぁ、こっちはこの通り、何もお変わり無しって感じだけど……ボリス君は随分と雰囲気が変わったねぇ」


「そうですか?」


「あぁ、何となく明るくなったよ。友達ができたとは聞いてたけど、青春の力ってのは偉大だねぇ。それにユキさんもまた一段と身体つきが……ぐふぅっ」


「……まぁ、ボリス君は明るくなったけど、ユキちゃんは相変わらずご主人様にべったりね。そりゃアイビナさんもやきもきするわよ」


 リゲルはユキに一瞬邪な視線を向けたが、次の瞬間ルシアの拳が鳩尾に突き刺さって奇声を上げた。

 リゲルやガルズが失言をしては、ルシアに窘められる一連の流れは、修業時代に散々見慣れている。

 確かに、彼らは言葉通り変わりはないようだ。

 別れた時と同じく、陽気な取り組みを繰り広げる一行を見て、安心したボリスはユキと互いに微笑みを交わした。

 和やかな雰囲気だが、この集まりはボリス以外は異人ばかりの面子だ。

 いかに人気がないとはいえ、こんな場所でたむろしていれば怪しまれる。

 談笑もそここそに、立ち直ったリゲルは本題を切り出した。


「それでだけど、流石に宴の席で目立った動きはないよ。ビルス君が教えてくれた人たちも一応睨んでいたけど、神職者はあまり大っぴらに奴隷を使わないからね。外見から判断するのは少しばかり厳しいかな」


「……と、すると、何かあるとすれば明日より先ということですね」


「グウィンの一派が悪さをするとは限らない。十中八九はただ見に来るだけだよ。かれらがわざわざ学園を荒らす理由は無いからね……」


 ボリスは、微かに俯いた。

 バルマナに入学して、そろそろ半年。その間、手掛かりらしい手掛かりもない。

 ボリスがこの学園を調べられるのは、当然の如く在学中だけだ。にも拘らず時間ばかりが過ぎていき、内心焦りが募っていた。

 この列強の転覆を企むグウィンの野望を、止めなければならない。

 だがそのために、早く何事か起こらないものか、と半ば望んでしまっている自分に、ボリスは気付いていなかった。


「こら、いかんよボリス君」


 逸る弟子の様子に気付いたリゲルは、一つ溜息を吐くとその肩に手を置いた。


「まったく……平和や安息ってのは、黙って享受するのが良いのさ。目的のためとはいえ、わざわざそれが壊れるのを望むもんじゃないよ。君がユキさんと一緒になりたいのはわかるし、その気持ちは同族として嬉しいけどね」


「せっ、先生!」


 師にずばりと図星を突かれて、ボリスは思い切り赤面した。ユキの反応は言うまでもない。

 ただ、リゲルの反応は、他の大人たちと同じだ。

 健全な大人が健全な少年に求める事は、やはり変わらない。

 他の二人も口々に続いた。


「まぁ、その点は私も先生に同感かな。折角いいお友達もできたんだし、ぶち壊しになったら勿体ないじゃない」


「俺の言い分も前に言った通りだ。折角の青春時代なんだから、後悔の無いようにしておけよ」


 折角またとない学生時代なのだから、心置きなく楽しんでおけ、ということらしい。

 ガルズ・ルシア父娘も含めた三人がかりで諭されると、ボリスもそれ以上は何も言えない。

 まして、


「……ユキも、ご主人様には楽しんでほしいです。そこはずっと、同じ気持ちですよ?」


 当のユキにまでそう言われればお手上げである。

 完全に黙ったボリスを、リゲルはからかい調子で笑うと、その肩を叩いた。


「まぁ、君は祭りで活躍することだけ考えたまえよ。君の力の正体に気付けるのは我々『精霊の使徒』だけだろうしね。怪しい動きは私たちが見張っておくから、折角のお祭り、存分に楽しむと良い。わかったね?」


「……はい」


 結局、その日はいつも通り、これまで見てきた奴隷や使用人たちの様子を報告するに終始して、一行は解散した。

 余人に見咎められないようにと手短に済んだ密会だが、しかしその場には既に招かれざる客が一人いたのだ。

 まだ宴は続いている以上、抜け出す生徒はいないだろうと油断していたが、ボリスらに見えない物陰には、神学部の法衣を纏った生徒が潜んでいたのだ。

 これがある程度ものを考えられる人物なら良かったのだが、


「……『精霊の使徒』? なんだ、それ……」


 監視者の悪ガキ、ノロは、不審な単語を聞いて黙っていられるほど賢い少年ではなかった。


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