18話
「お見苦しい所をお見せしました……」
女主人が同性の奴隷を襲うという、思わぬ醜態を見られたアイビナ姫は、カーマル卿に頭を下げた。
カーマル卿は娘に似て秀麗な顔に苦笑を浮かべると、ボリスと、涙目になりながらその背に隠れたユキの方を見た。
「はは……久しぶりだね、ボリス君。娘がよく話していたが、その子が君の持ち物なのだね。君と母上の趣味に口出しはしないが、娘の事は放っておかないでおくれよ?」
「わ、私はそのような趣味は……」
誤解されたアイビナ姫は真っ赤になって抗議したが、カーマル卿は爽やかに笑うだけだ。
後でガルズから聞いた所、アイビナ姫は息子がうっかり奴隷と事に及んでいないか確かめていたという。
この時は誰もそんな思いには気付いていなかったが、どちらにせよ騎士の父娘は対して気にした様子もない。それぞれ葡萄酒とジュースを片手に優雅に笑うだけだった。
「あらお父様、別に私放っておかれてなんかいませんわよ? ユキはボリス様の世話役なんですから、いつも一緒なのは当然ですわ。それにバードン卿も気の多い方だったのでしょう? 息子のボリス様が女子に好かれるのは当然のことですわ」
「はは、確かに。あいつは好色とはいかないが、女の扱いは上手かったからね。アイビナ姫も、いつ浮気されるかとやきもきしたでしょう」
「……もうっ、ご勘弁を……」
夫の話は、アイビナ姫にとっては急所だ。
ボリスは両親がおしどり夫婦な事は知っていたが、父が外でどのような交友関係を持っているかまでは知らなかった。
年頃の娘のように真っ赤になっているの母の姿は、普段厳しくしつけられているボリスにとっては新鮮な一面だった。
父の戦友からはまだまだ多くの話が聞けそうだ。そんな期待はあったが、ボリスはひとまず目下の疑問について聞くことにした。
「カーマル様も、模擬戦の観戦に来られたのですか?」
「あぁ。勿論、君の事も聞き及んでいるよ、ボリス君。二年生の主席を、初戦で一蹴したとか。それだけ使えるのなら、きっと君が優勝候補だろうさ。期待しているよ」
「あ、ありがとうございます」
カーマル卿は聖騎士団の団長だ。
軍事の関係者が集まる式典とあれば、真っ先にお呼びがかかるのだろうが、何より、未来の婿の武勇を本気で期待してくれているらしい。
ボリスは軍属への憧れを密かに捨てていたが、それでも尊敬する父の戦友だ。それに期待をかけられれば、素直に頬を紅潮させて喜んだ。
だが、
「私だけじゃない……ビルス君が負けたと聞いて、リコンの騎士たちも噂しているよ。高等の魔法を軽く扱う少年剣士がいる、とね」
「リコン……」
教会の総本山の名前が出れば、すぐに表情が引き締まる。
自分の大魔法が、教会の耳に入っているのならば『精霊』を知る人々が反応を示すかもしれない、と。
『赤杖祭』には、聖王国からだけではなくリコンからも要人が訪れるのだ。或いは前夜祭の今も、この学園の中にいるかもしれない。
となれば、彼らの奴隷や使用人の中に、グウィンの関係者が紛れ込んでいる可能性も考えられた。
ならば、今のうちに探っておけば、何かの手掛かりが掴めるかもしれない。
ボリスは一瞬カーマル卿から視線を外し、この場にいながら無言に努めてきたガルズに一つ、目配せをした。
ガルズはアイビナ姫の傍にいながら会話には入ってこなかったが、ボリスの目配せを受けると意図を察したらしい。
それとなく席を去る背を見送りながら、ボリスはその後しばらく、許嫁とその父親の相手に徹した。