17話
『赤杖祭』は、古の『バルマナ騎士団』の武勇を称える祭りであり、騎士団の血を引き継ぐ者たちにとっては祖先の慰霊の日でもあった。
その特性上、祭りの当日には聖王国内の多くの公家、良家、特に軍事関係者の要人たちが多数集まり、大祭典が催される。
生徒の多くはそれらの子息、息女であり、親にとっても子にとっても、祭りの季節は重要な社交場だ。
特に軍学部の子供たちにとっては出世に関わる大事でもある。その親たちの多くは前日から学園に詰めかけ、学園は彼らの応対のため、前夜祭として予行的な宴を開くことが通例だった。
入学式にも使われた広い講堂には特設で宴会場が設けられ、生徒一同が実家の家族と共に、久々の団欒を楽しんでいた。
「母上は、ガルズさんと一緒だったのですね」
「えぇ、荷運びがあるというから、一緒に乗せてもらったのです」
アイビナ姫は、ガルズと一緒に酒宴に参加していた。
ガルズは、ボリスが去った後もその実家を訪れ、ルシアと共に母親の話し相手になってくれていたという。
そうしてやがて親しくなり、今回宴の酒を運ぶガルズの馬車に同乗してこの地を訪れたとの事だった。
屋敷には兵士もいるので寂しい思いはしていなかったようだが、やはりガルズの言う通り、アイビナ姫は随分と息子を案じていたらしい。
母親側の近況報告はかなり手短で、ただ何も問題ない、との事だった。
実を言うとアイビナ姫にとって、屋敷に籠る自分の事などどうでもいいのである。夫に先立たれたアイビナ姫の関心は息子のことだけだった。
「それで……どう? 学園生活は、恙なく過ごせていますか?」
愛しい息子が目に入らないところに行ってしまって、この母親、実は相当参っていたらしい。後で聞いた話だが、まるで恋煩いのように毎日溜息が絶えなかったという。
「はやく答えなさい」と言わんばかりの母親に、ボリスは苦笑しながら学園の日々について話した。
「俺の方もまぁ、問題はありません。とりあえず、友達も一人……いや、二人できたし、楽しくやっていますよ」
成績についてはともかく、アイビナ姫は息子が学び舎で孤立していないかを気にしていたらしい。
なのでボリスはまず、アルフとビルスについての話をしたのだが、前者はともかく後者はかなり意外だったようだ。
何せビルスは、幼い頃から散々煩わされたノロの兄だ。そんな相手と友好関係と言うのだから、アイビナ姫は見るからに目を丸くしていた。
「確かにちょっと癖がある人だけど……面倒見もいいし、食事の時はいつも話をしますよ。話してみれば、嫌う理由もありません」
「そう……そうなのね」
ボリスの言葉に、アイビナ姫はどこか感極まったようになっていた。
かつて散々に虐められていた息子が、嫌う相手の兄と、恨みを置いて話ができるようになっている。
流石にノロ本人との和解は期待していなかったが、息子の器が確かに大きくなったことを感じて、母親としては感じるところもあるのだろう。
しばらくは一人で感動していた様子だったが、ふとボリスの隣に目を向けると、咳払いと共に表情を引き締めた。
「それは何よりな事ですが……リリアさんとは、どうしていますか? 仲良くやれているの?」
「えぇ? ま、まぁ、一応……」
「一応とは何ですか、情けない。彼女は仮にも未来の妻なのですから、もっとしっかり付き合ってあげなさい。ただの友達付き合いなんて、母は許しませんよ」
リリアの話をしながら、アイビナ姫の視線は思い切りユキの方を向いている。
アイビナ姫は、ボリスとユキの仲を知っている。
そもそも縁談を必死に探したのも、息子が奴隷に心奪われ、一線を越えるのを危惧したからだ。
なのであの許嫁には、しっかり息子の心を握っておいてほしい、というのが母親としての意見なのだろう。
しかし、見るからに芳しくない上に、ユキはまたしても美しく育っている。
アイビナ姫にとっても、ユキには息子の唯一の臣下としての情があるため滅多なことはできないが、それでも二人の仲の良さは相変わらず心配な事だった。
「ボリス、まさかとは思うけど、そのコとは何も無いでしょうね……?」
「何と言われても、ユキは変わらずよく仕えてくれていますよ……って、母上?」
アイビナ姫は、突然ユキの肩を抱え込み、
「ひゃ……! お、奥様、やめてください……!」
その胸やら腹やらをごそごそとまさぐった。
突然の事で驚いた上、主人の母親のやることなので、奴隷のユキは抵抗できない。
やられている方もたまらないが、傍から見るとアイビナ姫の行動はただの奇行だ。
開けた宴の場でそんな真似をすれば、当然の如く目立ってしまうし、
「……おば様、ユキに何をしてらっしゃいますの?」
「あ、リリア……と、カーマル様。お久しぶりです」
よりによって噂の許嫁が、何故か同性に悪戯をする姑を、父親と共に苦笑混じりで見つめていた。




