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異端賢者と精霊の使徒たち  作者: 霰
学園の魔剣戦士
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16話


 ボリスは、できたばかりの友人を鍛えながら『赤杖祭』までの日々を過ごすことになった。

 アルフはボリスが自分に時間を割くことを気にしたが、元々教官に嫌われてまともに授業を受けられていなかったのだ。ボリスは普段できない組み手の相手を得て、むしろ研究も捗った。

 まずは自分の相手ができる程度に、ひ弱な友人に力を付けさせなければならなかったが。


「……とりあえず、お前は体力作りからだな。この程度でばててたら話にならない」


「あはは……ごめん」


「だから、笑うな。でもって謝るな。そんな癖が付いたら碌な事無いぞ」


 アルフは、ボリスが思った以上の虚弱体質だった。

 物は試しと最初は回廊の走り込みに付き合わせたのだが、ボリスが二周する間にアルフは半周で力尽きるような有様だったのだ。

 魔法は『精霊』に養分を送らなければならないため、行使するだけでも体力を使う。

 なので、多少消耗しても体は問題なく動く程度の体力は必要だったのだが、アルフは元々体が強くなく、実家では勉強ばかりしていたという。座学は得意でも実技は苦手というのは昔からの性格だったらしい。

 結局、最低限の体力が付くのには半月を要し、実際に魔法を使った訓練に入れたのは『赤杖祭』まで残り一月を切ってからとなった。

 ひとまず木剣を躱せるようになったアルフに、ボリスは魔法を教える事になったのだが、正直者で嘘が苦手な彼には難儀な事だった。


「それで、魔法を使う時なんだけど……神様に祈るんじゃなくて、自分の内に命じるようにするといい。その方が、威力が出るから」


「……何で?」


「うぅ……い、いいから、とにかくやってみろ」


 魔法は、体内に宿る『精霊』に指示を出し、それに対応した属性の自然現象を操る技術だ。

 火であれば摩擦や熱を起こすように、水ならばそれが重力や流れに逆らうように、風ならば遠くまで飛んだり途中で曲がるように、など、自然の力を意のままに捻じ曲げるのが『精霊』の力だった。

 だが、肝心の『精霊』の名前が出せない。

 地属性の魔法は、砂や石など地に属するものを浮かせたり集めたりするのが基本だ。

 しかし、神ではない、とまでは教えられても、その力の出処を説明するわけにはいかなかった。

 『精霊』の存在と、その力は、師であるリゲルとの大切な秘密であり、列強を転覆させうる危険なものだ。同門でない者に、おいそれと明かすことはできない。

 そのため、ボリスは『精霊』に関わる部分は曖昧な教え方をするしかなく、アルフが首を傾げる度にいちいち肝を冷やす羽目になったのだが、その日々はそう長くは続かなかった。


「あっ、しまった……!」


「ボリス、大丈夫!?」


 ある日の訓練で、アルフの放った『石礫』がボリスの肩に直撃した。

 幸い、ボリスは軽い打撲傷で済んだものの、アルフの魔法は日に日に威力を上げ、何より高い制動性で確実に的を射るようになっていた。

 元々、学者志望の友人だ。理屈の話になってしまえば、そこはボリス以上に適正があったらしい。

 アルフは瞬く間に魔法の腕を上げ、一週間どころか三日程度で、魔法を使わず手加減したボリスに一矢報いるくらいになっていたのである。

 結局、その日はボリスの負傷をもって訓練も打ち切りになったが、部屋に戻ってユキの手当てを受ける本人は、傷の痛みも気にならない程興奮していた。


「いや、あいつは凄いよ。俺なんて最初の魔法を使えるまでに、先生に散々教えてもらったのに。ちょっと意識を変えてやるだけでこうだもんな。なんであんなに卑屈だったのかわからないよ、全く」


「もう……わかりましたからじっとしていてください。いつかみたいに頭に当たってたら大けがですよ? この頃のご主人様は、アルフさんの自慢話ばかりなんですから」


 ユキは呆れていたが実際、ボリスは弟子の目まぐるしい成長に、この頃すっかり浮かれていた。

 アルフはボリスに教わり始めてからというもの、同級生との組み手では負けなしとなり、二年生も手を焼くほどの魔法使いへと成長を遂げていた。

 当然、絡んでくる悪ガキなど今更相手にもならない。自力で一度撃退すれば、以降は二度と絡まれることもなく、卑屈に曲がっていた背筋も少しずつ伸びていくようだった。

 元々、ボリス自身もこうして地位を上げていったのだ。うだつの上がらない『落ちこぼれ』が周囲の評判を覆して成長していくのは、客観的に見ると実に胸の透く思いだった。


「惜しいなぁ……あいつが『大精霊』を使えたら、誰にも負けないくらい強い戦士になるのに。体力が相変わらずなのは玉に瑕だけど」


「……『精霊』の事、気付かれちゃダメですよ? ご主人様、口は硬いけど正直者なんですから」


 ユキは、心の底から主人を愛し、その性質を知っている。

 だからこそ、彼女の危惧は、恐ろしいほど正鵠を射ていたのだ。

 これだけ褒めちぎってなお、ボリスはアルフを過小評価していた。

 このアルフという少年、体の弱さもそうだったが、逆に頭の強さもまた、ボリスの想像を超えていた。

 弟子の成長に浮かれる師の傍ら、強くなった本人は己の力に己惚れることなく、その原因について思案していたのだ。

 何かを隠しているらしい師の言葉は、核心を避けながらも確実にアルフの魔法の威力を上げている。

 アルフはボリスにすっかり親しみ、その指導に感謝していた。

 だから聡い彼は、師の秘密についてはあえて訊ねず、黙って指導を受けてくれていたのだ。

 しかしながら、それも本人の前だけであり、別れて一人となってしまえば、訓練と配慮に割いていた気力はそのまま思案に向けられる。

 訓練を終え、負傷した師を部屋に運んだアルフが、


「……神様でないとしたら、魔法の力はどこから来るんだろう……?」


 廊下でこんな呟きを漏らしているなど、ボリスには知る由もなかった。


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