14話
世間が落伍者に優しくないことを、ボリスは誰よりも知っている。
今でこそ、曲がりなりにも秀才扱いしてもらえているが、かつてのボリスは『落ちこぼれ』どころか『有神人種』である事さえ危ぶまれた時期があった。
この大陸で『有神人種』と『神なし』を分ける基準は単純明快、魔法の有無だ。魔法が使えれば前者、否なら後者。とてもわかりやすいことである。
つまり、かつて魔法が使えなかったボリスは、あのままでは『神なしくずれ』どころか、本当の『神なし』になっていた可能性があるのだ。
この大陸で『神なし』は人権が与えられず、奴隷にされる。
あわや人間としての尊厳をも失いかけていたボリスは、だからこそ生まれながらに魔法の素養があった人々に嫉妬を燃やすことが多かった。
『精霊』の知識を得た今は、諸々の絡繰りを理解していたが、それでも、最初から『人間』であることが保障された他の子供たちは皆幸せ者だと、ボリスは勝手に思っていたのだ。
その中にも更に序列があり、自分と同じような『落ちこぼれ』がいる事を、昼の試合を見るまでボリスはすっかり失念していた。
敗れ、座り込んでいたあの同級生もまた、かつての自分と同じような鬱屈した思いを抱えているのではないか、と。
そう考えると中々寝つけず、ボリスは寮のベッドで寝返りをうちながら、埒のあかない考え事に時を費やしていた。
「眠れませんか? ご主人様」
「うわ、お前……その格好で出てくるな……!」
主人が動いているのを聞きつけたのか、部屋の衝立の向こうから寝間着のユキが現れた。
寮の個室は実家の自室よりは狭いが、それでもボリスは部屋の奥側半分を衝立で仕切り、その向こうをユキに譲り渡していた。
この学び舎には奴隷用の寝室もあるのだが、そこは鍵も物入れもなくただ雑魚寝ができるだけの広場だ。
この学び舎にはノロもいるし、そうでなくともユキは美少女だ。そんな場所に無防備で寝かせておくのは憚られた。
なのでボリスは、ガルズにユキの分の家具を工面してもらい、学び舎に申し出て同室を許してもらっていたのだ。
とはいえ、どんなに慣れていてもユキの姿は心臓に悪い。ボリスはベッドの上で布団をかぶると、また寝返りをうって彼女に背中を向けた。
最近のボリスはこの通り、照れからユキとあまり顔を合わせられていなかったが、しかしユキの方は顔を見ずとも、主人の気持ちがよくわかっていたらしい。
それとなく遠ざけられながらも、ユキは少し微笑み、
「お昼の事、気にしているんですか?」
背中から見事に主人の胸の内を見抜いて見せた。
ボリスは戦士の子だ。背を打たれれば、もう相手から目を逸らしてはいられない。
やはり微かに顔を赤らめながらだが、ボリスは布団を払うとベッドの脇に座り、ユキと顔を合わせた。
「……やっぱり、お前にはバレるか」
「うふふ……ずっと一緒ですもの。わかりますよ」
そうして愛らしく微笑まれると、ボリスの表情も一緒に緩む、
『精霊』の秘密を共有する以上、ユキはこの学び舎でただ一人、腹を割って本音を話せる相手だ。
そうでなくとも、ボリスにとって彼女は幼い頃から今までずっと親しくしてきた、かけがえない家族の一人だ。どんなに美しく成長してもそれは変わらない。
緊張さえ解けてしまえば、ボリスの口は自然と本音を吐き出していた。
「何というか……ああいう子を狙って、グウィンさんは知識を授けるのかなって思って。あの子は『有神人種』だし、もう魔法が使えているから『大精霊』は宿せないだろうけど」
「……やっぱり、あの方も虐められたりしているんですかね」
「あの子の事はわからない……けど、奴隷はみんな、大体は酷い目に遭っているはずだ。弱い者が現状を変えるために、力を……幸運を、得たなら」
きっと、反撃を始めるだろう。
グウィンが狙っているのはまさにそれだ。
あの少年は『有神人種』である以上、その輪に加わることはないだろうが、あの姿は正にボリスが警戒しなければいけないものの筈だ。
それを思うと、ボリスは彼からどうにも看過に堪えないものを覚えていた。
勿論、そんな主人の想いも、ユキには全てお見通しだ。
「……気になるなら、お話してみればよろしいんじゃありませんか?」
「しかし、あの子は『有神人種』だ。グウィンさんの手掛かりには」
「別に、手掛かりにならなくても良いじゃありませんか。ユキもあの方、気になってましたし……ビルスさんも言っていたでしょう? お友達を作るようにって」
確かに、ボリスには相変わらず同級生の伝手が無い。
知己を得る事は、この学園の生活においてはあらゆる面で支えとなるだろうし、リゲルや母親もそれを望んでいるだろう。
だが、どうせ縁を作るならばそれは、グウィンに近づく手掛かりであってほしい、とボリスは願っていた。
それは他ならぬユキのためだったが、しかし本人は自分の身分には然程こだわりがなかったらしい。
ユキはボリスの隣に腰掛けると、逞しい肩にぴたりと寄り添い、
「焦らなくていいじゃないですか、ご主人様。まだ三年もあるんですし、もしグウィンさんを止められても、世の中はそんなすぐには変わりませんよ。ユキはお傍にいられれば、別に奴隷のままだって良いんですから。それに」
「……それに?」
柔らかな胸に主人の腕を抱えると、またにこりと笑った。
「折角の学校なんですから、ユキもご主人様に楽しんでほしいです。お友達がいたら、きっと楽しいですよ? お勉強はリゲル先生に教えてもらえるけど、学校は私たち異人は経験できないことなんですから」
つまり、普段は任務を忘れて学園生活を楽しむように、ということだ。
ユキの言葉は、ボリスを案じる人々の総意と言えた。
王都で待つ母親も、リゲルたちもきっと、ボリスが学び舎で健全な青春の日々を送ることを願っているだろう。
大切な家族がその輪に加われないのが、ボリスにはどうしようもなく哀しかったのだが。
「……奴隷じゃなくなれば、お前だって一緒に学生やれるんだけどな」
「えへへ……ユキは、こうやって抱っこしてもらえれば幸せです。他に何もいりませんよ、大好きなご主人様……」
もう恥じらいも何も無く、ボリスは愛しい相棒を抱きしめると、その髪ををいつまでも撫でていた。
心地よかったのか、ユキはそのまま眠ってしまい、ボリスも彼女の寝息を子守歌に、やがて眠りに落ちた。
抱き合っただけながら、結果的に同衾した二人が翌朝どれだけ取り乱したのかは、言うまでもないことだった。




