7話
結局、軍学部入学後の二日を越え、三日後を迎えられた一年生は半分ほどだった。
不在の全員が退学したわけではない。その更に半数は怪我人だった。
ボリスとビルスの組み手の後、二年生はその力に過剰な恐れをなした。
咬ませ犬の筈の一年生に、逆に自分が喰われるかもしれない、と。
そのため、続く二年生は小手調べや様子見をする余裕を失い、多くの一年生がまともに魔法も使えないまま、大技を受けて戦闘不能にさせられたのだ。
結果、組み手の多くは戦いにすらならず、敗れた一年生は何が起こったのかもわからないままベッドに張り付けとなった。
勝った二年生も、抵抗さえできない相手に勝利の実感などなく、それどころか恐るべき後輩の力にただただ怯えるばかりになった。
一年生に実戦を教え、二年生に自信を付けさせるという組み手の目論見は、ボリス一人の手によって完膚なきまでに打ち砕かれたのだ。
教師の目論見を潰し、同級生の足を引っ張り、先輩の顔に泥を塗ったボリスは、入学早々またしても学び舎の中で孤立することとなった。
「皆さん、私たちを避けてますね、ご主人様」
「……『落ちこぼれ』は返上したはずなんだけどなぁ」
寮に帰るボリスはユキと並んで回廊を歩きながら、すれ違う人々を見ていた。
確かにユキの言う通り、彼らの態度はまるで腫れものでも扱うような有様だ。
これでは、五年前に王都の学び舎に通っていた時と同じである。
当時のボリスは魔法も使えず、そのくせ異人の奴隷を可愛がるので『神なしくずれ』と呼ばれて侮られていたが、今は逆だ。
誰も彼もがボリスの力に驚き、この得体の知れない新入生を恐れていた。
これが良家の子息ともなればすり寄る者もいただろうが、ボリスは殉職した戦士と、その未亡人の子に過ぎない。
つまり、争えば敗れ、味方につけるには素性が不確か。となれば、少なからず面子や権力が関わる貴族の学校では、触れぬが吉の不安分子に他ならないのだ。
結果、学園の人々は立場を問わずボリスの扱いを測りかね、それ故に遠ざけていた。
ただ一人を除いて。
「ボリス様! ここにいらっしゃいましたのね」
「げ、リリア……何の用だ?」
「なんですか『げ』とは! 許嫁に対してご挨拶ですわね」
「うわ、馬鹿。大声を出すな……!」
脇の講堂から出てきたのは、ボリスの許嫁にして聖王国の騎士団長が息女、リリア嬢だ。
初日の『回廊廻り』にも、二日目の組み手の後にも彼女は現れ、いずれもボリスに労いと賞賛の言葉をかけてきた。
父親は教会の騎士団長で、母親の身分も確か。活発で美しいリリアは既に、学内でも人気の令嬢だ。
入学三日で周囲から孤立したボリスが往来でそんな人気者と談笑していれば、否が応でも皆の顰蹙を買うのだ。
ましてや許嫁、などと。
リリアの言葉が耳に掠めた生徒、特に男子は不意に足を止め、凄まじい怨嗟の視線をボリスに向けていた。
こうしてまた、肩身が狭くなるのである。
それがわかっていたボリスは、少なくとも人前でリリアと会いたくはなかったのだが、
「……何ですの? あなたたち。見世物ではなくってよ、散りなさい」
許嫁の様子に気付いたのか、リリアは群がる有象無象に軽く一喝した。
大声を張ったりはしないが、この令嬢の声には人を従える妙な威厳がある。
結局、睨んできた人々は一声で散り、邪魔者を自力で排除したリリアは遠慮なくボリスの腕に抱き着いて、
「……これでいいかしら? 殿方が人目を気にして妻に触れられないなんて、みっともないですよ。お父上のためにも、もっと堂々としてくださいませ」
そう言って、片目を瞑ってみせた。
お父様のためにも、との言葉。
何となく男を立てる態度。
そんな、どこか母に似た雰囲気の許嫁が、ボリスはとても苦手だった。




