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異端賢者と精霊の使徒たち  作者: 霰
戦士の子と賢者
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1話


 我ら人間、爪牙無く、力無く、速さも無し。

 我らが父祖、群れて敵に怯えるのみ。

 野の獣にさえ劣り、淘汰されるのを待つばかり。

 天上の神は我らを憐れみ、ただ一つの力を与えた。

 それは自然を操る魔の力。

 畑を耕す地の力。

 田を潤す水の力。

 獣を退ける火の力。

 鳥を堕とす風の力。

 それを我が物とする力により、人間は栄えたり。

 父祖は大いに神に感謝し、力の代償に永遠の崇拝を捧げんと約する――。


 『起源書』に記された『魔道教会』の起こりである。

 古びた石造りの、手狭な学び舎の一席で、分厚いそれの写本を開きながら、十歳のボリスは一人溜息を吐いていた。


――今更一ページ目から読み返したって変わらないよ。


 頭の中で、泣き言を吐く。

 彼以外にも数名が欠伸をしたり、居眠りをしたり、そうでなくとも大体の生徒はぼんやりと授業を受けていたが、別にここでなくとも大多数の子供たちはこんなものだった。

 この地方で初等の学び舎で行われる授業と言えば、まずは『起源書』の勉強だった。

 およそ千もの項からなるこの本は、現在広く世界を牛耳る『魔道協会』と、それに連なる人種・国々の起源が延々と語られる内容だった。

 単に識字のためというのもあるが、その実は宗教の啓蒙のためである。

 悪く言えば洗脳、或いはプロパガンダだ。

 この地の子供たちは幼い頃から『起源書』で最低限の読み書きを習い、同時に教会への信仰を植え付けられる。

 そのために各地には学び舎が設けられ、子供たちには一冊ずつ『起源書』の写本が渡され、習わされる。

 そして、どれだけこの本の内容に精通しているかが即ち成績に直結するのだが、もう一つ、学業における判断要素があったのだ。

 白髪の教師が教書を置き、


「……諸君、次は魔法の実技授業だ。校庭に出るように」


 そう言うと、子供たちは揃って目を輝かせた。


 ボリス少年以外は、である。

 彼にとって、学校の授業などどれも同じだ。

 同い年の子供たちに囲まれれば比較され、そして大抵は軽んじられた。

 自分の不得手を衆目に晒されるという点では、座学も実技も変わりはしない。

 軍属だった父の仕込みで体力だけは自信があったが、彼は物覚えが悪く書物が苦手だ。


 そして何より、この社会では何より重要な『とある才能』が欠けていた。

 そう、彼は所謂『落ちこぼれ』だったのだ――。




 田畑を耕し、或いは潤す『地』と『水』。

 害獣を掃い、或いは狩る『火』と『風』。

 古の賢者が『起源書』の一節に示した、人間が扱う力の形がその四つだった。

 非力な人間が過酷な自然の中で生きるため、天主によって与えられたとされる力『魔法』。

 大抵一人につき一族性の力を持ち、例えば『地』の力を持つ者はわかりやすく土や砂を意志の力で操作して畑を起こす能力を持つ。

 『水』なら物理法則を無視して下から上へと水を流し水路にしたり、『火』なら着火点を指して火を点ける、『風』なら周囲に微風を起こして種苗を撒いたり車を回したり……と明快に用途が分かれ、暮らしの営みに欠かせないものだった。

 中でも『起源書』の知恵を修めた強力な使い手は『賢者』と呼ばれ、巨大な土塁や堀を掘ったりして人間の版図の拡大に貢献したのだ。

 その恩恵によって大いに栄えた人間は巨大な『巣』を……都市を築き、力の源である神を崇めた神殿を中心としていくつもの国を興していった。

 そうした歴史を持つ『有神人種』たちは、この世界の人間という種族の中でも優等種とされている。

 特にこの『ユリウス聖王国』は、豊かな水と魔法を用いた仕掛けの数々により、列強諸国の中でも常に強国という地位を確かにしていた。


「おい、ボリス」


 勿論、それは『人間』という種族を大きな括りで見た場合の事だ。

 見方を狭めれば、そこにはそこの序列がある。

 そんな中で『落ちこぼれ』ボリスの立ち位置は、言わずもがなと言ったところだった。

 露店通りを歩いていると、癇に障るような声と共に背後から三人組が現れ、ボリスの前に立ちはだかった。


「今日の実技見てたけどさ……お前の魔法、相変わらず弱いよな」


「何の属性かもわからないなんて、そんなやつ他に見た事ないぜ」


「お前なんか『神なし』の奴隷と同じじゃないか。なんで学校にいるんだよ」


 大都市の喧騒の中、人目を憚ることもなくそんな声が聞こえる。

 ボリスは努めて無視を決め込みながらも、


――馬鹿の一つ覚え。


 胸の内では悪態をついていた。

 実際、同じ言葉を何度聞いたかもわからない。

 現れた三人の少年は、毎日のように帰路に現れ絡んでくる同級生だ。

 最後に喋った中心格のノロは背丈だけはあるが痩せぎすで、整っているとは言えない長い顔。逆に取り巻きの二人は背丈も小さいが、どこか冷たい笑みとわかりやすく人を見下した風の瞳は正に不良少年さながらだった。

 対してボリスは逞しく、背ばかり伸びたノロとは違ってシャツから伸びる腕も肉付きが良い。

 なので少なくとも見た目だけは対等に、ボリスはノロと正面から睨みあった。


「あぁ? 何だよ……術の一つも使えないのに、何か文句があるのか『神なし』」


 彼らはいずれも成績は中くらいで少なくとも最下位よりは上ながら、その言いようにボリスは内心辟易していた。

 『神なし』とは列強国外の国、つまりは『有神人種』外の人々を指す蔑称だ。

 『神なし』の国は魔法が無い故に農耕・狩猟共に弱く、軍事力にも乏しい。

 となれば彼らの版図が列強に蹂躙され、住民が奴隷として攫われてくるのもある種当然の流れだった。

 どこの世界でも奴隷は自立労働する『物品』であり、人間扱いはされない。

 要は『神なし』呼ばわりとは『人でなし』や『奴隷くずれ』と言っているのと同じである。

 悪口にしても一定以上の良識がある者ならまず使わない言葉だったが、


「………」


 何と言われてもボリスは言い返せない。

 実際、彼には何の力もなかった。

 一応ボリスの両親は『有神人種』であり、その子供である彼自身も勿論である。

 それどころか今は亡き父は高名な武門に仕えており、殉職するまでは城仕えの優秀な士官だったのだ。

 偉大な父を持つボリスは母親や周囲から将来を期待されていたが、彼はどういうわけか砂粒一つ、触れずに動かすことはできない。

 『有神人種』の子供たちは、最低でも八つまでにはある属性の魔法を操作できるようになる。故に学び舎に入るのもその年からだ。

 だから、学校に入った瞬間から、ボリスは『落ちこぼれ』になった。

 だが、それでも、


「……俺が奴隷くずれなら、お前らだって泥棒崩れじゃないか」


「あぁ?」


「そこの露店で果物をくすねてただろ。見てたぞ」


「……てめぇ」


 禁句を平気で口にするような悪ガキが癇癪を起せばどうなるか、ボリスにもよくわかっている。

 その上で、不器用な彼は無抵抗でいるわけにもいかず、だからこそ毎度のこと結果は同じだった。

 ノロが人差し指を立てると、指先に載っていた紙屑が炎上しマッチくらいの火がついた。

 彼お得意の『火』の属性だ。

 単に火を起こすだけでも料理に野焼きにと用途は多岐にわたるが、この国においては『水』魔法と併せて蒸気を起こし、絡繰りを動かす仕事をしている大人たちも多い。

 使いでが良く、日常生活から都市機能の支援まで、様々な場面で役に立つものだったが、


「……次の試験、魔法の威力を見るのは知ってるよな? 中等部に上がる時に参考にされるのも……丁度的が欲しかったんだよな」


 結局、不良の手にかかれば恫喝や憂さ晴らしの道具である。

 道行く人々は、何となく見て見ぬふりをしていた。

 両脇を固められた子供が腕に火を当てられても、そのまま路地裏に連れ込まれても同じこと。

 彼らにとっては見慣れたものだ。何せ自分たちも奴隷に同じことをしている。

 いじめられっ子を憐れむくらいはするのだろうが、実際に厄介ごとに首を突っ込んだりはしない。

 死人が出ない限り『子供のお遊び』を咎める法はないのだ――。

 



 こうして今日も、日が傾くまでいたぶられて、火傷した体を引きずりながら家路に就く。

 自分の無力を嘆きながら。

 そして、自分を期待させた者を、それと気づかず呪いながら。

 

「……父上」

 

 お前はこの父の子供なのだ。

 あなたはあの人の子供なのだ。

 強くならない筈はない。

 我が子が落ちこぼれる筈はない。

 今日も、家に帰ればそんな言葉が待っている。

 現実を生きながら、現実を見ない、子供に無責任な大人たちの残酷な言葉が、待っている。

 

「どうして俺は……」

 

 雑踏を抜け、誰が聞いていなくともその先を口にはしない。

 武門で厳しく育てられたボリスは、親への義理を忘れない。


「………」


 だから絶対に、言わなかった。

 何故自分などが生まれたのか。

 たとえ内心そう思っていても、口にすることはしなかった。

 学校で無力と理不尽を突き付けられる。

 そして、自分を、世の中を呪いながら家に帰る。

 それがボリスの日常だった。

 

 『それ』が目に留まったのは、そうして俯いて歩いていたからかもしれない。


「……?」


 もう、実家はすぐ近くだ。

 武門の生まれであるボリスの家は王が住まう城近く、閑静な貴族街の一角である。

 殉職者とその家族の扱いは他の国の例に漏れずそれなりであり、だからこそボリスもこの区画を堂々と歩いていられる。

 白石作りの華麗な建物が並ぶ住宅街には、一般人はそうそう立ち入らないし、奴隷が道を歩いていることもない。

 『有神人種』の人間は見た目も似通っており、金髪に白い肌、青い瞳の者がほとんどだ。

 銀の髪。

 黒い肌。

 どれも同族の特徴ではなく、普通それらの人々がこの道を使うことはない。

 まして行き倒れなど見たのは、勿論初めての事だった。

 

 

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