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異端賢者と精霊の使徒たち  作者: 霰
戦士の子と賢者
14/85

13話


 甘味の快楽に陶然とするユキを揺り起こし、ボリスが旅支度をして屋敷の外に出ると、いつ呼んだのかそこには馬車が一台用意されていた。

 御者をしているのは、ガルズに似て日焼けした肌が特徴的な細い男だ。

 ガルズらと同族ということで、彼もまた蒼い瞳の異人だった。

 普段はカカオの商売を手伝っているとの事だったが、彼らは基本的にリゲルたちの協力者であり、頼めばこうして細かい仕事も引き受けてくれるという。

 ボリスとユキはリゲルの着替えを待つと三人で馬車に乗り込み、ガルズ父娘の見送りを受けて王都を出かける運びとなった。

 リゲル曰く、魔法の習得は国の辺境で行うらしく、行きさえすればボリスにも簡単に魔法を習得できるという。

 ボリスもユキも半信半疑だった上、あまり家から離れれば母に心配をかけないかと危惧したのだが、


「俺は仕事があるから一緒には行けんし、誰もいないとお前の母さんが心配するからな。万一わけを聞かれたら、娘が適当に誤魔化しておくから心配せんでくれ」


「私たちも経験があるけど、知識と素養がある人は行ってしまえば本当にすぐなの。あまり気負わないで、行ってらっしゃい」


 ガルズとルシアにそう後押しされて、二人はリゲルとの小旅行を了承した運びだった。

 勿論、このままでは胡散臭い事この上ない。

 手配されているとはいえ、リゲルの一行が悪人でないことは信用した。

 だが、ただその場所に行けば、という話の美味さがボリスの頭に引っ掛かる。

 何せボリスは、今までどれだけ勉学を重ねても魔法を習得できなかったのだ。

 重ねてきた苦労の分だけ、提示された条件の軽さが信じられない。

 だから念願の力を前にしても、ボリスの表情は浮かないままだった。

 そんな彼を見ても、肝心の提案者の方は相変わらず能天気だ。

 からから笑いながら、普段通りの軽い口調で、リゲルは新たな教え子を励ました。


「なに、辺境と言ってもそこまで時間は掛からないさ。明日の夕方には帰って来られる距離だから、何度も言うけど心配はない。それに」


「それに?」


「この旅行が終わった頃には、君は父君と同じ立派な戦士だ。魔法が使える……ね」


「……はい」


 父の名を聞かされるとボリスははっとして、それからすぐに頷いた。

 彼は気立ての良い鷹のような少年だ。

 信じた相手には従順で、しかし自らの意志は決して曲げない。

 素直で扱いやすいが、武人の信念と父への憧れは決して変わることはない。

 そうした誇りを傷付けないように気をつければ、彼はいつでも信じる者の味方をしてくれるのだ。

 それは特性を知る悪人に利用されやすいという弱点でもあったが。


「ユキさん、ちょっと耳」


「はい? ……こうですか?」


「うん……君のご主人は素直すぎるね。信じてくれたのは嬉しいけど、ちょっと危ない。変なのに目を付けられないように、君がよく見ていてやるんだよ」


「……目の前にいますよ、変な人」


 ユキの答えに、リゲルは微笑んだ。

 繰り返すがボリスは素直だ。

 信じさえすれば悪人にも従ってしまうだろうが、親しい身内がきちんと警戒していればそちらの声に耳を傾けるだろう。

 正義を感じれば従うボリスに対して、ユキが信じるのは大好きな『ご主人様』だけだ。ボリス以外の相手には、きちんと疑う目を持っているらしい。

 少なくとも、二人が一緒にいる限り周りは安心して見ていられる。それがボリスとユキの主従だった。

 勿論、二人揃って懐柔されなければの話だが。


「ところで、ルシア君からお菓子を貰ってきたんだけど……」


「ショコラ!」


 すっかり味を占めたユキはあっさりとクッキーに食いつき、ボリスは頭を、リゲルは腹を抱え、それぞれ溜息と笑い声を響かせるのだった。




 到着は、予定通り翌朝の事。

 馬車が辿り着いた先は、ダルクという小さな集落だった。

 リゲルがかなり勿体ぶるので、ボリスとユキはどんな村かと期待したが、いざ行ってみれば何のことはない、農耕と牧畜で生計を立てるごく普通の農村だった。

 麦は刈り入れ時を終え、畑は裸の土が剥き出しになっており、小麦粉を挽いているのか、辺りの風車からは石の擦れる小気味いい音が響いている。

 だが実際、目につくものは何もない。

 牛の鳴き声と、挽きたての小麦の香りが微かに感じられる穏やかな村だが、特別人が多いでもなく、魔法に関わるものは見当たらなかった。

 それでも、ボリスとユキは素直が売りの主従だ。

 ここまで連れてきてくれたリゲルを信じて、二人で一生懸命村中を見回してみたのだが、


「二人ともどこを見ているんだね? 我々の目当ては村じゃないよ」


「え?」


 リゲルが体を向けているのは、建物も畑もない方向だ。

 この村はそこまで開拓が進んでいないようで、村のはずれには広大森が広がっており、鬱蒼としたその入り口は木の柵と立札で固められている。

 見るからに立ち入り禁止といった風情だが、


「ほら、行くよ。見られてそこまで困るわけじゃないけど、目立ちたいわけじゃないからね。人がいないうちに向かうとしよう」


 そう言うと、リゲルは無遠慮に柵を乗り越えて森の中に入っていってしまった。


「せ、先生、待ってください! ユキ、行くぞ」


 そろそろ日は高くなっていたが森は入口からして暗く、奥の景色もまともに見えない。ぼんやりしているとリゲルの背を見失ってしまう。

 ボリスは慌ててユキの手を取り、二人で柵を飛び越えた。

 焦っていたボリスは、リゲルの背中以外に注意を向ける余裕もなかったのだが、ユキの視界の端には気になる文言が掠っていたのだ。

 速足に続きながら、ユキは小さくボリスに訊ねた。


「……あの、ご主人様。蛍ってこんな森にいるんですか?」


「蛍? 川があればいてもおかしくないけど、まだ時期が早いぞ……どうした?」


「はい、柵の立札に『蛍が出るから立ち入り禁止』って書いてあったと思うんですけど……蛍で立ち入り禁止になんてなるのかしら……」


「うーん……? 聞いたことないけど、毒蛍でもいるのかな。いや、何か……」


 何か、ボリスの頭には引っ掛かるものがあった。

 ボリスはかつて、地方に散った父の部下に会うために旅行に行ったことがあるが、そこで危険な『毒蛍』の話を聞いた覚えがあったのだ。

 ただ、小耳にはさんだ程度で細かい事は覚えていない。

 それでも出来るだけのことを思い出すべく、ボリスは必死で記憶の中を探ってみたが、


「おぅい、二人とも。暗いから早くついておいで。迷子になったら出られないぞぉ」


「は、はい、只今っ! ……ユキ、話は後だ」


 身体の華奢さの割に、リゲルの歩みは妙に速い。

 魔法の習得はボリスたちがついていかなければ意味がないし、リゲルの言う通り迷子になっては大事だ。

 結局、相談は長く続かず、二人はリゲルの背を追って森に分け入った。

 小規模な集落とはいえ、これだけ人里に近い森である。こうした森には狩人や木こりが入ってくるだろうし、普通は彼らが使う林路があるものだ。

 ボリスはそのように予想していたのだが、これが大誤算だった。

 どうもこの森は入口から先は全く人の手が入っていないらしく、足元では木の根が土の上に、下にぐねぐねと這いずり、道はそろばんさながらに凸凹で不安定な有様だったのだ。

 ボリスは父の教えで夜な夜な走り込みをして体力を付けていたし、剣の素振りなどもしていたので体力はある。だがそれは平らな床や石畳の上での事だ。都会育ちにこの悪路はあまりに過酷である。

 鍛えているボリスでさえ息が上がる有様なのだから、か弱い少女には相当無茶な行軍だ。

 ユキはルシアの気遣いで、普段のロングスカートでなく丈の短い旅装を着せてもらっていたが、足回りが自由になったところで道の悪さはどうしようもない。

 ボリスは転びそうになるユキを何度も支えながら、すいすいと進むリゲルに遅れないように足を進めていた。


「も、申し訳ありません、ご主人様……ユキは、やっぱり入り口で待ってた方が」


「馬鹿、今から一人で戻れるもんか。いいから、俺から離れるなよ」


 ユキは主人の足を引っ張る事に抵抗があるようだったが、ボリスは気にした様子もない。

 ボリスは学び舎での劣等感もそうだが、たった一人の臣下を守りたくて力を求めた所もある。そのユキが足枷になる事は、ボリスにとってそれほど嫌な事ではなかった。

 ただ、時間が経つにつれ、二人の体力はどんどん悪路に吸われていく。

 人の手が入らない森の地面は、踏み固められることなく柔らかい。

 木の根を避けて地に足を付けても、腐葉土に接地面を取られて足首が曲がり、体勢を崩しやすいのだ。気をつけないと足を挫いてしまう。

 父の部下からの教えでそれを知っていたボリスは、ユキの分も気を遣って歩いていたが、足元と背後に気を取られている内に前方への注意が疎かになり、


「こら」


「うわ」


「きゃ」


 リゲルに軽く注意されただけで、二人揃って飛び上がった。

 どうやら、いつの間にか追いついていたらしい。ボリスが顔を上げてみるとすぐ真上に、苦笑したリゲルの顔があった。


「やれやれ、女の子に気を取られて師匠を見失うとは、君も中々に軟派者だねぇ。けしからんぞぉ、ボリス君」


「ご主人様は悪くありません! 全部ユキが悪いんですっ」


 ユキは必死になって主人を庇ったが、リゲルはからかっただけだ。責めた訳でも侮辱したわけでもない。

 唯一の部下の少しずれた忠臣ぶりに、ボリスは恥ずかしそうに顔を赤らめ、リゲルも今度は高らかに笑った。


「あははは、君たち本当に仲がいいねぇ。実に良い事だ、素晴らしい」


「先生、あまりからかわないでくださいよ」


「うん? 別にからかっていないよ、本気で言ってる」


 ボリスは見るからにむくれて師匠を見上げたが、大笑いしていたリゲルは次の瞬間、にわかに真顔になった。

 扱う魔法の多彩さ同様、まさに嵐のように破天荒で気まぐれな男である。

 師匠の機嫌を捉えあぐねてボリスは困惑顔になっていたが、


「いや、失敬。これでも真面目に褒めていたつもりなのだがね。魔法を教える上で大事なことだから」


「……俺たちの仲が、ですか?」


「あぁ、かなりね」


 今度は言葉の意味も掴めなくなり、ユキ諸共にかくん、と首を傾げた。

 些細な仕草一つ取っても、見事に息の合った仲睦まじい主従である。

 リゲルは再び失笑の気配を見せたが、これは咳払いで収めると話をつづけた。


「ここまで来てから言うのも何だけど……一応最後の確認だ。一度知れば、君たちはもう後戻りできない。これから知ることは、私たちの間以外では絶対に他言無用に頼むよ。でないと本当に世界の秩序が転覆しかねないからね……最悪、私自ら君たちを消さねばならなくなる。わかったね?」


 どうやら、目的地には着いていたらしい。

 この先にはボリスや、ユキたち『神なし』の奴隷が魔法を使える秘密の知識が眠っている。

 危険な知識との話は聞いていたが、命をかけての誓約となるとボリスの肩は震えた。ユキも微かに顔を蒼くしている。

 それでもボリスは、ここまで来て手ぶらで帰る気にはなれなかった。

 かなり眉唾だったが、念願だった力が手に入るのだ。

 ほんの一歩前に踏み出すだけで、その秘密に触れることができる。

 勇敢な戦士の子に、そこまで話を進めておきながら引き下がる選択肢はない。

 ボリスは胸を張って頷いた。


「俺も、ユキも、秘密は守ります。教えてください、リゲル先生」


「よろしい……ついておいで」


 リゲルは満足気に微笑むと、二人を伴ってさらに森の深部へ足を進めた。

 深く分け入るほどに森の木は間隔が広まり、代わりに一本一本が太く、大きくなっていく。

 リゲルに曰く、この辺りは森の『始点』に当たり、聳える無数の大木はこの森が始まった時から生きている老木なのだという。

 これまでの道行きに比べれば歩きやすく、リゲルもユキのために足を緩めてくれたので、ボリスは周りを見回す余裕ができていた。

 雄大な木々は高い所に葉を付け、適度に日差しを遮って涼しい風と木漏れ日を運んでくれる。

 木々についてリゲルの解説を受けながら、美しい森に溜息を吐いていると、


「……?」


 ボリスの視界の端に光が掠めた。

 最初は日差しを浴びた綿毛かとも思ったが、翠色に輝くそれはどう見ても自ら光を放っている。

 同様の光が目に留まったのか、ボリスの背後ではユキが歓声を上げた。


「あ、ご主人様! あの光、やっぱり蛍じゃないですか? それもたくさん……!」


 一つが目に留まったのを皮切りに、辺りを見回してみると同質の光がちらほらと舞っていた。

 蛍なら翠に近い光を放つはずだが、辺りに舞う光は大小様々、色も黄・蒼・赤・翠と見える限り四色はある。

 見目鮮やかに舞う四色の光に、ユキは瞳を輝かせて見入っていたが、


「……ユキっ、口をふさげ!」


「え? むぐ」


「『蛍瘴気』だ。吸ったら死ぬ。あっ、鼻もふさげ」


 ボリスは慌てて叫ぶと、ユキとつないでいた左手を離し、代わりに彼女の口から鼻を覆った。

 『蛍瘴気』。

 それが、入り口でボリスが思い出しかけた『毒蛍』の名前だった。

 この大陸で稀に現れる現象であり、ボリスも話に聞いたことがあるだけで実物を見るのは初めての事だ。

 教えてくれたバードンの部下曰く、発生すると四色の光の粒が宙に舞い、粒を吸い込んだ人間はその後腹を下し、謎の熱病を発症して多くが死に至るという。

 蛍によく似ていることから『蛍瘴気』と呼ばれているが、その実は虫とは関係がない謎の現象だ。

 危険性を知っていたボリスはユキを制して立ち止まり、自分も右手で顔を覆ってその場から離れようとしたのだが、


「先生……!? 危ないですよ、離れてください!」


 騒ぐボリスの目の前で、リゲルは瘴気の中に入っていった。

 四色の光は森の深部に行くほどに一粒が大きくなり、光も強まっていく。

 傍目から見る分には美しいが、あの光全てが致死性の猛毒だ。

 折角得た師が自ら死地に入っていくのを、ボリスは必死に止めようとしたのだが、


「大丈夫、君たちはこれじゃ死なないよ。勿論、私もね。ほらこの通り」


「先生っ!」


 リゲルは相変わらず緩い表情のまま振り返り、あろうことか光を一粒つまんで口に放り込み、飲み込んでしまった。

 ボリスは思わず悲鳴を上げたが、リゲルは確かに苦しむ様子もなく、戸惑う二人に手を振った。

 光が無害であることを身を以って立証すると、リゲルは手招きをしてボリスとユキを光の中に呼び寄せたのだ。

 一度は毒と教わった光だ。当然、ボリスもユキも相当に躊躇ったが、二人で頷きあうと意を決し、リゲルの傍に歩み寄った。

 勿論、大きな光は吸い込まないように気を付けたが、それだけではこの瘴気は防げないという。

 以前聞いた話を思い出しながら、ボリスは蒼い顔でリゲルを見上げた。


「……あの、先生。『蛍瘴気』は目に見えるものだけじゃなくて、周辺には見えないくらい細かい粒子も沢山舞っていると聞いたのですが……」


「おぉ、よく知っているねボリス君。因みにだけど、そういう微粒子は森の入口近くにはもうあったよ。二人もとっくにたらふく吸い込んでるね」


「……そう、なりますね」


 つまり、二人に素養が無ければ入口の時点で気付けていたということだ。

 この森の開発が進まない理由はそういうことだった。

 『蛍瘴気』が舞うこの森は、人間の侵入を拒むのだ。

 耐性の無い多くの人間は、この森に侵入した時点で瘴気に当てられ、自然に撃退されてしまう。

 なので木こりも狩人も近づけず、放置されたまま拡大を続けていった、ということらしい。

 『蛍が出るから立ち入り禁止』とはこういうことだろう。

 入口の立札の意味も、これで説明が付いたのだが、


「でも、何故俺たちだけが平気なのです? 俺なんて『有神人種』の中では魔法も使えない落ちこぼれなのに」


 残る疑問は、それだ。

 この社会において優等人種と呼ばれている人々が近づけず、劣等人種と蔑まれるユキたち『神なし』や、それに近いとされる自分が瘴気に耐えられる理由が、ボリスにはわからなかった。

 学び舎では散々『神なし』と『有神人種』たちを並べて、前者を全面的に劣った人種であり、後者こそが優れて支配者にふさわしいと子供たちに吹聴してきた。

 なのに劣等人種にだけ効かない毒があり、それが優等人種だけを殺す力を持つとは、学び舎、及びその教えの元となる『起源書』の記述にも反することだ。

 既に不穏な予感を感じ始めた生徒の前で、リゲルはまたしても真顔になり、


「そりゃあ、君たちの方が本来は強いからさ。ノロ君や、他の『有神人種』たちよりも」


 俯きがちなボリスにやれやれと肩を竦め、それから続けた。


「あのねボリス君……自分の事を落ちこぼれなんて言うもんじゃない。繰り返すが君たちは強いのさ。君とユキさんは『蛍瘴気』に……『彼ら』に憑き殺されない力があるんだ」


「彼ら……?」


「そう、今も君たちの目の前にいるだろう? 綺麗なのが、沢山」


 ボリスが聞き返すと、リゲルは全身で周囲を見回してみせた。

 『彼ら』とは『蛍瘴気』を指して言っているらしい。自然現象相手に、まるで意志があるような言い方だ。

 リゲルは舞い散る光の粒を一つ掌に載せると、翠に輝くそれをボリスの前にかざして見せた。


「瘴気なんて呼ばれてるけど、これの実態は微生物みたいなものなんだ。この光の生き物たちを、私たちは『精霊』と呼んでいる」


「『精霊』……」


「そう、君も飲んでごらん。出来るだけ大きいのをね」


「え?」


 ボリスは目を真ん丸にした。

 自分に効かないことはわかっていても、結局この光は毒物だ。それをわざわざ飲めと言われれば、躊躇うのは当然だった。

 しかし、ボリスは戦士として、主君にはよく仕えるようにと父に教わってきた。良くも悪くも目上の人間には従順だ。

 結局、ユキとの目配せの末、


「……これで、いいですか?」


「うん、申し分ない。ではぐいっ、とどうぞ」


 ボリスは最初に目についた、翠の光を手に取った。

 手に載せてみても、特に重みも感触もない。

 微生物とは言っていたが、光の発生源は本当にごく小さいもののようだ。

 だが発する光は昼間でも明るく、強い。ちっぽけに見えても、本体の小ささから比べると十倍百倍の大きさだろう。

 こんな塵芥のような生き物がこれだけ強く輝き、人間を容易く殺す力を持っている。

 初めて見る美しい命に恐れと、しかしそれ以上の神秘を感じながら、ボリスは思い切って光の粒を飲み込んだ。

 すると、


「はい、終わり!」


「は?」


 突然、リゲルが叫んだ。


「魔法の習得だよ。これでボリス君は、晴れて魔法使いさ。おめでとう」


「え? ま、待ってください。今、何て……!?」


 ボリスは『精霊』を一粒飲み込んだだけだが、それで一体何が終わったというのか。

 話が読めず、ボリスとユキは目をぱちくりと瞬かせている。

 相変わらず息の合った挙動を見てリゲルは再び笑ったが、すぐに表情を戻し、続けた。


「だから、魔法の習得が終わったのさ……今飲み込んだ『精霊』が、君に魔法を与えてくれる」


「で、でも魔法は、神様が」


「あぁ、それ、嘘だよ」


「……!?」


 ボリスは愕然とした表情になった。

 魔法はこの円状大陸の人々を支え、その国々を『列強』とまで呼ばしめた力だ。

 だからこそ人々は、魔法を人間に授けたとされる神に感謝し、それを崇める組織である『魔導協会』に多額の寄進を捧げて信仰を示してきた。

 それがボリスを含め、多くの人々が信じてきた、この社会の摂理だったのだ。

 だが、


「この『精霊』こそ魔法の源。教会の言うことは……君が学び舎で教わってきた『魔法神授説』は、ほとんどが嘘っぱちなのさ」


 その後リゲルが語った事は、ボリスらの常識を一蹴するような、衝撃的な真実だった。


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