プロローグ
深藍の闇の中、葉擦れの音だけが聞こえる。
晩春のうららかな風に光の粒が舞えば、陰鬱な森の空気は一変、寝静まった子供部屋のように不思議な静謐が満ちる。
雪が降るには遅すぎ、蛍の季節には早い。
しかし淡雪のようにしんしんと、黄・蒼・赤・翠の四つ色がさやかに輝き、森の空から地へと降り注いでいた。
その奥で、人影が一つだけ。
美しい景色の中、ただ一人佇むのは、一見背景に似合わないみすぼらしい少年だった。
薄汚れた銀の髪、褐色の肌には、服とも呼べないぼろきれを纏っている。
痩せぎすで、骨の浮いた顔では、しかし特徴的な赤い瞳だけがぼんやりと輝く。
宙を舞い、地に落ちれば消える灯の中に佇むその姿は、木々の揺らぎが無ければまるでよくできた作り物のようにも見えた。
留まれば絵、動き出せば劇。
誰が見ているでもないが、見る人はそう思うような、幻想的な世界。
痩せた少年は舞い落ちる蒼の光を一つ、両手で掬って、小さな手に収まったそれに声を掛けた。
「……生きたいかい?」
蛍のような光は、勿論言葉を返さない。
だが、驚くことに、それは応えるように光を強めたのだ。
いかにも、生きたい。
死にたくはない。
少年の目にはそう言っているように映った。
まるで後から続くように、光の粒たちは次々と少年の手の中に舞い込んでくる。
落ちて消え行く同胞たちを眼下に見ているのか、まるで急くように、必死で、差し伸べられた手の中に収まっていく。
そうして、小さな手は間もなく光に溢れた。
それを確かめた少年は薄く微笑むと、押し戴くように両手を持ち上げ、
「そうか……じゃあ、一緒に生きよう」
手に満ちた無数の光の粒を、飴菓子のように一息に飲み込んだのだった。