大丈夫じゃない
「あ、先輩またコーヒー飲んでる!コーヒーばっかり飲むと体に悪いっすよ?」
毎日言われる耳に痛いセリフ
「大丈夫。甘いの好きじゃないからカフェインで糖分とってんのよ!」
「大丈夫って先輩の口癖っすよねー。意味わかんないこと言ってるし全然大丈夫じゃない気がしますよ?飴食べます?」
「大丈夫だってば、いいから仕事して!仕事!」
コーヒーを飲むと決まって思い出す人がいる。
今何してるんだろう。
出会いは大学のサークル。私たち2人だけがコーヒーをブラックで飲んでいたことだったね。
甘いのが苦手な私たちはでサークルのみんながケーキの話で盛り上がってる時も、2人だけで違う話をしていたね。
疎外感を感じることがこんなに心地いいと思ったのはきっと貴方とだったから。
お互いのことを知っていくうちに流れるように付き合って、明るい未来があると信じて疑わなかった。
でも大学を卒業して就職して、何処かで歯車が狂ってしまった。
私たちは嫌いで別れたわけじゃなかったよね。
ただあの頃のように戻るタイミングを失ってしまっただけ。
貴方の転勤が決まったとき、ついてきてくれてとも言わない貴方に楽しさを感じ始めた仕事を全て捨ててついて行くことが出来なかった。
長距離恋愛もできる自信がなくて別れを切り出したのは私。
優しい貴方は「大丈夫。今までありがとう。」って言ってくれたけど、もしあの時転勤について来て欲しいって言われたら違う未来だったのかな?って今でも考えてしまうよ。
本当は引き止めて欲しかったのかも。天邪鬼でごめんね。
たまたま貴方と再会した日はすごく暑い日で、道端で話すには無理がある日だっから連れ立って学生時代によく行ってたお店に向かった。
隣に立ってすぐに貴方が付けてる香水があの頃のままと変わらないのに気が付いた。
お店のドアを開けた時に先に入れてくれる紳士的なところも変わらないね。
落ち着いた声でゆっくり話す優しい話し方も変わらない。
あぁ、私たちは何も変わってなかったのかもしれない。
あの頃が少し不器用だっただけで、少し成長した今ならもっと器用に上手くお互いを大切にできる…そんな気がした。
コーヒーを頼んだ私に貴方は「変わってないな」って笑ってた。
貴方もコーヒーを頼むから「そっちこそ」って私は笑った。
「最近どう?元気だった?」
「大丈夫。元気にしてたよ。」
当たり障りのない会話で距離感を測る。
(あぁ、私の大丈夫って言う口癖は貴方を真似してたんだ。)
一気にあの頃に戻ったような気がした。貴方に大丈夫と言われると全てが上手くいく気がして、貴方が言う大丈夫が好きだった学生時代に。
「やっぱり変わってないね。」
「そうかな?」
今、あの頃のように戻りたいって伝えたらどうなるのかな?
また笑い合える時が来るのかな?
「ねぇ…」
言いかけた時コーヒーが運ばれてきた。
目の前に置かれたコーヒーにガムシロップを入れながら貴方が聞いた。
「なに?」
本当に聞きたかったことは言えなくなって代わりに
「甘いの飲めるようになったの?」
そう聞いた。
耳鳴りがした。すごく嫌な予感がして涼しい室内なのに急に汗をかきはじめた。
「あー今の彼女が甘くなきゃ飲めないんだよ。それに付き合って飲んでたらいつの間にか。」
照れ笑いをする貴方を見て
口の中がカラカラに乾いて錆び付いて動かない唇を無理矢理動かしながら「幸せそうだね。おめでとう。」と言った時、あの頃より少し器用になった自分を感じた。
―――
「あれ?先輩今日コーヒーじゃないんっすね。」
「飴ちょうだい。コーヒー嫌いになったの。」
筆者はコーヒが飲めません。苦いです。