白やぎさんと黒やぎさん
「白やぎさん、実はあなたから届いた手紙を食べてしまったんだ。それはもう見るからにおいしそうな手紙だったから、つい。悪いけれど、あの手紙にあった内容を今教えてもらえないだろうか?」と黒やぎさんは電話口でゆうっくり話した。「できれば、今度から僕に伝えるべき事象が発生したら一切を電話で伝えてもらいたいのだが」
「ああ、黒やぎさんお久しぶりです」と白やぎさんは震えながら恐縮しきった声で言った。彼は生まれたときから、根っからの臆病なのだ。「こちらの不手際です。ついついあなたの好みにあった紙で手紙を書いてしまった私が悪いのです。どうかお許しください」
「うむ」と黒やぎさんは少し困ったような声で言った。「まあそのことはもういいんだ、僕としては手紙の内容が知りたいだけなのだよ」
「はい、そうですね、過ぎ去った事は事実ですし、過去にこだわってはいけないと私も思います、はい」と白やぎさんは言った。「しかしですね黒やぎさん、私の勘違いなら本当に謝っても許してもらえる事ではないと思いますが、その手紙の送り主は本当に私だったでしょうか?私にはここ一年ほど、『山羊のレーゾンデートルとそれを取り巻く環境の変化』以外あなたに何かを郵送した覚えが無いのですが」白やぎさんはそう言ってしまうと、受話器を片手に息を飲んだ。
「うむ、もちろん山羊会報はちゃあんと届いとるよ」と黒やぎさんは戸棚からウイスキーを取り出し、ハイボールを作りながら言った。「しかし手紙を食べているときにちらりと見えた番地は間違いなく白やぎさんの番地だったのだよ。君は確か25番だったろう?」
「25番」と白やぎさんはエウレカ!とでもいう風にその言葉を言った。「25番は確かに白やぎの家ですが、私ではありません。それは幸之助の家でございます。私は松乃信でございます。ただいま幸之助の番号をお伝えいたしますので、そのまましばらくお待ちいただきとう存じます」
「ぐぐ、うむ」と黒やぎさんはハイボールを飲みながら言った。「すまなかったね松乃信とやら。間違えてしまって」
「いえ、私たち白やぎが悪いのです。区別の付かない顔立ちをしているせいでございます」と白やぎさんは電話口で頭を何度も下げながら言った。「幸之助の番号は052-xxx-xxxoxでございます」
「うむ、ありがとう」そう言って黒やぎさんはがちゃりと電話を切った。
白やぎさんは受話器をがしりとたたきつけた。「まったくよおおおおお、あの黒やぎったら脳みそいかれてんじゃねえのかああ?このだぼがああ。間違い電話かけてきやがった挙句偉そうにしやがってよお。……おら、ばばあ、突っ立ってないでビールもってこいよおお、ビールだよ、麦茶じゃねえぞおおお。あんなやつと口きいた日にゃビールでも飲まねえとやってらんねえからよお。おうおう、それだ。(ぷしゅう)なに?仕事?今探してる途中だろうが、偉そうに口きいてんじゃねえよまったくよお。その仕事とやらを探して、毎日歩き回って疲れてんだ、今日くらい休ませろよなああ。まったくてめえ何様だっつうんだよお。(ごくごくごく)おら、さっさともう一本持ってこいよな、足りねえんだよ、こんなんじゃあよおおオオ。持ってきたらとっとと俺の目の前から消えちまえ、目障りだからよおお。(がんがんがんがん)」
「白やぎさん、実はあなたから届いた手紙を食べてしまったんだ。それはもう見るからにおいしそうな手紙だったから……」
……………。
「25番25番は確かに白やぎの家ですが、私ではありません。それは……」
がちゃり。
「まったくよおおおおお、あの黒やぎったら脳みそいかれてんじゃねえのかああ……」
平和といえば平和な昼下がりだ。大体こういうくだらない事を考えることによって、僕のささやかな眠りは導かれる。