早朝特別訓練
剣術学園の朝は早い。
「おらー、お前ら起きろ!ランニングの時間だ!」
寮監の先生がメガホンを使って叫ぶと、寝ぼけたままの6~12歳の子供達が寮の部屋からぞろぞろと出てくる。
「今日はランデルの街まで行って自分で朝食を買ってこい!」
その命令が下った瞬間、子供達の目が一斉にカッと開く。剣士たるもの、常に動きやすい服装で即座に頭を切り替えることができるというのは基本の基本だ。
日がようやくその姿を見せ始めたかといったタイミングで子供達は走り出す。腰に剣代わりの金属を着けているとは思えない速度だ。その中でも、郡を抜いて速いのがクルトだ。最低学年であるにも関わらず、彼の足には誰も追い付くことができていなかった。
ある程度舗装された道を風の様に疾駆し、1時間後。クルトは後続をつき放し、一人でランデルの街へとたどり着いた。
「あら、一昨日ぶりねクルトちゃん」
「ステラおばさん!」
クルトは紫の服を恰幅のよい体に着せた女性の元へ駆けつけた。
「今日も一人かい?」
「みんな遅いからね」
そんなやりとりをしながらクルトはまだ開店準備をしている商店を見る。
「今日もうちでごはん食べてくかい?」
「いいの!?食べたい!」
ステラの提案にいつも通りの興奮した反応を見せ、クルトはスキップしながらステラが経営する料理店へと向かっていく。
「迷子になるんじゃないよー」
「うん!」
商店街から一本道を外れた場所にある木造の建物。一見民家ともとれるこの場所こそ、知る人ぞ知るランデルの街の裏店である。
「おじちゃーん!」
「うちはまだ開店前だ!でて......おークルトか。ちょっと待っとけ」
厨房の奥から叫び声と共に現れた強面の男は、クルトを見るなり孫を見る年寄りの顔になる。
「ほれ、今日は来るんじゃねえかっていう予感がしてたんだ。持ってけ」
赤い袋に包まれた弁当箱を受け取り、クルトは笑顔で
「ありがと、おじちゃん!」
そう言って来た道を走っていった。
「よーし、さっさと準備しねえとな!」
その後から、店の中にはなんとも言えない芳醇な匂いが充満し始めた。
クルトがランデルの街から出ようというタイミングで息をきらした6年生が終始体をふらつかせながらランデルの街の門にたどり着く。
「ふーふー、ふーふーふー」
蒼い髪を綺麗に後ろで一本に結んだ彼は、クルトを見て諦めともとれる笑いを溢し、ランデルの街へ入っていった。
「あの人、いつも一人で来るけど友達いないのかな?」
そう言い残してクルトは寮に向けて走り出す。道中、誰かに会わないように裏のルート、寮への直線のルートではなく寮の裏山から下るルートを通ってクルトは寮へと戻る。
「帰ってきたな。飯を食ったら木剣を持って訓練所だ」
「一年生は走り込みじゃないの?」
「昨日トルンにスキルを教わったんだろ?ならもう剣術主体の訓練に変えてもいいだろう」
「わかった!」
片手に弁当を持って寮内へと駆け込むクルトへ寮監は
「それと、先生には敬語を使え」
一言注意した。
「はい!」
それに元気よく返事を返し勢いよく自室へと戻っていった。
十数分後。クルトは山の中にある訓練所へと足を踏み入れた。
「お、来たな」
クルトが入る前から中で立っていたトルンはそう言うと手招きをした。それに従いクルトは訓練所の中心へと歩いていく。
「約束だ。クルト、お前にスキルの特別授業だ」
その言葉にクルトの顔は喜びに溢れる。
「何するの?先生」
「一番応用が効きやすい基本技か、それともカウンターができる攻撃防護系のスキルか、ひたすら耐久するための見切り、とかかな」
「はいはいはい!じゃあ俺、攻撃防護?のスキル使いたい!」
クルトの頭の中ではカオルが使っていた波斬の印象が強かったが、それだけでは一気に進み過ぎてしまったカオルに追い付くことはできないと頭のどこか片隅で冷静に判断していた。
「よし、攻撃防護だな。じゃあ軽く攻撃防護について説明するぞ」
「うん!」
「攻撃防護。その名の通り攻撃を防御するスキルだ。ただ剣で受けるよりも高い防御力を実現している反面、武器にかかる負担は通常の防御時より大きくなる。そのうえ、斧スキル天斧などの遠距離攻撃を併せもつスキルには効果が薄い。
まあこれは常識だな」
クルトは今の解説を頭の中で反芻しながら次の説明を期待する。
「さて、じゃあ攻撃防護は遠距離物理攻撃以外は防げないのか、そう言うわけではない。遠距離からの魔法等はある応用スキルを使うことで防ぐことができる。それが、攻撃防護▪空顎。空に顎って書いてくうがく、な。このスキルは相手からの遠距離攻撃を物理攻撃以外なら無効化させることができるスキルだ。」
(くうがく、くうがく、くうがく......)
「まあ攻撃防護系を集団戦で使おうとするのは無謀だな。次は攻撃防護の強い点を説明しよう。攻撃防護の最も優れた点は硬直がないことだろう。よくカウンタースキルとして使われる理由がそれだ。今はがむしゃらに剣を振るしかできなけどな」
トルンはそう言った後、木剣の腹を前面に見せ、その後ろに自身の大きな体を隠した。
「これが攻撃防護の基本の構えだ」
トルンの持つ木剣は黄色く煌めいていた。
「俺も、俺もやる!」
クルトもトルンと同じように構え、意識を剣に集中する。だが、スキル発動の合図はなかった。何度も、剣の位置を変えたりしても、彼の剣は光らない。
「せんせえー」
「最初はそんなもんだ。最初から綺麗に発動できるはずがないだろ。ゆっくりでいいんだよ」
「......うん」
納得いかないような間を開けて返事をした後、クルトは再度スキル発動の練習を始めた。スムーズに、綺麗に、丁寧に、かっこよく、美しく。だが、彼の剣は光らない。
トルンをちらと見ればどこか昔を見るような目でクルトを見ている。
「クルト、もうそろそろ他のみんなも帰ってくる頃だ。今日の訓練は終了だ」
「また明日もやってくれる?」
不安顔のクルトにトルンは優しく手を乗せる。
「クルトが今日の木剣取り競争で一位を取ったらな」
そう言った瞬間クルトの顔は満面の笑みへと変わり、さっきのしょぼくれた雰囲気はなんだったのかと問いたいほど元気な声で
「約束だよ!」
そう言って山を降り始めた。
「おう」
その小さい背中に返事を返し、トルンはまた切り株に座った。