コズミックセブン〜狙われた惑星〜
──これは遠くて近い未来のお話
平日の日中、都市部ともなると相も変わらず人の波がごった返し喧騒が絶えない。
地球人が宇宙人と出会い、貿易や交流を始めてから数世紀たった今でも人の営みは変わらず、人々は家族のため、友人のため、もしくは自分のために毎日せっせと汗を流し働き、または勉学に励む。
そんな人混みの中を頭一つ抜けた長身の男がきびきびとした足取りで行く。
男が人の波に揉まれながらやがてある大きなビルの下に辿り着くと門の外に立つ守衛に懐から取り出したカードを見せてお互いに敬礼すると開いた門の中へと足を踏み入れ建物の中へと入っていった。
「あっおはようございます、モロカワ先輩」
整頓されたとある部屋に辿り着くとすでに着席しパソコンを弄っていた小柄なショートボブの女性がにっこりと笑い挨拶する。
男は白いコートを脱ぎハンガーに掛けながら微笑み返した。
「ああ、おはようアンナくん」
男の名はモロカワ・マモル。
警視庁特殊銀河課の刑事である。
アンナと呼ばれた同僚である女性が円形のスリム化されたパソコンを弄りながらマモルに話し続ける。
「先輩、早速ですが長官と課長が10時にお越しになるとのことです。それまでにこの資料に目を通しておけと仰ってました」
マモルが着席し自席のパソコンを起動するとアンナのパソコンからとある事件の資料が送られてきていた。
それを見てマモルは顔を顰める。
「なになに……?
ふむ、宇宙ヒロボンの情報か……」
「なんとも恐ろしいクスリですよね」
「ああ、この世にあってはならんものだ」
宇宙ヒロボンとは最近世界中で猛威を振るい地球人の身体と精神を蝕んでいる恐るべき薬物のことである。
2人とも資料に目を通しながら意見を交わしていると部屋の前の機械仕掛けの鳥が来客を報せて来たのでカメラで来客の顔を確認してから部屋の扉を開ける許可を出した。
やがて入室してきたのはブルーの制服をかっちりと着込んだ2人の年配の男だった。
マモルとアンナは起立し直立不動で2人の男を出迎える。
「モロカワくん、アンナくんこんにちは。
さて、準備はいいかね?」
「「はい」」
2人の年配の男は銀河対策局の長官と特殊銀河課の課長でありマモルとアンナの上司である。
「さて、今日出向いたのは他でもない。近年世界を混乱に陥れている宇宙ヒロボンについてだ」
長官がそう言うと部屋の明かりが消えてスクリーンが降り、人々が虚な目で空を見上げる映像や暴れていたりする映像、右肩上がりの折れ線グラフなどが映し出された。
いずれもヒロボンによる犯罪データである。
「このヒロボンは極めて中毒性と依存性が高く、引き起こされる幻覚症状はとりわけ人を凶暴にする副作用がある。
ある国ではこの薬の利権を巡り内戦が勃発し、ある国と国の間ではこの薬がきっかけで戦争が引き起こされた。
まったくもって恐るべき薬物だ」
静かな怒りに燃えるマモルは映像を睨みつけながら上司に問い掛けた。
「この薬物の成分には地球にはないものが含まれています。
長官、いったい何者がこんなものを……!」
長官は無表情で頷くと映像を切り替えとある街の地図をスクリーンに映し出した。
「ああ、捜査員の地道な捜査によってやっとその販売ルートと元締めの目星がついたよ」
そして2人の上官が目を合わせ頷くと課長が説明の後を引き継ぐ。
「宇宙ヒロボン販売シンジゲートの元締めと目されるのはこの男だ」
そう言うとモジャッとした頭髪の冴えない男が街中を歩いている様子が地図の横に映し出された。
「氏名タナカ・メトロ。経歴を巧妙に偽装し売れない小説家としてこのアパートに潜伏している。
君たちへの指令は一つ。
この男の正体を確認しクロであれば逮捕することだ。
正体は宇宙人と推察されるので注意して事に当たってくれ」
そして2人の長官は直立不動になるとマモルとアンナに敬礼を送った。
「では頼んだぞ君たち。無事と幸運を祈る!」
マモルとアンナも直立不動で敬礼を返す。
「「はっ!」」
2人がタナカ・メトロが潜入しているというアパートの前に張り込んでから数時間。
マモルとアンナは交代しながらじっとタナカの部屋や周辺を観察していた。
途中腹ごしらえにとマモルは持ってきたアンパンを齧り牛乳で流し込む。
横目でそれを見ていたアンナは軽くため息を吐いた。
……もう人類が宇宙人と出会ってから数世紀が経つというのに
「今どき牛乳とアンパンを持って張り込みしてる刑事なんて先輩くらいですよ……」
「うるさいなあ、好きなんだからいいだろ」
眉を潜めながらマモルはアンナに言い返す。
例え何千年経とうが牛乳とアンパンは最高のパートナーなのだ。
やがてアンナが顔を上げ指を差した。
「あっ、帰ってきた!タナカ・メトロ帰宅です……!」
「しっ!静かに!」
張り込みに慣れていないアンナをさっと物陰に引き入れながらマモルは男の姿を確認する。
……ダボっとした作務衣にクシャクシャの頭髪
映像でみたタナカ・メトロに間違いなかった。
タナカはやがて扉を開け自室らしき部屋へと帰宅したようだった。
「姿は全く地球人と変わらないな……?それにあんなのが本当に元締めだってのか?」
「油断禁物ですよ、先輩。踏み込みますか?」
暫し考えるとマモルは頷き手元の銃と書類を確認した。
「よし、令状はあるんだ。とりあえず部屋で話を聞いてやろうじゃないか」
2人はタナカの部屋の前のインターホンを押しタナカらしき男がインターホン越しに応対すると手帳を見せる。
「警視庁公安部の者です。少しお話お聞かせ願えないでしょうか?」
特殊課は捜査の際に偽名や別の課を名乗ることを許されている。
タナカからの返答は早かった。
「戸は開いてる。入りたまえ」
訝りながら2人は戸を開きタナカの部屋へと入る。
そして思わずアンナはその奇妙な光景に声を上げた。
「えっ……なにこれ」
そこにはまるで昭和のようなちゃぶ台と畳が設えてあり、タナカは座布団の上に胡座をかき湯呑みを啜っていた。
そして対面に用意された座布団を指差すと微笑みを浮かべた。
「いらっしゃい、モロカワさんにアンナさん。どうぞどうぞ寛ぎたまえ」
躊躇いながらも2人は促されるままに着席する。
……なんだこの昭和然とした空間は
気を取り直すとマモルはタナカの目を見つめながら会話を始める。
「俺たちを知っているとは……」
「もちろん知っているとも。さて、話とは何かね」
アンナが勢いこんでストレートに質問する。
「宇宙ヒロボンのことはご存知でしょうか」
タナカはニヤリと怪しい笑みを浮かべた。
「ああ、よく知っているよ。あれは私が作ったものだからねえ」
「なんですって!」
アンナは立ち上がり憤りを露わにする。
マモルはそれを制してアンナを落ち着かせた。
「いきなり自白するとはな……!あの薬物には地球に無いものが含まれていた……
お前はいったい何者だ!」
相変わらず不敵な笑みを浮かべながらタナカはくっくっと嗤った。
「私はメトロス星人だ。まあ、2人とも落ち着いて話合おうじゃないか。
私は何も暴力を奮う気はないし、これまでも奮ったことはないよ。
君たち地球人が暴力を使わない限りはね」
「何を言っている!こんなに危険な薬物をばら撒いておいて非暴力だと?ふざけてるのか⁈」
怒るマモルに対してニヤニヤと笑いながらタナカはどこからか取り出した黒いアタッシュケースを開くと袋に密閉された白い粉を見せた。
「ふざけてなどいないよ。ただ私は近所の良からぬ組織のアジトに深夜に忍び込み無償でこの薬を置いているだけ。
それだけで君たち地球人の社会は大混乱だ。
──君たち地球人はルールを作るが嬉々として自らそれを破る
いけないと分かっていても人種間の差別を行い、ボタン一つで国一つを滅ぼすミサイルをどんどんと作り続ける。
愚かな民族だと思わんかね?
こんなちっぽけな薬一つで壊滅しそうだよ。フッハハハハハハハハハハ‼︎」
高笑いし始めたタナカ改めメトロス星人に怒りを覚えたアンナは再び立ち上がった。
「このっ!」
マモルも令状を取り出し立ち上がるとタナカの手を取り手錠を嵌めようとした。
「メトロス星人タナカ・メトロ!お前を銀河連邦法違反で逮捕する!」
メトロス星人は尚も不敵な笑みでマモルとアンナの顔を見つめ続ける。
「地球は銀河条約に批准していないから法的根拠がないよ。
それに……
やれるものならやってみたまえ!」
メトロス星人がマモルの腕を振り払うとひっくり返るようにマモルは後方へと吹き飛び強かに背中を打ち付けられた。
見た目に反してとんでもない怪力である。
そして淡いグレーの光を発するとメトロス星人はその正体を露わにした。
「きゃああああ!」
まるで赤いタコに青と黄色のトリコロールを施されたようなカラフルな宇宙人は二足の脚でゆっくりと2人に歩みを進める。
思わず悲鳴を上げるアンナを庇うようにマモルは立ち上がると、笑みを浮かべながら距離を詰め続けるメトロス星人を睨みつけた。
「アンナ!さがって!」
メトロス星人はジリジリと2人との距離を詰める。
……怪力の宇宙人相手にもはやなす術はないのだろうか?
遂には部屋の隅にまで追い詰められた2人に尚もメトロス星人は不敵に嗤いかけた。
「さあ、君も正体を現したまえ!モロカワ・マモルくん!
いや……」
──答えは否
「──コズミックセブン!
お前さえいなくなれば地球人をヒロボン漬けにして地球はメトロス星人のものだ!」
「そんなことはさせるものか!」
モロカワ・マモルは正義の怒りと共に懐から赤縁のメガネを取り出し装着した。
「モロカワ先輩!」
アンナが慌てたような声を発すると、間もなく辺りが銀色の光に包まれ──
──セブーン♪セブーン♫セブーーン♬
──セブン!セブン!セブン!
「デュワアア‼︎」
アパートが崩壊する轟音と共に街を見おろすほどの銀色の巨人が現れ辺りには宇宙人同士の交戦を報せる警報がわりの銀河聖歌隊の歌声が鳴り響く。
モロカワ・マモルとは仮の姿である──
地球人モロカワ・マモルは銀河警備隊である宇宙人コズミックセブンと契約を結んでおり危急の際にはコズミックアイを用いてコズミックセブンに変身し凶悪な宇宙人と戦うのだ!
ふわふわと辺りにはシャボン玉のようなものに包まれた人々が浮かぶ。アパートの住人たちや近所の住人たちである。
コズミックセブンの変身時は戦闘に巻き込まれないように銀色の光を浴びた人間に特殊なバリアを張りながら強制的に避難させるシステムが作動するのだ。
やがてメトロス星人もガッガッと嗤いながらセブンと同程度の大きさに巨大化する。
そしてコズミックセブンを指差すと邪悪な笑みを浮かべ宣言した。
「出たな!コズミックセブン!
ここを貴様の墓場にしてやる!」
言い終わるが早いか、メトロス星人はセブンに向かって地を鳴らしながら駆け出す!
「デュア‼︎」
迎え撃つセブンはタックルをかましてきたメトロス星人の肩を掴みギリギリと2人の巨大な力がぶつかり合う……!
「モロカワせんぱーい!」
ふわふわとシャボン玉の中に浮かぶアンナはひしゃげたアパートを見下ろしながらため息をついた。
「……これ以上街を壊したら○ーパーマンみたいに裁判にかけられちゃいますよ」
「くらえっ!フンッ‼︎」
拮抗した状態からメトロス星人は膝蹴りをセブンの腹に向けて繰り出す。
セブンはメトロス星人の動きを見てとると蹴りが己に到達する前に地に残ったメトロス星人の片足に足払いを仕掛けた。
「デュアアア‼︎」
「ぐっ!」
メトロス星人はもんどりうって地面へと倒れる。
追い討ちをかけるために駆け出したセブンに向かってメトロス星人は素早く立ち上がり手のひらを交差させ眩い光を発した。
「メトロスビィィィィーーム‼︎」
メトロス星人の手のひらの交差された部分から赤い光がセブンに向けて発射される!
「デュア!」
迎え撃つように額の前で拳をクロスさせるとコズミックセブンの額の青緑色の光球から青緑の光線が発射され、メトロス星人の光線と空中で激しくぶつかり合った。
──エナリウス光線
セブン最強の光線技でありこれまで数々の敵性宇宙人を葬ってきた技である。
やがて数秒間光線同士が火花を散らしぶつかり合うと小さく爆発を起こして両者が後ろへと飛び退った。
「デュア!」
「ちっ!忌々しいセブンめ!」
その時、空を切り裂く飛行音が近づき何事かと2人が音の方を見上げた。
「目標捕捉!セブンを援護します!」
それは日本連国銀河対策局所属の戦闘機であった。
ツーマンセルで乗り込んだ彼らはセブンを援護し宇宙人を倒すために目標を捕捉したのであったが……
「敵は赤と青の縞模様のイカ型巨大宇宙人!ミサイル発射用意!」
「うてぇ!」
戦闘機からメトロス星人に向けてミサイルが発射される!
しかし不敵に嗤いながらメトロス星人は手のひらを広げ高速で向かってくるミサイルを片手で掴み取った。
「フン!」
そして戦闘機に狙いを定めると振りかぶりミサイルを投げ返したのだった。
「このっ!ハエめ!くらえっ!」
「うわぁぁぁぁ‼︎」
向かいくるミサイルを見た乗員たちは目を瞑り、あるいは胸に手を当て残される家族のことを考えた……
しかし……
「デュアアア‼︎」
目の前に降りかかる不幸をセブンが見逃すはずはなかった!
セブンは一瞬のうちに飛び上がり身を挺して戦闘機を庇ったのであった。
セブンの背中にミサイルが命中し、銀色の皮膚に軽く火傷が広がっていった。
「ああっ!済まない!セブン!撤退する!」
戦闘機は自分たちがセブンの邪魔になると見て慌てて急旋回で逃げ帰っていった。
メトロス星人の高笑いが夕焼けの赤空に響きわたる。
「フハハハハハ!愚かな!地球人などを庇って負傷するとは!
とどめだ!セブン!」
負傷を受け倒れ込んだセブンにむけて再び手のひらを交差させメトロス星人は赤い光線を放つ。
「デュアッ‼︎」
しかし、セブンはその光線が当たる直前で地響きを鳴らしながら転がり回避すると、目にも止まらぬ速さで飛び上がりメトロス星人の胸へ蹴りをくらわせた。
「ぐうっ!」
メトロス星人が後方に吹き飛び地響きを轟かせ倒れ込む。
隙が出来たメトロス星人に向かってセブンはとどめの一撃を放とうと自らの頭に生えたトサカのような角を握りしめるとその両手で勢いよく投げ出した。
「デュアアア‼︎」
──ジャスティスカッター
セブンのトサカのような角は任意で外れて鋭いカッターとなる。
数々の敵性宇宙人を葬ってきたセブン最強の技である。
……が、しかし
「ふんっ!」
「デュッ⁉︎」
メトロス星人はよろめきながら立ち上がると白刃どりのように両手でその刃を掴み取ったのであった……!
必殺技を破られてもセブンはさらに腰を落とし構え直し継戦の姿勢を崩さない。
一方のメトロス星人は両手にジャスティスカッターを掴んだまま身動ぎもしない。
やがて両者が睨み合ったまま5分ほどが過ぎた。
「ふう……もうやめよう、セブン
不毛だ」
メトロス星人がそう言うと手からジャスティスカッターを離しセブンの足元へと転がした。
セブンは構えを解かないままじっとメトロス星人を睨み続ける。
メトロス星人は苦笑を浮かべながら両手で輪っかをつくり銀河における「全面降伏」のポーズを取った。
「いや私の負けだ。この星から出て行く。
先程も言ったがそもそも私は銀河の法を犯してはいないのだ。
ヒロボンの効果を打ち消す薬のレシピを今から君たちの本部のパソコンに送信しよう。
これでヒロボン中毒者は完全に治癒する。
それで私を見逃せ」
「……デュア」
暫し考え込むとセブンは戦闘態勢と警戒を解きゆっくりと頷いた。
「よし、交渉成立だな。私は退散しよう」
そう言うとメトロス星人は人間のサイズへと戻る。
そして懐から丸い機械を取り出すと何やら操作して空からゴゴゴ、と音が聞こえ迎えの宇宙船がやって来たようであった。
やがて着陸した丸い宇宙船に乗り込む前にメトロス星人は不敵に嗤いながら振り返り言った。
「だがな、セブン。いやモロカワ・マモルよ。この星の人間は果たして君が守るほどの価値があるのかな?
よく考えてみたまえよ」
「生き物の価値など少なくともお前が決めることではないさ」
セブンは人間の姿、モロカワ・マモルに戻りメトロス星人の質問に答えた。
「……フン
さらばだセブン。この星が荒廃し、君が地球人に絶望した時にまた来るとしよう」
メトロス星人を乗せた宇宙船が彼方に消え去り、真っ赤な夕陽に照らされる街を見つめながらマモルは拳を握りしめ、己に言い聞かせるように呟いた。
「地球人は今まで何度だって危機を乗り越えてきた。俺は地球人を信じ続けるさ」
一方、赤い夕陽に照らされながらアンナはふわふわと浮かぶシャボン玉の中でその表面を叩き続けていた。
「せんぱーーい!だしてぇぇぇぇ?」
今現在、我々の世界はどこかで戦争が起こり罪なき命が奪われ、たった一撃で世界が滅ぶ爆弾を数千発も保有してます。
──でも、大丈夫
なぜですって?
何故ならこれは遠くて近い未来のお話なのですから。