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先輩って呼ぶな!

 スライムと向き合っているノーラはゆっくりと腰に下げている袋に手を伸ばした。その袋の中に手を入れるとそこからはありえない大きさの一般的にはハンマーと呼ばれる武器を取り出した。ハンマーはノーラの身長よりも長く、叩きつける部分だけでもノーラの身長の半分はある。そんな大きなハンマーを両手で持ち上げノーラは振り下ろそうとしたのだが、振り下ろしたというより取り落としたと表現したほうが近く、ズズーンッと大きな音を立て地面に少しだけめり込んでいた。


「……は?」


 あまりの光景にライガンは呆然と立ち尽くしていた。落としただけで地面にめり込むような武器をノーラは振ろうとしたのだ。普通に考えてありえないだろう。でも短時間とはいえノーラはそれを持ち上げていた。ライガンが驚いていたのはその怪力具合だった。


 一方武器を取り落としたノーラは両手で武器を持ち上げようと必死に持ち手を掴んでいた。腰を落とし少しでも力が加わるように努力をしているがその大きなハンマーは中々持ち上がらない。こんなことをしている間にもスライムは少しづつノーラに近寄り、まさに真後ろまで迫ってきていた。


「あっ」


 ノーラのハンマーを掴んでいた手がスルリと離れていく。どうやらノーラは手を滑らせてしまいそのまま尻餅をつくことになってしまった。


「…ぶはっ」


 それを見ていたライガンは我慢が出来ずつい噴出してしまった。口を押さえフルフルと震えてこらえているが一度出てしまった声はもう取り消せず、ノーラはライガンに見られていら事に気がついてしまったのだ。


「やば…お腹いたっ…だって尻餅…スライム……ぶふふふっ」

「なっなっ…」


 尻餅をつく瞬間を見られていたノーラは顔を真っ赤にさせていた。確かにこの状況で尻餅とか少しは笑えてしまうのは仕方がないだろう。でもライガンが笑っていたのはそれだけが原因ではない。顔を真っ赤にさせつつもノーラはスライムがいたことを思い出しまわりを見渡すがその姿は近くにはなく、首を傾げるばかりだ。


「あ、あれ…スライムは?」

「そこだって…ぶふっ」

「ふぇ?」


 笑いながらもライガンが指で教えてくれた方向に視線を向けるノーラ。それはノーラのすぐ足元で、お尻の下であった。つまりスライムはノーラが尻餅をついたときについでに倒されていたのだった。


「も、おかしすぎっ尻でスライム倒すとか…どんだけ笑わせる気?」

「ひゃわっ?!」


 自分の足元、もとい尻元を見たノーラは変な声を上げた。スライムはノーラに押しつぶされとても元は丸かったとは思えないほどに平たくなっている。そんな状況を見ていたライガンは未だ笑いが収まらずおなかを抱えている。


「そ、そんな笑わないでぇ~…というかだれぇ~??」


 目に薄っすらと涙を浮かべながら小さな声を出すノーラ。ノーラがそう思うのも当然で、ほんの少し顔をあわせ会話しただけのライガンのことなんてすでに覚えていない。今までよく会っていた門番の顔はわかっても名前を覚えられないくらいに人の顔と名前を覚えるのが苦手なのだ。


「ん、ああオレ?…ぶふっすまん、とりあえず尻上げようか」

「はぅっ」


 ノーラはさらに顔を赤くし慌てて立ち上がった。すっかりと平たくなったスライムが足元に転がっている。ライガンはそれを拾い上げノーラに渡すと自分の名前を名乗ることにした。


「オレはライガン、ノーラと同じ冒険家だよ」


 ライガンはそう言うと服の中にしまいこんでいた職業証明書を取り出しノーラに見せた。ノーラも慌てて同じように職業証明書をライガンのほうに向けると同じように名前を言うのだった。


「あ、私も冒険家で…今日からだけど。ノー…あれ?」


 そこでノーラはライガンがすでにノーラの名前を知っていることに気がついて首を傾げた。まあこれはよくあることなのでそれ以上ノーラは気にすることもなく、ライガンが見せてくれている職業証明書に意識を集中させた。


「わ~ニワトリだぁ~」


 ニワトリというのは冒険家のランクでひよこより1つ上のランクになる。ライガンは1年ほどかけてようやくランクが上がったところだった。ランクが上がるのはさまざまな条件があり、仕事を続けるのはもちろんだし、それ以上にランクを上げるための条件が必須でひよこからニワトリに上がるには魔物が関わってくる。


「じゃあ先輩冒険者さんなんだねぇ~」

「せ…っ?」


 先輩と初めて呼ばれ、ライガンは言葉に詰まってしまった。ひよこだった間が長く、初めて耳にした言葉だったのだ。そんなことは気がついてもいないノーラは右手を差し出しニッコリと笑うのだった。


「よろしくねぇ~」


 少しだけこそばゆく感じつつライガンはノーラの差し出した右手に自分の右手を重ね握手を交わした。ノーラの右手はろくに武器を持ったこともないのかふにゃふにゃだった。逆に剣を握り続けていたライガンの手はマメがいくつも出来て潰れるのを繰り返しており、ゴツゴツとしている。


「ふぉわ~冒険家の手だねぇ~…私もがんばらなきゃっ」


 ふにゃりと笑うノーラの笑顔にライガンは少しだけ胸に違和感を感じたが一瞬のことだったので、気のせいだと無視をした。それよりも憧れのノルンの娘がこんなに冒険家に向いていなさそうな子だったことに少しだけがっかりしていた。

 親子の間で引き継がれる能力というものがあるのだが、今のところノーラにノルンの何が引き継がれているのかまったくわからないのでライガンは余計にそう思っていたのだ。でも実際はちゃんと引き継がれており、職業斡旋所でもすでに知られていた内容で、それはすべての武器が使用可能なこと。ただノーラはまだ初心者でまったく体を鍛えてすらいないので武器の重さやランクについていけていないだけなのだ。


「でもこれならドランちゃんのほうがもっとゴツゴツだなぁ…」

「ドラン?」

「うん、一緒に暮らしている子だよ~」


 ライガンは少しだけ眉を寄せた。憧れのノルンの傍には娘だけじゃなくドランと呼ばれる人がいることを知ったからだ。ノーラの呼び方からすると父親ということは考えられないので余計に気になってしまう。


「兄弟か」

「ドランちゃんはドランちゃんだよ~?」

「いや、それじゃわからないんだけど…」

「ん~~じゃあ会って見る?」


 ライガンは兄弟だと予想をつけたが外れ、少しだけ悔しかったのだがそんな気持ちはすぐに消えた。それはノーラが家に来ないかと誘っているからだ。ノーラの家に行くということはもちろんノルンがいるわけである。たしかにノルンはライガンにとって憧れの存在だが、実は一度も姿を見たことがないのだ。初めて会うことが出来るかもしれないとライガンの緊張が高まっていく。


「え、あ…でもノルンさんに迷惑かかるんじゃないか?」

「お母さん??んー…騒がなければ大丈夫じゃないかな…それにドランちゃんは外に出ないから、連れて行かないと先輩を紹介できないよ~」

「先輩じゃなくてライガンだっ」

「んんっ?えーと…ライガー先輩?」

「先輩をつけるなって…それに名前間違ってるし」

「…ライガー?」

「もういいわ…」


 頬に手を当てノーラは首を傾げ言い直すのだが、何度教えても結局ライガンの名前が正確に言えなかった。

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