ひよこマーク
冒険家というのは固定の職業以外のことも含み、出来ることを何でもやるというまあ何でも屋のようなものである。たとえば植物の採取。これは植物に関する知識があれば誰でも出来る仕事だ。それを使用し薬剤を作るにはちゃんとした知識だけでなく道具も必要になってくるが採取だけならば誰でも出来るであろう。こんな感じで他には迷子探し、各店舗の手伝い、町から町への護衛などもある。ならば何でも屋と言えばいいのではと言われるだろうが、冒険家というのはあくまでもこれも含んでいるというだけで、他にも仕事があるのだ。それが魔物の調査や新しく発見されたダンジョンの調査だ。時には地下へとまたは地上からかなり離れた上空へと続いているダンジョン。そこにはいろんな魔物に溢れ、トラップや宝もある。未だ解明されていないダンジョンができる理由などもいつかは解明したい謎の1つであろう。
冒険家というのはそんな夢にあふれた職業なのである。いろんな仕事をやるのはその前準備みたいなもの。やはり装備を整えたり道具をそろえるのにもお金が必要なので、いきなりダンジョンへ挑むことなどとてもじゃないが誰にもできないことなのだ。
そんな冒険家の1人となったノーラは今初めての仕事を受けようと壁に貼られているたくさんの紙とにらめっこしていた。でもノーラの胸の中は穏やかではなく、周りの様子が気になっていた。母親の名前を出したとたんざわつき、未だ周りからいくつもの視線を受けているのだ。これで気にするなというほうが無理なことだ。それでも仕事をやっていかないと冒険家としての活動がいつまでたっても出来ないのが現実である。
「はぁ…結構たくさんあるんだねぇ~」
ため息混じりにノーラは呟いた。目の前には沢山の紙、背後には沢山の視線。こんな状況では落ち着いて仕事を選ぶことも出来ず、ノーラはうろうろと歩きまわっていた。
採取、討伐、探し物…魔物の調査にダンジョンの調査などノーラが手をつけても問題のない仕事が山のように張り出されていた。これだけの種類がさらにいくつも張ってあると多くて迷ってしまっても仕方がないだろう。ノーラも一通り眺めた後一箇所で足を止め1枚の紙を壁から剥がした。基本この手の仕事は紙を剥がした時点でキャンセルが効かない。もちろんノーラもそのくらいは知っていて剥がしたのでちゃんと自分で出来る仕事を選んだはずだ。
一枚の紙を手にノーラは一番右のカウンターの列に並ぶ。ここが仕事を受ける場所だと言っていたのをノーラは覚えていたようだ。列に並んで15分ほどするとノーラの順番になり、ノーラは手に持っている紙をカウンターの中にいる女性に差し出した。
「こ、これお願いします…」
「はい、職業証明書もだしてくださいね。あら、これは常時買い取りを行っている依頼なので剥がしてこなくてもいいんですよ?」
職業証明書を首から外そうとしていたノーラの動きが止まった。ちゃんとその紙にはそのことが書かれていたらしく、ノーラの目の前の女性が書かれている箇所を指している。
「わわっ私張りなおして…」
「後で貼っておくから大丈夫です。集めてきたら買取のカウンターにお願いしますね」
「はい…っ」
失敗してしまったことが恥ずかしくてノーラの顔は真っ赤になっていた。それをカウンターの中の女性エリアはほほえましく思っていた。自分の昔の行動と重ねて見ているのか、少しだけ遠くを見つめているようにも見える。そんなノーラを見送りながらエリアは視線を目の前に戻し自分の仕事に戻った。
ノーラと職業斡旋所の中で会話をした少年ライガンはノーラが外へ出てくるのを待っていた。別に約束などをしたわけではないのだが憧れの対象であったノルンの娘がどの程度の人物なのかが知りたくなったのだ。ノーラは知らないのだがノルンは冒険家の間ではとても有名な人物で彼女に憧れる人も多かったのだ。ライガンもその1人で娘がいたことを今日初めて知り、さらにそれが自分と同じくらいの年だったので興味が出たのだ。
職業斡旋所の外にノーラが出てくるのを確認すると、そっと建物の影に隠れライガンは行き先を確認する。
「…南門から出るのか」
行き先が南門だと確認するとライガンは少しだけ大回りをし、何事もなかったかのように南門から外へと出て行った。
ライガンがそんな行動を取っていることに気がついていないノーラは、初めて1人でやる仕事に緊張しながらもとても楽しみにしていた。昔はよく母親が町周辺の仕事をするときについて周っていたので、外に出るのは初めてではないにも関わらず、だ。
「フットウシ草でしょ~アマクナリ草に~アガリ草。あ、そうだナオリ草も集めなきゃ」
どうやらノーラは薬草の採取をすることに決めたようで、先ほどから集める予定の薬草を口にだして確認をしている。その足取りは軽く今にも宙に浮いてしまいそうな勢いだ。
「おやノーラちゃん今からお出かけかい?」
「はいっこれです!」
南門についたノーラは門番をしていた男性に声をかけられ、首にさげていた職業証明書を見せた。この門番はノルンとノーラが一緒に出入りをしていたころからの顔見知りで未だに名前を覚えてもらえないことをひそかに気にしているのだった。
「お、ひよこマーク。じゃあ冒険家になったのか」
「えへへ~お母さんと一緒の仕事なんです」
職業証明書にはその職業のランクによってさまざまなマークが書かれていて、冒険家のマークは鳥になる。ひよこというのはランクが一番したのかけだし冒険家に使われているものになっていた。
「そうか…無理するなよ」
「ありがとうございます門番さんっ」
やっぱり名前を覚えてもらえていないことに肩を落とす門番であったが、気を取り直ししっかりとノーラを見送った。
ノーラが門番と会話をしていたころ先に南門から外へと出ていたライガンは少し苛立っていた。職業斡旋所から南門まではゆっくり歩いても5分とかからない場所にある。それなのにいつまでたってもノーラが姿を現さないのだ。かれこれ10分は過ぎている。ライガンは予想が外れたのかもしれないと思い門の中へと戻ろうかと座っていた腰を上げお尻の土を払った。そこへ丁度門をくぐって出てくる人物…ノーラが門番と挨拶を交わし外へと出てくる。ライガンは何事もなかったかのようにそのまま近くの薬草を採取する振りを始めた。普通に仕事をしながら自然に出来るだけ近くで様子を見るつもりなのだ。
「よぉーし、がんばるぞぉ~」
門を出てすぐにノーラが気合を入れるために普段よりは少しだけ大きな声を上げた。ちょうどノーラの視界の端にライガンが入り、そのことに気がついたノーラは顔を赤らめ少し小走りで距離を開ける。まさか人に見られていたとは思っていなかったせいでとても恥ずかしかったのだ。頬を押さえつつも周りに見かける薬草は逃さず腰に下げている袋へとしまう。それを数回繰り返しているうちにノーラの気持ちも落ち着いてきた。
「薬草集めか…まだかけだしってところか。それにしても…」
ボソリと呟いたライガンなのだが、実は少しだけ驚いていた。薬草集めはライガンも1年ほど前はよくやっていたのでわかっているが、まれに薬草に混ざって似たような草も生えている。それを判別して採取するのが難しく、慣れるまでは薬草以外も集めてしまうものなのだが、見ているとノーラは1つも間違えずに薬草のみを採取しているのだ。
「ふむ…もう少し様子を見るか」
薬草を間違えずに集める腕もすごいのだが、それだけではどんな人物なのかは見えてこないと思ったライガンはもうしばらくノーラの動向を見守ることにした。
「ん~~あ、あっちのほうにたくさん生えてる」
ノーラは薬草集めに夢中になっていた。集めただけお金になる。お金になると武器や防具を買うことが出来、冒険家の活動範囲が広がってくる。この仕組みはわかりやすく駆け出しのノーラでもお金が必要なことを理解出来ているくらいだ。安全に行える薬草の採取は駆け出しにとってはとても重要な仕事のひとつなのだ。でもノーラは1つだけ失念していた。採取は安全でも町の外は安全ではないことを。
ノーラが向かった先の草むらでガサリと音がした。そこには薬草だけではなく草を食べていた生き物もいたのだ。それはノーラの膝下よりも小さいく丸まった体、ツルンとしていて半透明。スライムと呼ばれている魔物だ。ノーラはそれを視界に入れると動いていた足が止まった。
「スライム…」
少し離れたところで見ていたライガンの目が鋭くなった。駆け出し冒険者なノーラだがスライム相手にどこまで戦えるのかが見ものだと思ったのだ。どんな判断をし、どんな動きで戦うのか。もちろん危ないと思ったら手を出すつもりで腰に下げている剣に手を沿えノーラとの距離を縮めた。