ノーラ冒険家になる
のんびりやっていきますのでよろしくお願いします
ホノンという名前の穏やかな町がある。まだ朝の早い時間なのだがそこに住む一人の少女が今ある建物の前に立っていた。彼女の名前はノーラ。どこにでもいる普通の少女だ。ただちょっと違うとすればその建物に用があるのは通りがかりの人が見てもわかるくらいなのに、中々中に入らずうろうろとしているところだろうか。かれこれ1時間以上その場にいるのですぐ近くに店を構えている人も不審な目でそれを眺めていて、そろそろ通報しようかと思っていたくらいだ。
「よ…よし。入るわよ…っ」
それからさらに30分くらいたってやっとその建物に入る気になったのかそんな言葉が店主の耳に入った。そのおかげで通報されずにすんだことはきっと彼女は知らない。
恐る恐るその建物の扉を押し開け中を覗きこむノーラ。その建物には『職業斡旋所』と書かれていた。中を覗きこんでいたノーラを待ち構えていたのはさらにその後から入ろうとした一人の少年の行動だった。そのまま入っていくのが普通なので少年は気にもせず背後からさらに押し開け中へと入っていく。その行動を予想できなかったノーラはそのまま前へ滑り込むかのように中へと入り込み地べたに転がった。ズサーッと音がして中にいた人たちの視線がノーラに集まっている。
視線を感じたノーラは慌てて立ち上がり服についた砂埃を払い落とす。恥ずかしくなり顔を茹でタコのように赤くしながらもノーラは気持ちを切り替え呼吸を整えた。
「あ、すまん」
さきほどノーラの後から入ってきた少年がノーラに謝るとそのまま奥へと入っていった。ノーラはその少年の顔をじっと見ていた。銀髪のさらっとした清潔そうに整えられた髪、シンプルながらも動きやすそうな服装、そして腰に下げられた剣。その容貌はノーラと同じくらいの年齢に見え服装からするに冒険家なのだろう。それに気がついたノーラはその少年に思わず声をかけていた。
「あ、あのっ…冒険家ですか?」
「そうだけど…それが何??」
「い…いえ…」
声をかけられた少年は何で声をかけられたのかわからず困った顔をしたが、それ以上話がなさそうだと判断したのかそのまま去っていった。その背後をノーラは眺めつつ小さなため息を漏らす。
「よかったぁ~仲間がいて…」
小さな声だったためその言葉は誰にも聞こえなかったのだが、ノーラ自身の気持ちを落ち着けるのには十分だったみたいだ。先ほどまで緊張しすぎてぎこちない動きをしていたのがなくなり、ノーラはそのまま今にもスキップをしそうな勢いで前へと進みだした。
「すみません…っ」
「ん?」
ノーラは誰も並んでいないカウンターに足を運ぶとそこにいた人物へと声をかけた。その人物は暇そうに肘をつき毛先の枝毛でも探していたかのようだった。
「あの…あのっ私仕事がしたくて!」
「ああ…職業の登録はあんたから見て左。仕事探しは右な。ちなみにここは買取所」
暇そうにしていた髪の長い人はそれだけ言うと再び枝毛を探し始める。この時間帯の買取所は暇なのだろうそれでも仕事なのでその場を離れることも出来ずそんなことを続けているようだ。ノーラはペコリとお辞儀をすると、左の職業の登録だといわれたカウンターのほうの列へ並んだ。
ノーラが並んで10分くらい経つと並んでいた人が減り、ノーラの順番がまわってきた。待っている間ずっとならしていた大きな心臓の音を抑え込みノーラは口を開いた。
「しょ…職業の登録をお願いしまっしゅ」
思いっきり言葉を噛んでしまったノーラは再び顔を真っ赤にし、両手で口元を覆った。その様子に目の前で対応していた女性は顔を綻ばせ手元に一枚の紙を差し出す。
「こちらに記入をお願いします。文字はかけますか?」
「だ、大丈夫…」
ノーラは紙に向かうと上から順に目を通していく。名前、年齢、性別…後は職業だ。記入箇所はたったのこれだけで、その下には職業登録規約が書かれている。登録規約をじっくりと眺めたノーラは緊張で震える手を抑えながら順番に埋めっていった。
名前:ノーラ・バイラス
年齢:10
性別:女
職業:冒険家
書き込んだ内容に間違いがないか数回見直したノーラはカウンターの中にいる女性へと紙を手渡した。それを受け取った女性も一通り眺めた後一つ一つノーラにたずねながら間違いがないか確認していく。
「冒険家ですか、これなら誰でも出来るので特に検査は必要ありませんね。では登録します」
女性の言葉に少し首をかしげつつノーラは頷いた。冒険家という職業は誰でも出来るというのを初めて聞いたノーラは、登録が終わるのを静かに待っていた。2分ほどすると登録作業をしていた女性の顔が上がりノーラの方へ視線を向けた。
「こちらが職業証明書になります。なくさないようにお願いしますね。えー冒険家ということですが、使用できる武器などの確認は済まされていますか?」
「え…母の使っていた武器を使おうと思ってたんですが、それじゃあだめなんですか?」
「案山子などに使ってみたことは?」
「ない…です」
受け取った証明書は紐がついていて首からさげられるように出来ていたのでノーラは早速それを首にかけると、武器についてはやはりちゃんと使えるものと使えないものの把握は必要だといわれ、女性から紙を1枚受け取りとこの建物に裏にある訓練所にノーラは足を運んだ。
中に入ると何人もの人たちが案山子に向かって武器を振り、指導を受けている様子が目に飛び込んでくる。ノーラも今からその仲間に入ることになるわけなのだが、紙を持ったままその場で立ち尽くしていた。ここに来たのはいいが誰に話しかけたらいいのかわからず、ノーラはその場で体の向きを変え今にもそのまま帰ろうとしたところで男の人に声をかけられた。
仕方なくノーラは紙をその人に差し出すとそれだけで相手には通じたらしく、言われるままついて行くとやはり開いている案山子の前へと案内された。傍に置かれている箱の中にさまざまな武器が入っており、どうやらそれを順番に手に持ち、構え、案山子を相手にするようだ。その動きをすべて紙に記録されたものを受け取るとノーラは再び職業斡旋所に戻り、さっき並んだカウンターでまた列が進むのを待つことになった。そのとき記録をとってくれた人がノーラのことをじっと見つめていたことを本人は気がついていなかった。
「えーとノーラさん?」
「あ、はいっ」
ノーラの順番がまわってきてさっき記録された紙をその女性に渡した。その結果を眺めた女性は目を見開きすごく驚いている。結果が悪かったのかもしれないとノーラは少し不安になりその様子を眺めて相手が口を開くのを待った。
「ノーラ…バイラスさん…バイラス…」
「は、はいっ」
「あなた母親の名前は?」
「えーと…ノルンですけど…?」
「!!」
その言葉に驚いたのは目の前の女性だけじゃなく、周りにいたノーラの声が聞こえていた人達も一斉に驚きみんながみんなノーラのことを眺めていた。「ノルン・バイラス…」「娘だってよ」といった声があちらこちらから聞こえ始め視線もノーラに集中し始め本人はおろおろと落ち着かなくなった。
「あ、あの…お母さんが何か…」
周りの状況についていけなくなってきたノーラの声は小さく目の前の女性にも届いていないようだ。「どおりで…」といった後その女性は再び紙に視線を落としている。
「ノーラさん武器の適正は…流石ですね。母親譲りということなんでしょうがすべての武器が使用可能のようです。ただ、まだ武器の使用に関しては初心者のようですので、ランクの低いものから使用していってください」
「わ、わかりました…ありがとうございます」
お礼を言ったノーラはいそいそとカウンターの前をあけると早速仕事を探すために一番右のほうへと向かっていった。
「ノルン・バイラスの娘、か」
その様子を眺めていた中に先ほど入り口でノーラと会話した少年がいた。少年も仕事を貰うためにここへ来ていたのでまだここにいてもおかしくはない。少年は目の前に張られている紙を1枚はがすとそのまま一番右のカウンターへと並んだ。でも目はノーラをことを追い続けていた。