生誕
お疲れ様です。お待たせしました。
生まれ直した彼と見送ってしまった彼女の物語が始まります。
ハッピーバースデイ。
まるで深い泥の底から起き上がるかのような感覚。
それが、彼がこの世に生を受けた瞬間にはじめて感じた感覚。
それに遅れてやってきたのは、忠義とは名ばかりの深い情愛だった。
遠くで聞こえるは怨嗟。愛する者が泣き叫び、殺意を滾らせ、目の前で嗤う怨敵を雷の嵐で消し炭に変えんとしている。
しかし、それではいけない。それでは怨敵の思う壺だ。
どこか俯瞰するかのような意識はすぐさま収まるべき肉体に宿り、確固たる意思を持って声を発した。
「ストォォォォォッップ!!!」
その瞬間、生まれたばかりの俺は、多様な色を包含した視線のスポットライトを浴びた。
好奇な視線、恐怖に慄く視線、歓喜の視線。そして、愛する主人から向けられる驚愕の視線だった。
「ふ〜〜、間に合った。ヒジリ、そんなことしても当主サマの思う壺だぜ?」
知っている。
目の前で、目を丸く見開いて驚愕する彼女こそ我が主人である。
濡羽色の髪は艶やかで美しくて、切れ長の二重から覗く瞳は翡翠の如く上品だった。
我が主人、土御門聖。最愛の人。これが俺が生まれた理由だと、俺は生まれる前から知っている。
「……アンタ、名前は?」
そっか。俺が知っているだけで、生まれた俺を彼女は知り得ない。
であれば、名乗ろう。生まれた時から何故か刻まれていた名が、自然と口から発された。
「ワシの名前はシン!オマエの忠実な式神だ」
一人称は”ワシ”。不思議なことに、人前ではそうするというルールが俺には刻まれていた。
とはいえ、差し当たって大した問題はない。生まれながらにして刻まれたルールなど至極どうでもいい。
俺の存在意義は間違いなく土御門聖にある。であれば、彼女に不都合であるべからず。それが当然だ。
そう考えるうちに、自然と笑みがこぼれ落ちる。
(――――ああ、幸せだ。生まれ落ちた瞬間から、俺は愛を知っていた。『愛する彼女を守ること』こそ俺の存在意義、理由、意味。そういう星の元に、俺は生まれ落ちた)
俺は生まれ落ちたことに心の底から感謝し、それを最大限表現するように彼女へ微笑みかけた。
しかしどうしてだろうか。俺はこんなに嬉しいのに。
彼女はとても寂しそうに、泣きそうな笑みで微笑んでいた。
ハッピーバースデイ トゥ ユー。
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