生死系男子
2ヶ月後なんてうっそぴょーーーん!!!
火竜の熱光線と『枝垂藤』の正面衝突、その余波は会場中を光と熱と衝撃波で包み込んだ。
それから何分、いや何秒だったのだろうか。会場に居る人間は極度の緊張から時間の感覚から切り離されていた。
不意に光の奔流が途絶えた。つまりそれは"決着が着いた"ことを意味すると誰もが悟る。
視界が開けると、フィールドの中心にはただ一人のみが立っていた。
「──はっ!?…勝者、"土御門聖"!よって、本年度の優勝は”木”陣営ッ!!!」
「「「「ぅ、うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」」」」
凄まじい応酬に呆けていた審判が、会場中へと響き渡る声で高らかに勝利を宣言する。
瞬間、会場中が一瞬のうちに沸き立った。
あまりの大番狂わせ。あまりにも華麗な逆転劇。
火を除く各陣営は自身の敗北すら忘れ、ただただ目の前で行われた試合を賛美するかのように声を張り上げた。
しかし、その興奮の坩堝の中でただ1人だけが静かに佇んでいた。
それは他の誰でもなく、この場の勝者、土御門聖である。
(…私は勝ち獲った、何よりも焦がれていた自由を。…でも、何だろう)
現在の聖は四肢のうち二肢を欠損。全身いたるところに軽度の火傷を負い、火山岩による裂傷も酷い。
しかし聖は”勝利に酔う”のでも”激痛に喘ぐ”のでもなく、ただただ立ち尽くし虚空をぼおっと眺めていた。
全試合の終了に伴いフィールドを覆っていた概念形成結界、それを制御統制する12対のオベリスクへの魔力補給が停止され、結界が徐々に消失していく。
全てのダメージを『無かったこと』へと書き換えるという結界術の中でも消失技術じみた特殊魔術。結界は解除と共に粒子と化すと聖の周囲へと集まっていき、傷ついた皮膚、そして失われた腕や足の形を形成していく。
数秒もしないうちに聖の身体は、何事も無かったかのように元通りになっていた。
(…さっすが極東魔術連盟の保有する超級魔具。まるで時を巻き戻したみたいに痛みすら無くなったわ)
聖の視線の先で倒れている芦屋蘭丸の肉体にも光の粒子が集まり、全ての傷を無かったことに書き換えていた。それはさながら奇跡のような光景だろう。
しかし、ただ一つだけ。
聖がどれほど乞い焦がれようとも元に戻らないものがあった。
傷が塞がってなお気絶している芦屋蘭丸の横を抜け、その先にいる彼の元へ聖は歩を進める。
「……真」
真の遺体は、相も変わらず斃れていた。
『自分と同じく全ての傷が癒えるのでは』と、そんな事を一瞬期待してしまった聖は心に影を落とした。
満足気に笑みを浮かべこちらへと『雷上動』を構えた真の遺体。死してなお主人の勝利へ貢献した式神が動き出すことは決して無かった。
(私が『枝垂藤』を放とうとした瞬間、ほんの少しだけ真の遺体が動いた…見間違えるはずはない)
『魂接』は既に途切れており、聖の意思はどうあっても真には届かないはずである。そして何よりも、その時点で真は既に息絶えていたはず。
しかし真の死体は現に動いていた。
天を仰ぐかのように上向けで倒れていた遺体は、確かに聖の方へと身体を向けて腕を突き立てている。決して聖の見間違えなどではない。
真の死した肉体は独りでに動き聖の方へと腕を構えていたのだ。
それが死後硬直の一種なのか、はたまた『雷上動』に残存していた電気が奇跡的に死体を動かしたのか…一切のことは定かでは無い。
しかし、聖にとってはそんなことはどうでもよかった。
自分とは対照的にボロボロのままの真の手を握ると、優しく手の甲へと口付けをした。
「――――ありがと、真。もう貴方を振り回すことは無いわ…ゆっくり休んでね」
別れの挨拶を告げ柔らかに微笑む聖の瞳は、微かに潤っていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
弔いを済ませた後、聖は陣営のテントへと足を運んだ。その足取りはどこか重く優勝者のものとは決して思えない。
しかし何も知らない”木”陣営の魔術師は一様に聖を讃え続ける。
「お疲れ様です聖様!」「素晴らしい試合でした!」「これで我々の地位も確固たるものになりましたね!」「我々一同、貴女様の勝利を祈っておりました!」
その一言一言が少しずつ聖の神経を逆撫でていく。犠牲ありきの勝利に歓喜する烏合の衆に、聖は美しく作った笑顔で返答を返す。
「うん、皆さん。ありがとうございます。ええ。ありがとう」「ええ。これで我々”木”陣営も安泰です。他の陣営からの干渉にもくっする必要はありません」「これも全て皆様のご助力のおかげです」
薄っぺらな一言を返すたびに、さらに聖の心が削げていく。
勝利の実感と共に、折り合いを付けられたと思い込んでいた『真の死』という事実が、ここにきて聖に重くのしかかり始めていた。
暖かい、しかし無神経な声援を背中に浴びながらテントへと入る。テントの中には酷く憔悴した様子の木下緑と泰然自若といった様子で座る土御門櫻がいた。
「お嬢様!」
聖に気づくや否や駆け寄ってくる緑の手には、聖にとっては見慣れたガラスの小瓶が握られていた。
「変若水を用意致しました。これをシンに摂取させれば或いはッ!」
変若水。
それは聖が真と始めて会ったあの鎌鼬の夜に、死にかけていた聖に真が飲ませた霊薬。
変若水とは、日本神話における神が一柱、月読が持つと若返りの霊薬である…が、この薬はそれになぞらえて名付けられたものである。
厳密に言えばこの変若水はオリジナルの若返りの霊薬とは異なり、ありとあらゆる傷の時間を巻き戻すことで傷を『無かったこと』にする効果がある。
しかしその常軌を逸した効果故に、1つあたりの値段は黄金1kgに匹敵する。それほど高価な霊薬を取り出した辺り、緑にとっても今回の事態は予想外だったということだろう。
それに加えて、緑には真に責任を追わせてしまった負い目もある。
ようやく真を心配する言葉が出たことで聖は安堵しつつも、しかし顔に影を落とし悲しげに緑の提案を断わった。
「…ありがとうございます。でも、変若水を使っても意味がありませんよ。変若水は『死を覆す』のではなく『生きるものを生かしきる』薬です…でも真は死にました。それはもう、どうやっても覆せないんです」
ですから…と言いながら聖は手で小瓶を押し返すが、悲しげな聖の様子を見た緑は、感情を荒だて大粒の涙を流しながら叫んだ。
「それでは…お嬢様が救われないですッ!!」
「ッ?!」
聖にとってその言葉は予想外だった。死んでしまった真ではなく、生きている自身を案じられるとは考えていなかったのだ。
聖は心を乱されながらも静かに反論を行う。
「……いいんです。他の誰でもない真が後悔はないと言って去ったのなら、それを私に止める権利はないんです」
聖のその主張は、明らかに自分を納得させるための言い訳であった。
そうでもしなければ自分の心が壊れてしまうから、だからこそ聖は真の死に何が何でも折り合いを付ける必要があるのだ。
「ッ!…でもッ!!?」
「緑、そこまでにしなさい。それ以上娘を煩わせてはいけませんよ」
さらに表情を曇らせる聖に対し更に言葉を続けようとした緑を、先ほどまでその場を静観していた櫻が諌める。
しかし、その行動の意図を聖は理解していた。
「…お母様。緑さんの行動について、わかっていて止めませんでしたね?」
「はて、何のことでしょうか。今しがた貴女の目の前で緑の行動を諌めたばかりですが?」
明らかに白々しい態度で語りかける櫻に、聖は冷えた視線を向けて自身の推測を語る。
「いくら緑さんといえども変若水はおいそれと持ち出せるものではなく、それは当然一使用人の立場で許されるものではありません。
――――お母様、真が確実に死ぬとわかっていたからこそ、緑さんが変若水を持ち出すのを静観していましたね?」
当主という立場である櫻は緑が変若水を回収するのを止めて然るべきである。しかし今回の事態において櫻が緑を咎めたのは『変若水の使用』についてではなく『聖に詰め寄ったこと』。
であるならば、櫻は変若水の使用がされないことを事前に予想していたのではないか。それが聖の見解であり、そして完全なる事実である。
「…ええ、その通りです」
聖から突きつけられた言葉に櫻はゆっくりと首を縦に下ろす。それにより真の死の真相を理解した緑は目を丸くして驚愕する。
「ッ…!?つまり真くんが死んだのはッ!!?」
「その通りです。お母様は他陣営と共謀し、私の式神である真と概念結界のリンクを断ち切りました。これは明らかな利敵行為…この事実は”木”陣営の議会に上程させて頂きます」
気がつけば聖が櫻へと向ける視線には激しい怒りと確かな失望が宿っていた。そこには先ほどまで映っていた悲しみや哀愁は一切ない。
しかし櫻はその視線を何処吹く風といった様子で受け流し、あまつさえ微笑みながら挑発する。
「仮に上程したとして、誰が貴女の言葉を信じると?」
「私が今代最強の魔術師であるならば、それに人間は一体どこにいるのでしょうか」
だが今の聖には話題性があり、成果があり、何より”練技大会の優勝”という実績がある。今であれば確かに聖の話に耳を貸す者も多いと考えられる。
つまり。土御門櫻を糾弾するとするならば、今こそが最もベストなタイミング。
(――――ふふ)
そう。まるで誰かがそう仕向けたかのように。
(今回の練技大会で極東魔術連盟における聖の立場は確固たるものとなり、目下一番の弱点でもある”浅田真”は排除できた。
…でも、まだ足らない。私が当主の立場から退けば次期当主として擁立されるのは――――――)
練技大会に対する聖の尋常ならざるモチベーション。
それに伴って限界を超えてしまった真の死亡。
それら全てを裏で糸引いた自身が当主という立場からのドロップアウト。
ここまで全て土御門櫻の掌の上。
全てはあの日。聖が真の助命を願い真と対面した日から計画されていた悪魔のような計略であった。
「…でも、一つだけわからないの……お母様。なぜ真の命を狙ったの?しかも直接排除する訳でもなく、自身の立場を犠牲にしてまで他陣営を利用して間接的に殺害した。
一体何がお母様をそこまでさせるの!?一体どうして…何で私から真を奪ったの…ッッ!!??」
怒りと悲しみ。
親愛と憎悪。
様々な感情をぐちゃぐちゃにかき混ぜられた聖は、ついに血泪を流しながら掠れた声で櫻に問うた。無意識のうちに自身の皮膚に突き立てた爪が肉へと食い込み、掌からも血が滴り落ちる。
全ての傷は癒えた筈であるにも関わらず、明らかにボロボロとなっている聖に対し、土御門櫻は心の底から誠実に返答を返した。
「――貴女に幸せが訪れて欲しかったから……それ以上のことを私は望んでいないわ」
「――――――――――」
ぷちり。
「――――アンタがッ、アンタが真を殺さなければ…私は真の意味で自由を謳歌出来たんだッ!!!!」
そのあまりにも無理解な言葉に、怒りが有頂天へと達した聖は腰のポーチからありったけの攻撃符を抜き取ると強引に魔力を流し込んでいく。
大量の術式が一斉に稼働し、凄まじい轟音と共に赤色のスパークが周囲へと駆け回った。
人を容易に消し炭にできるだけの紅の豪雷。しかし、それを向けられた櫻の表情はどこか優しげであり、ひじりへと微笑みかけている。
その真意を理解することを諦めた聖が、誰にも聞こえない程の声で囁くように呟いた。
「サヨナラ、お母様…………どうしてこうなっちゃったんだろうね?」
凄まじい極光が櫻の身を焦がす、その時だった。
「ストォォォォォッップ!!!」
聖の真後ろで、誰かがそう叫んだ瞬間にチャージされていた電撃が霧散する。
否。否。否。
その声の主が腕に巻く弓籠手へと電撃が吸収された結果、櫻の身は焼かれることはなかったのだ。
誰もが一瞬固まった中で、誰よりも早くその声の主へと視線を向けた緑はその姿を見た瞬間に一瞬思考が停止した。
(………………!?!?!?)
第一に開いた口が塞がらない。第二に理解が追いつかない。
それらしい理屈が頭を駆け回り、否定され、そして納得のいかないそれらしい答えだけが残った。
(これは………この態度は、いつも通りふざけているのでしょうか?であれば、もしかして強烈な電気を浴びたことによって心臓が動き出した…?いや、でも……それにしては……)
「ふ〜〜、間に合った。ヒジリ、そんなことしても当主サマの思う壺だぜ?」
親しげに聖を下の名で呼ぶその男の声に、聖は聞き覚えがあった。
しかしそれは既に聞こえるはずがない声であり、何よりも根本的に何かが異なっていると感じる。
聖はその声がする方にゆっくりと、恐る恐る振り返った。
そこに立っていたのは間違いなく浅田真だった。
(…違う。……違う?どこが?明らかにあれは真。真以外の何に見えるって言うの?!)
心の中で違和感への否定を繰り返すが感覚が告げる。『確実に、そして絶対的に何かが異なっている』と。
そのそこはかとない違和感に聖の感覚は支配され身体が微かに震え始める。
目の前の光景を否定するために死体へと視線を向けた聖は目を見開くこととなる。
(……死体が…無くなって、る?)
斃れていた真の死体はそこになかった。
間違いない。見間違えるはずもなく、目の前に立つ男は浅田真の肉体を有している。
しかしなおも拭えない違和感に思わず聖は言葉を発した。
「……アンタ、名前は?」
不思議なことに、聖の心のうちにあるのは喜びではなかった。
そこにあったのは『この違和感は私の間違いであって欲しい』という心の底からの祈り。
震える声で尋ねると、その男は声高らかに聞き覚えのある声を張り上げた。
「ワシの名前はシン!オマエの忠実な式神だ」
唖然。そして驚嘆。
それは亡き者への冒涜なのか、それとも生ける者に対する救いなのかは誰にも分からなかった。
但し、一つだけはっきりしていることがある。
(――――嗚呼。救われないね、私たちは)
――――終わった筈の恋が。瓜二つの恋が。聖の前で美しく笑っていた。
〜二章、完〜
真は死にましたが、会場に集まっていたニンゲン達の認知により新たな妖怪を誕生しました。
彼はシン、生まれながらにして式神であるという認識を持ち、己の元となったニンゲンの意志を継ごうとする真摯な妖怪です。
良かったね、土御門聖。君の初恋の男性と同じ顔、同じ志の妖怪だよ。
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よろしくお願い致します。




