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狂乱系女子

普通に投稿遅れたわ、やっべ!w

 


 ”ずぶり”という間抜けな音が腹元で聞こえた蘭丸は、恐る恐るゆっくりと視線を下へと降ろす。赤くて細い何かが腹から生えていた。


「片腕は……アイツへの手向けよ。私が不甲斐ながったのが悪いのだから、1本くらいくれてやる」


それは半透明の赤い刀身。

気付いた瞬間に何かが気管を逆流し込み上げてくる。耐えきれずに吐き出すとそれは血の塊だった。


「ぐ、あッ?!」


 苦痛の声を上げる蘭丸はその瞬間になってようやく、自分の腹に()()()()()()()()ことを理解した。

 

 無理もないだろう。なにせ芦屋蘭丸は、土御門聖が刀を持っているという可能性は一切考慮していなかったのだから。


そもそも聖がどこから刀を取り出したのかさえ彼は理解できていなかった。

 

「よいしょっと」

 

 スプラッタな状況に反し、非常に軽いノリで聖は腹を貫いていた赤い刀身を引き抜く。刃に引かれて流れ出た血が刃先に伝って地面へと落ち、聖の引きちぎれた右腕に降り注いだ。

 

 よく見れば聖が手に握っている刀身に柄はなく()()()()()()()()()。そんなことをすれば当然聖の左手は切れていて血が滴り落ちていく。


 しかし、笑顔が崩れない。


 一見すれば聖母の笑みのようにすら思えるその表情は、状況が状況だけに蘭丸にとって非常に不気味であった。

 

 腹部に感じる痛みと恐怖を誤魔化すかのように蘭丸は叫ぶ。

 

「土御門聖、貴様イカれたのか?!痛みすら感じていないように見える……一体なにがどうなっている!?」

 

 張り付けたような笑みを浮かべながら聖は答える。

 

「酷く痛いに決まってるでしょ?でも、まだ戦うのよ。わたしは勝つの。()()()()()()()()()()()のだから、死んでも勝ってみせるわ」


 蘭丸はこの時点で全てを察した。

 ()()()()()()()()()()。感情が痛みを超越する程度には狂ってしまったのだ、と。

 

「そう、私は勝つのよ。――――だから、御託はいいからさっさと死んで?」


 これ以上話すことはないと言わんばかりに聖が動き出す。聖の身体能力を十全に生かした突きを蘭丸は半歩横に逸れることで間一髪回避する。

 

 聖は回避されたことに一切焦る様子なく、そのまま軽やかにステップ。右足を軸とし身体を捻りそのまま刀身は真横を斬りつける。

 さらに半歩下がっていた蘭丸へと届いた刃は蘭丸のローブを軽く切り裂くが、ギリギリのところで肉体へと届くことはなかった。


 空中撃墜や魂接のフィードバックダメージなどによって、相当のダメージが蓄積している筈の聖。しかしその動きは非常に軽やかで、そして素早い。側から見れば現在の状況は聖の独壇場とも見える。


 しかし、等の蘭丸視点ではどうにも違和感が拭えていなかった。

 

(っ、不幸中の幸いというやつだが、()()()()()だな。そもそも刀自体初めて握ったのか?)

 

 実際に短刀を扱う蘭丸から見て、聖の太刀筋は素人同然。筋肉の動きや腕の動きから次の動きを読むことは容易かった。

初撃こそ油断から食らったが、腹部に一撃を食らっても未だ回避できているのがその証拠だろう。

 

(刀身は明らかに魔術で作られたものだが……しかし、そんな術式には見覚えがない……ん?)

 

 ふと、蘭丸は嫌な予感を覚えた。


 東洋魔術、ひいては符術が廃れたとはいえ、仮にも五大家筆頭の家出身である蘭丸は魔術についてもそれ相応以上の教育を受けている。

 そんな彼が知らないと。この魔術は初見である感じたのだ。これが違和感と言わず何と言えるのだろうか。


 蘭丸はゆっくりと刀を構え直す聖に恐る恐る訪ねた。

 

「土御門聖、その魔術はなんだ。俺はそれなりに東洋魔術についても学んだつもりだが、そんな魔術に覚えはない。一体どこでその魔術を習得した、まさか『禁術』の類ではあるまいな!?」

 

 真っ先に蘭丸が思い至ったのは聖の術式が禁術である可能性。つまり、自分自身知らないとなれば、それ相応の理由があるという可能性である。

 

 しかし聖は少し呆れたように肩を竦めてすぐさま反論を返した。

 

「『禁術』ぅ〜?まさか、私がそんな邪法に手を染めるわけないでしょ。この魔術はさっき思いついたヤツよ」

 

 瞬間、会場が一斉に騒つく。

 それと同時、蘭丸は一瞬腹部の痛みを忘れ、目を見開いて叫んだ。

 

「ッ、まさか土御門、()()()()()()()()()()()のか!?この瞬間に!?」

 

 

「――名付けて、結界術式符・(あらた)金襴紫蘇(きんらんじそ)』。今考えたにしては洒落た銘でしょ?」

 

 

 ”符術は自由度に欠けるものである”という定説がある。


 符術は術式を使用するために事前に符へと魔術式を書いておく必要があり、故に書き記した魔術以外を発動することは不可能である。

 それが少しでも東洋魔術を齧った者であれば、誰でも知っている常識。

 


 その定説を聖は打ち破ってみせた。



 符を用いた結界術において、事前に書き記した結界を改変し攻撃用の術式へと転化させたと、少なくとも聖は、会場中の人間の認知をそう()()させた。

 

(私はそんなことしてない。単純に血を使って術式符に二、三工程追加で命令を書き記しただけ。でも、この極限状態であれば、蘭丸にそれを悟るだけの思考判断力は残ってない!!)

 

 聖は薄っぺらい笑顔を貼り付けたまま、勝利までの行程を全力で模索していた。


土御門聖は少なくとも自己の認識では狂っていない。にじみ出ている狂気もあくまで蘭丸を欺くための演技である。


 厳密にいえば、真の死体と向き合い、加えて片腕も失ったことでようやく『真の死』と折り合いを付けることができた。

しかしこの状況において、”狂気”とは感情を悟らせないための武器になると理解した聖は、自身が狂ったと演技を貫いていた。

 

(元々符術自体が近年は全然研究されてなかったわけで。となれば、私が独自に改良していても誰も理論を初見では理解できない。これはわかりやすく大きなメリット)


 実際のところ、聖が普段から取り扱っている結界の符は発動のタイミングである程度形を自由に変えられるように調整されている。

 しかし、基本的に流線型である丸い方が都合の良い場面が多いことから、聖は実践において球状の結界しか展開していなかった。

 

 先ほどの絶え間ない火炎弾の雨霰の最中。

 絶体絶命の状況において、聖は新たな力を模索した。通常の結界では蘭丸のエンチャント込みの攻撃を耐えることはほぼ不可能であり、しかし出力を上げた結界では魔力の消費が甚大すぎる。


 だからこそ自然的に、聖は自身が起こした認識のブレイクスルーを想起した。

 

 それが新たに考案した結界術式のカタチ、結界術式符・(あらた)


「こんな素晴らしい術式が生まれたのは、アンタが私を空まで追いやってくれたお陰よ。”窮鼠猫を嚙む”ってのは…どうやら事実だったようね?」


 地殻を操作する魔術の影響下から逃れるために空へと結界を展開した際、結界を板のように薄く伸ばした事も大きなヒントとなっていた。


「っ…」

 

「刀に見えるのは限界まで薄く伸ばした結界を鋭利にしたもの。結界術式に少し手を加えるだけで生成できるからコ、スパも最高ときた…とはいえ調整不足ね、刀身が歪んである」

 

 元々想定していない使い方をしたからだろうか、よく見れば刀身の太さは不均一であり、本来の刀にある刀身の美しさという点では圧倒的に劣っているだろう。

 デモンストレーションも兼ねて、聖は新たな結界術式符を取り出し二振り目の『金襴紫蘇』を生成する。

 

 その様子を見た蘭丸は顔を青くしながら大いに戦慄した。

 

(っ、随分と簡単にやってのける!人体を軽々貫けるほど細く、鋭利な結界を生成するのに一体どれほどの技量が必要だとッ!)

 

 結界術についてもある程度知識がありかつ使用している蘭丸だからこそ、この『金襴紫蘇』の理不尽さを理解していた。

 

 本来であればある程度厚みを持たせるはずの結界を聖はミリ単位まで細く、そして刃となる部分はそれよりもさらに細くして見せた。

 しかもそれを”戦いの最中”で、加えて”符術の応用”で、である。ますます意味がわからない。

  

(……このままでは押し負ける)


 動くたびに少しずつ腹の刺し傷が開くのを蘭丸は感じた。出血も次第に酷くなっており、徐々に視界が白み足には力が入らなくってきている。

 継戦はできてあと5分が限度だろう。

 

「このまま、俺は負けるのか」

 

 焦りから来る冷や汗が背中を濡らす。気づけば蘭丸は無意識に”自分の敗北”について思考していた。

 

(今俺は…何といった?!”負ける”だと!?)

 

 ”敗北”。彼にとっては過去に一切の経験のないもの。

 過去を許容した聖とは対極的に、蘭丸にとっては許容できない未来。


「…許さない。許されない」


 プライドを粉々に破壊されたことが許せない。

 

 無二の相棒を討ち取られたのが許せない。

 

 この理不尽を許せない。

 

 

 そして。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「━━俺は…負ける訳にはいかないッ!!だからァッ!!!」


 蘭丸は掌に炎を生み出すと、その炎を腹の刺し傷へと押し当てる。炎による止血、確かに効果的ではあるが凄まじい痛みを味わうそれは、もはや拷問と大差は無いだろう。

 豪炎により肉が焼ける音と匂いが辺り一面に充満していく。


 熱と痛みに脂汗を垂らす蘭丸は、しかし悲鳴一つあげない。

 それが腑抜けてしまった自分への罰であり、失われかけた矜持を示すための手段なのだから彼には躊躇も戸惑いもなかった。

 

「……覚悟、随分とキマってるわね」


 むしろ、その様子を見ていた聖の方が気圧されてしまうような雰囲気。

 しかし、だからと言って聖が手を抜く理由にはならないだろう。


「まあ、それで結構。どっちみちさっさと死んでもらうわ」


 重心を完全に前へと置いた超前傾姿勢での踏み込み、体術の容量で聖は蘭丸との距離を一気に詰める。『金襴紫蘇』の刃は妖しく輝き、蘭丸の首筋へと迫った。


「――もう一度力を貸してもらうぞ、()()()()()()


「ッ!?」


 しかし、その刃が蘭丸の首を刎ねることは終ぞなかった。

 火山の岩石の如き鱗が空中に描かれた魔法陣から生え、蘭丸と『金襴紫蘇』の一撃を妨げていたのだ。


 聖にも見覚えのある鱗の質感。それはまさしくサラマンダーの体表そのもの。


「|部分顕現《partielle Manifestat》、|火竜の鱗《Salamanderschuppen》。

 サラマンダーの義体を再生成するのは不可能…だが、ここからは意地を張らせてもらう。お前の命が燃え尽きるまで、急場凌ぎでやり切らせて戴く…ッッ!」

 

「…ハン、上等。やってやろうじゃないの…ッ!」


 一瞬、狂気的な笑みを浮かべた聖が何かに浸るようにゆっくりと目を瞑る。

 次の瞬間の聖の顔にはさながら真冬の雪のように、冷たい殺意が爛爛と輝いていた。


「━━此れにてお礼参りとさせて頂きます」

 

 真が命を賭して仕留めたサラマンダー、その脅威が改めて聖に襲いかかろうとしていた。

 だからこそ聖は冷徹に徹底的に攻め入った。



 これは事実上の敵討ちなのだからと自身の心に嘯きながら、紅の剣閃と覚悟の業火が交錯した。







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