怨嗟系女子
ほの暗い深紅のローブを纏う男が杖を振るえば、無数の炎の弾が空中に現れ敵を焼き尽くさんと放たれる。それを躱すは少々奇抜な巫女服の少女。
肩まで届く程度に伸ばされた濡烏色の髪を波打たせながら、人を容易く火達磨へと変える火炎弾を紙一重で避け続ける。
「攻性術式符、紅種『彼岸花』、征け」
針に糸を通すかの如き身のこなしで炎を往なした少女は、腰に備えたポーチから一枚の紙を抜き取ると、刺すような勢いでそれを男へと投擲する。
紅雷を帯びた紙――術式符は、赤いパーティクルを空中に描きながら直進し、男の目の前で刻まれた術式を解放した。
「チィッ!」
炎を掻い潜ってきた術式符を視線の先に捉えた男は、眉を顰め舌打ちすると素早く横へ飛んだ。直後、先ほどまで男が立っていた位置でバチバチィ!という異音と共に、符から無数の紅い雷撃が放たれる。
符を起点として放たれる紅い稲妻は宛ら雷神の振るう槍。それが多数空間を刺し貫く様は無数の鋭い花弁を咲かせる”彼岸花”に喩えられても違和感はない。
「であれば!」
男は手に腰元へ杖を差すと、靴先を独特なリズムで数回鳴らした。
「燈は燃ゆ《Licht brennt》、然し我が身を焦がさず敵を焼く《verbrennt aber nur Feinde ohne mich zu verbrennen》、装燭の魔鎧」
律動によってパターン化された魔術がオートで発動する。
足元に炎のように赤い魔法陣が生成されたと思うと、その魔法陣が足元から頭の先まで登っていき、魔法陣を通った男の肉体は、まるで衣装でも変わるかのように炎の鎧が形成されていた。
炎弾による弾幕とそれを目隠しとした突撃、それが彼の必勝パターン。
先ほども使った決まり手を反芻する羽目になった女は呆れたような声で笑った。
「ま〜た装燭の魔鎧。馬鹿のひとつ覚えなんて魔力が枯渇気味なのかしら、芦屋蘭丸サン?」
焔の鎧を纏った男――芦屋蘭丸は、女――土御門聖の挑発を完全に無視すると火焔を後方へと噴出し、それによる推進力を利用し高速で聖へと肉薄する。
常人であれば反応できないような速度。しかし聖は、顔に浮かべたその笑みを崩さない。
「これだけ付き合わされてるのよ?いい加減その速度に目も身体も慣れちゃったわ」
1秒経たずに眼前まで迫った火拳に対し、手元に展開した小さな板状の結界を利用し器用に往なす。滑るように軌道をずらされた蘭丸は勢いを殺すことができず、あらぬ方向へと拳を振り抜いた。
「もういっちょ、『彼岸花』!」
「っ、離脱する!」
大きくバランスを崩した蘭丸を追撃する聖。しかし蘭丸は手足から炎を放ち大きくジャンプ、大きく距離を離し仕切り直しに成功した。
「流石にこれで倒されてくれるほど優しくはないわね」
「……無駄な足掻きだな。あの式神が死んだ以上、誰がお前の自由を望む」
その安い言葉にピクリと、笑顔を張り付けていた聖の顔が歪んだ。
「今更、無意味な問答なんて受けてたまるかっての。悪いけど私、今すぐアンタをぶっ殺したいくらいには怒ってるから」
剥がれた笑顔の下から憤怒が垣間見えた。
翡翠色の眼にはハイライトがなく、しかし蘭丸を見る目はまるで道端の石ころでも眺めるかのように無関心。
その気迫に思わず気圧された蘭丸は息を呑んだ。
「っ、出来るとでも?」
しかし、聖にそれが出来るとは蘭丸は到底思っていなかった。
自信と才能に裏付けられた蘭丸の回答に対し、聖は笑顔でこう言い返す。
「ええ。というか、今からやるわ……『蒲公英』、爆ぜよ」
「な――――」
”何を言っている”と言う前に、蘭丸の真横が唐突に爆発し、爆風をもろに受けた蘭丸は勢いよくコンクリート柱へと叩きつけられる。
唐突な爆発に会場中の誰もが困惑の声、”火”陣営からは悲鳴が上がった。
「がっ、ぐうゥッ〜〜!??」
装燭の魔鎧を貫通した爆撃によるダメージに喘ぎながらも、蘭丸は現在の状況を分析していた。しかし、決して冷静に思考を回転させることはできていない。
(何もない場所から爆発?!そんなことがあるはずがないッ、どんな仕掛けだ、どんな種だ!?)
「焦れよ最強。『蒲公英』起動」
「ぐっ?!」
焦るように思考を巡らせる蘭丸の様子を嘲笑うかのように更に爆発が起こる。しかし今度の爆発は爆風を掠める程度であり、その爆風の余波で身体が揺れる程度だった。
想像よりもダメージが来ないことに呆気にとられた蘭丸は、その瞬間に天啓が降りたかのように閃きを得た。
(……なぜ二撃目は直撃しなかった?仮にも俺を狙った攻撃ならば直撃を狙えばいいはずなのに、詰まる所この攻撃は直撃を狙う事が出来ないのか……!で、あれば!)
脳裏に浮かんだ仮説を証明すべく、ふらつきながらも立ち上がった蘭丸は杖を引き抜き地面を数度叩き、詠唱を開始する。
「|呑まれて《Verschluckt 》|焼け落ち《niedergebrann》、|灰だけ残して《 hinterließ》流れ墜つ。津焔災蓋」
「ッ、拙!!?」
魔力の乗った言霊が術式を紡ぎ魔法陣を編み出す。生み出された魔法陣は赤く鼓動すると、まるで波でも放ったかのように、蘭丸を起点とした炎の濁流が周囲一帯を焼き尽くさんと放たれる。
そして、その奇妙な光景がくっきりと浮かび上がる事となる。
「!やはり透明な何かが無数にばら撒かれていたのか」
炎の波の中、何もないはずの空間が炎を避けていた。
否。そこには何かがあるのだから、炎の波を割いているのだ。
その炎から遺体を守るべく真の亡骸と共に結界へと退避していた聖は、蘭丸の確信を得た一言に汗を垂らした。
「……バレるの早すぎ。もうちょっとくらい時間稼げると思ったのに」
「お前の式神がやたらと視界から消え失せていた理由もこれか。全く、厄介な術式だなあッ!!」
蘭丸が杖へと追加の魔力を送り込むと炎の濁流は更に勢いを増し、認識阻害の符によって不可視状態になっていた小型結界と、その中に収められていた『蒲公英』は破壊され燃やし尽くされた。
炎の勢いが収まると聖は結界から出、苦い顔で呟いた。
「……せっかく張り巡らせておいた罠がおじゃんよ」
「これで小細工は全てか?であれば、そろそろ敗北してもらいたいところなのだがなッ!」
「ッ!?息をつく暇もありゃしないってワケね!」
いつの間にか再度距離を詰めていた蘭丸の炎を纏った脚が聖の体を掠めた。焦げ付いた巫女服から発せられた炭の匂いが聖の鼻を掠める。
符術を基本戦術とする聖は近接において分が悪い。体術に心得があったとしても、今の蘭丸はエンチャントにより身体が炎に包まれているが故に接触自体にリスクが伴う。
距離を離そうと立ち回るがしかし、この距離感を蘭丸が食いついて離さない。
(往なすだけで精一杯っ、これ以上の手数が来たら拙い!!)
迫る拳、脚を手元に展開した結界を器用に使い往なすが、しかし蘭丸の猛攻は止まるところを知らず。絶え間なく打ち込まれる攻撃に聖は一歩、また一歩と後退していく。
しかしその瞬間は突然訪れる。
とん、と軽い感触が聖の背中に走る。背後を確認すると、聖はこの地下空間を支える柱に背中を付けていた。防戦一方になっていた事が仇となり、周囲の警戒を怠った聖の明確なミスである。
(っ、コイツ、これを狙って?!)
――――そして、これを意図的に狙った蘭丸の作戦勝ちでもある。
ぎらりと、蘭丸の瞳が目前の勝利に輝いた。
「駄目押し、させて頂くッ!」
蘭丸が杖を引き抜き振るうと無数の魔法陣が空中へと浮かび上がり、先ほどの倍以上の量の火炎弾が次々と生成される。
しかし先ほどと明確に異なる点は、聖の周囲全体を覆い尽くすかのように火炎弾が展開されているという点である。
火炎弾から聖まで1mもない超至近距離。
加えて退路はない。
目の前一面に広がる火球の群れに、聖は啖呵を切るかのように声を張り上げる。
「っ、やられて………なるもの、かァァァァッッッ!!!!!!」
ポケットから素早く結界符を取り出し展開。直後、火球は絶え間なく聖の結界を焼き尽くした。
結界内部は衝突する炎によって眩く照らされ、その威力にギシギシと異音を立て軋む。亀裂が入るたびに追加の符で補強し罅が入り補強し罅が入り補強罅補強罅――
――補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅補強罅!!!!
聖の魔力の底が見え始めた頃、唐突に火炎弾の雨は止んだ。
「あ。」
しかし硬質なガラスが砕けるような音と共に。
確かに感じる熱量が聖の右半身を撫でた。
「これで終いとしよう」
ぼとりと。
蘭丸の声に遅れ重いものが地面へと落下する。
なぜだろうか、異様に右半身が軽い。何が起きたのか理解するのに、聖の脳は数秒の時間を要した。
聖の右腕が地面に転がっていた。
炎の弾を吐ききった蘭丸は再び加速し、結界を拳で叩き割った。そしてその拳は聖の右肩を貫き、鎖骨から肩までの肉との骨を完全に剔り、そして焼き切った。
すでにダメージを肩代わりする人形は全壊、圧倒的かつ絶望的な状況に”木”陣営は悲鳴にすらならない掠り声が上がる。
しかし、聖は悲鳴すら上げなかった。
口から血を流れようとも。腕の肉が焼け焦げようとも。
━━━ただ、綺麗に笑っていた。
「…ふふふ。ようやく近づいてくれた。じゃあ……アンタも一緒に死ね」
怨嗟の籠った暗い声が蘭丸の耳元で囁かれた直後。
”ずぶり”という間抜けな音と共に、蘭丸の腹に半透明の赤い刀身が貫通した。
最低限この章だけでも終わらせるため、頻度爆上げにして章終わりまで書き進めます。
次は2日後の18時に投稿するんでよろしくお願いします。
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