福音系男子と未練系女子
嘘ですよ。ちゃんと続きますよ。
僕はバッドエンドは嫌いなので。
「っ、うあ、うあぁっっ……!!」
真珠のような大粒の涙が頬を濡らす。
聖がこの世界を”夢”と自覚した瞬間、目の前で違和感を覚えるほどに狼狽えていた芦屋蘭丸が霧散し、試合会場に思えていた世界は次第に輪郭を失い、世界は何もない群青色の世界へと置き換わっていく。
地もなく空もなく、浮いているのか立っているのかも朧。ただ群青色であるだけの世界。間違いなく過去に真が契約を結んだ”魂の世界”。
聖がそれを知る由も無いが、浅田真の人生が確実に狂ってしまったあの日に見た世界であった。
「あ、ああっ…うっあぁ……ッ!」
慟哭。そして無常。
聖にとって、これほど覚めたく無い夢は一度たりとも無かっただろう。
聖の両目から止め処なく溢れ出る後悔の涙に、真は大慌てで言葉を続ける。
「いやいやいや!違うから。責めにきた訳じゃない。ただ、ちゃんと前を向いて欲しいんだ」
「……」
いっそ恨み言でも言ってくれた方が聖は心が軽くなっただろう。しかし、真にそんなつもりは毛頭なかった。
むしろ、真としてはむしろその真逆だった。
後悔から涙を流し続ける聖に対して、真は請い願うように告げる。
「頼むよ、土御門。あともうちょっとで、お前は自由になれるんだ」
聖からの返答はない。しかし、確実に語りかけられた言葉への反応はあった。
「…………」
真が案じるのは聖の勝利。
『自分の命を賭けた勝利を確実なものとして欲しい』と言う一心のみ。
「相討ちって結果になったのはホントに不本意ではあるんだが…………まあ、しょうがない。
でも、お前があと少し頑張れば、勝てるんだ。お前が心の底から求めてたように、晴れて自由の身になるんだ」
全てが終わってしまった者として、真は心の内を打ち明けていく。真の祈るような願いが告げられるにつれ、少しづつだが聖の瞳に光が戻っていく。
「……………………」
真はどこか気まずそうに笑った後、戯けたような声色で言葉を続ける。
「…ははは、おいおい!態々魂だけになっても勝利報告をしにきてやったんだぜ?もう少し気の利いた言葉の一つや二つ……いや、まあ。うん」
ふざけたように笑いかけても、しかし聖の顔に深く染み付いた影のある表情は変わらない。能面のように硬く固まった暗い表情に真は”困ったなあ”と頬を軽く欠いた。
「………………まあ、何も言わなくてもいいよ。どうせ俺は去る側だし、去られる側の方がショックがでっかいってのはわかる。
でも、折角の機会だし、勝手に喋らせてもらうぜ」
不意に真の様子が変わった。
少し気恥ずかしそうに視線が泳ぎ、少し体がふらつく。息を大きく吸って目を閉じ、深く吐き出す。
頑張って作ったような強ばった真剣な表情で、真琴は言葉を発した。
「聖。死ぬまで隠そうと思ってたけど、でも…俺は今から死ぬから言っておくよ」
真の顔には憂いなく。ただ楽しそうに笑いながら。
「――――お前のこと、好きだった。
強引なところも、ちょっと抜けてるところも…全部ひっくるめて好きだった!」
心の底からの思いを告白した。
「ッ…!」
聖の心が揺れる。もう少しで手に入っていたはずの未来のカタチがそこにあった。視線の先には優しい表情で微笑む真。その表情から寂しさや悲しみはなくなっていた。
聖は吹っ切れたのだと理解せざるを得ない。真の感情は真の中で完結したのだ。
「……大丈夫だよ、俺はできた。やってのけたんだ。だから次はお前が果たす番だぜ、聖」
(…勝手な奴。…いや、お互い様ね)
であるならば、最後くらいは笑ってやろう。
聖は涙を雑に拭うと少し不器用に笑顔を作り、告げる。
「――――ええ、そうね。アンタに囚われてやるほど私は安くないわ」
その笑みは、少なくとも真が見た中で一番綺麗な笑みだった。
美しくも冷酷な笑みではなく、美しく作られた笑みでもなく、おそらく只の女の子としての笑みに真はようやく安堵した。
「なら、良かった。…………あー、すっきりした!心につっかえてたものがなくなった気分だぜ」
もうすぐお別れだ。
酷く感覚的なものであるがなんとなしに聖は理解した。
ゆっくりとだが刻々とその時は近づいてきている。
「……そうね、未練なんてない方がいいに決まってるのよ」
聖は目を閉じた。
見たくないからではなく、この記憶に深く刻み込むためにしっかりと強く両目を閉じる。
聖は『私がかけた最後の言葉が皮肉であるなんて知らないだろう』と、そう少し悲しみながらも再度見開いた瞳を真へと目を向ける。
「それもそうだな。……最後だけど結構楽しかった。ありがとう」
浅田真は少年と青年と合間らしく少しだけ”男”を感じるような、しかし”ふにゃっと”力の抜けたような笑顔を浮かべていた。
真が聖へ笑いかけた瞬間、聖は凄まじい光に包まれて――――――――
(鳴呼、泣かせまいと誓ったはずなのに、啜り泣く声が聞こえる。未練だなあ…いつか、赦してくれると、いいなあ…………)
まあ、真は死んだんですけどね。
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