全肯定系男子
一時間後にもう一話投稿します。よろしくお願いします。
瞬間、不意に光が消えた。
太陽のように眩かったはずのブレスは最初からなかったかのように消失していた。
「”俺から三発食らった後、お前は負ける”。最初から言ってただろう?」
”…は?”
唖然とした声をあげた火竜の義体からは焔がたち消え、スリット部分は燻った炭のように煙だけを吹き上げる。そして口に構えていたブレス、尋常ではない熱量を持っていたはずの光球共々消え去っていた。
動揺を隠せない黒曜火竜を眺めると、真は大きく息を吸い込むと深く接続された”魂接”を切断し、自身へと流れ込む魔力の流れを絶った。
「”式神魔術”、SHUTDOWN……。っ、うぐッ!?……ふう〜〜……はあ〜〜〜…ッッ」
”式神魔術”を解除した瞬間、真へアドレナリンが切れた事による盛大な負荷がのし掛かった。しかしここが正念場であると確信した真は、震える足腰に渾身の力を込め態とらしく勝ち誇った笑みを浮かべた。
「これでチェックメイトだ、二度と立ち上がるな」
決め台詞の割に、2言目にどこか願いのようなものが感じられなくもない。
しかし、なおも黒曜火竜はなぜか身体を動かすことが出来なかった。ピクリとも動かない様子を見、見事に成功したと真は内心安堵のため息をついた。
「――サラマンダーってのは、聞くところによれば炎を司る妖精らしいな?」
”…っ、貴様!?まさか…!!?”
意味深な笑みを浮かべる真の様子から、どうして火球が掻き消えたのか、どうして自分が動けなくなったのか、その理由を全てを悟った黒曜火竜はその直後に意識が完全に遠のき――――――
どろり。
「……あ〜あ。俺も、限界かな」
次の瞬間。
ぐしゃり、と。
赤黒いナニカが地面へと━━━
――――――――――――――――――――――――――
「…なんと言うか、あいも変わらずアンタの話は長いわね」
「どう倒したか聞いてきたのはそっちなんだが!?」
思わぬ一言に声を荒げて突っ込む真。本人としてはそんなに長く話していたつもりはないらしい。実際には文字に起こすと1万字は優に超える為、聖の”長い”という批判は否定できないだろう。
「土御門聖、指摘する部分はそこではないだろう!……式神、お前言葉を濁したな?どうやって俺の妖精魔術を撃ち破ったッ!?」
聖と真が普段通りの空気感の中、部外者である芦屋蘭丸の顔には焦燥が浮かんでいた。この状況に一番納得がいっていないのは間違いなく彼であり、現場へと至った”こと”の顛末を知りたいのも同じく彼だろう。
真は焦りなさるな、と一言置いてから真相を語り始める。
「結論から言えば、空気…厳密に言うなら酸素がなくなったからサラマンダーは倒れた」
真が告げた真相は黒曜火竜の敗因は酸欠によって炎を生成できなかった、故に敗北したと言う旨。
しかし、蘭丸はその主張に納得ができなかった。蘭丸は問い詰めるように語気を強めた。
「ッ、仮にだ。仮に貴様の主張が事実だとしよう。であれば、一体どのような方法で酸素を枯渇させた!?」
そう。確信はそこである。
蘭丸はこの場における代弁者であった。
確かに事実として黒曜火竜は倒された。そして実際の種明かしがされたとしても、どのように酸素が枯渇したのか。
それを理解している者はこの場にただ一人、真しかいない。
真はニヤリと口角を吊り上げ、勿体ぶった態度で話を続ける。
「まずは術式の種明かし。俺が再現した術式は3つ。1つ目は『牡丹一華』、2つ目は『気密性を高めた物理結界』、3つ目は『認識阻害』。3つも同時に出力なんてしたからホントに死ぬかと思ったぜ」
顔を覆う黒い狐の面越しからもわかる飄々とした態度に聖は思わずイラっとした。とは言え、相当ダメージを負った形跡のある式神を労ってやるつもりで聖は黙って話へと意識を戻す。
「次は手段の種明かし。酸素枯渇の方法は単純。物理結界に認識阻害を付与した上で密閉空間を形成したんだよ。それにも関わらずブレスにスラスターと密閉された結界の中で酸素をガンガン燃焼したんだ。つまり、お前の相棒は自滅したのさ」
「〜〜〜ッ!!!」
蘭丸の方へと顔を向けた真は嘲るような声色で揺るぎない事実を告げる。蘭丸は声にならない憤りによって無意識に下唇を犬歯で噛み切った。
その怒りは式神を侮った自分への怒りなのか、それとも不甲斐ない自分の相棒への怒りなのかは定かではない。
しかし、すぐさま力がふっと抜け、蘭丸は草臥れたように膝から崩れ落ちた。
「………なぜだ?なぜ貴様はサラマンダーの弱点を知り得た?土御門聖の入れ知恵か?それとも、貴様は元々知っていたのか?」
怒りが有頂天を超え、しかしやり切れない思いから憔悴した蘭丸は力の抜けたような声で真へと問う。それを問うたところで何も変わらないのは蘭丸もわかっていた。
しかし、それと同時に聞かずにはいられなかった。
なぜなら、それを聞かなければまるで自分は最初から式神の掌で踊らされていたのかと錯覚してしまうからだ。
「なぜ…と言われても、妖精ってのは”自然現象が意志を持った存在”なんだろ?であれば、司るもの自体が成立しない環境で、存在できるはずがないんじゃないかなと思った次第。つまり…”勘”?」
「”勘”ってアンタ…。まあ、そう…なのかしら?」
聖はそのあまりにも頼りない回答に呆れ返った。しかし真の回答は理論の飛躍のようであって、最もらしくも思える理屈でもある。そもそも聖も妖精や妖精魔術に造詣が深いわけではない。
とは言え、今回の真の言い分は比較的正しかった。
”妖精”と言う存在は自然現象に人格が芽生えたものである以上、事実として元となった自然現象が発生し得ない状況では力を振るうことができない。
今回のサラマンダーの事例であれば、炎が存在できない環境では炎の妖精は力を発揮できず、炎が存在できないのであればそこに妖精は立ち現れる事すらできない。
例をあげるならば宇宙空間で妖精魔術を行使しようとしても魔術自体が不発となるだろう。
とは言え、そもそもこんな方法で妖精術師を攻略したケースが存在しないため、蘭丸を含めこの場にいる魔術師全員が頭を抱える事態となっているが。
「黒い煤が大量に出るってのも確か不完全燃焼の特徴だよ。風の魔術で燃焼を加速させた結果、早々に空間内の酸素が枯渇して燃やそうにも燃料がないからブレスが掻き消えたってわけ」
「いや…まあ。黒いのが見えないわけじゃないんだけど……」
聖と蘭丸が目を凝らせば、確かに倒れた黒曜火竜の周囲の床には黒い焦げのようなものが大量に散らばっている。とは言え、ネタバラシ以前にあれが酸素枯渇に伴う煤であると一瞬で理解できるはずもないだろう。
むしろ、サラマンダーの熱量によってコンクリートが焦げ付いたと考える方が幾分か常識的である。
「『ボタンイチゲ』もあくまで囮みたいなもんだったのさ。符術を扱う魔術師を相手にするなら、当然符へと意識が向くわけで。風の術式によって燃焼も加速させれば一石二鳥だし」
(……あれ、なんか覚えがあるような?)
真が語った一連の流れについて、聖は特に戦い方に既視感を覚えていた。喉の奥に小骨がひっかかったような感覚、どこかで確実に使った覚えのある戦術。
自分の人生においてもそれほど長くない真との共闘を振り返り、最初の出会い、そして死闘を思い返す。
「…『認識阻害を利用したカウンター』戦術って、アンタまさか」
「御明察。土御門が鎌鼬と戦った時に使った戦術だよ」
かつて学校の七不思議を演じていた鎌鼬を討伐せんとした聖は、高速で移動する鎌鼬へ残り1枚の攻性術式符を確実に当てるため、自らを囮とし鎌鼬の攻撃の軌道上に認識阻害状態の術式符を隠し、そして見事に鎌鼬へと手痛い術式を食らわせた。
これはそれを模倣した作戦。奇しくも使用した術式は同じ『牡丹一華』。しかし、これは本当に偶然なのだろうか、奇しくもと前置かれるようなものなのだろうかと、あまりに都合のいい”偶然”に聖は息を呑む。
「土御門、お前が過去に積み重ねてきたものが俺を勝利に導いたんだ。今後の人生でも存分に胸を張って誇れよ」
「っ…………!!」
意図を悟った聖は思わず再び息を呑む。
この戦いで聖は過去を否定された。努力を否定された。価値を否定された。しかし踏み躙られた何もかもを真は肯定し、そして価値あるものと示した。
過去にあった積み重ねが脅威であった妖精への勝利を齎し、それへと至った努力を価値あるものへと変え、土御門聖と言う存在の遍く”カチ”を示した。
(そうか…私は自由を得ていいんだ)
まるで微睡みの中にあるような幸福感が胸いっぱいに広がった。
「……そうね、誇るわ。貴方が示した私の価値を誇りとして掲げ続けるわ!」
聖は笑った。
恐ろしく精巧に作られた綺麗な笑顔ではなく、年相応の少女のように、少しぎこちなく、そして可愛らしく笑った。
「それは良かった。さてと」
それを見た真は満足げに笑うと、ガラリと表情を変えた。
「――――だから土御門聖。お前が今後の人生を誇りを持って生きるために、一つ言っておかないといけないことがある」
先ほどの暖かさを感じた表情が嘘だったかのように、剣吞とさえ思えるような真剣な眼差しが聖を貫く。幸福感が薄れるように冷めていく。
「お前はいつ目覚めるんだ?」
えも言えぬ未知の寒気が聖の背中を駆けた。
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と言うわけで、3話くらい日を跨ぎつつも連続で投稿します。
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