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怪物系男子

そろそろ決着です。4話先まで竜骨ができてるので、実はそこそこ早く投稿できたりするのかな(他人事)



 

 真に油断も隙もなかった。

 あるとすれば、単純に相手が一枚上手だったとしか言いようがない。

 

 高速で迫る黒曜火竜オブシッド・サラマンダ。その表皮に纏う黒曜石は嘗て人類が狩りに用いたように非常に鋭利。

 それでなくとも軽自動車ほどの質量による突進に衝突しようものならば、満身創痍である真は確実に絶命するだろう。


(っ、多少強引にでも回避するしかッ!)

 

 真は苦虫を噛み潰したかのような表情で、握っていた数枚の符を真横の地面へと叩きつける。発動するは再現術式『タンポポ』、中範囲に広がる爆発を起こす比較的使いやすい部類の符術。


 地面と激突した瞬間に術式は発動し、当然近距離での発動によって()()()()()()中規模の爆発の連鎖を巻き起こした。

 

 真横からの爆破により押し出された空気の壁が、真を黒曜火竜の直撃コースから吹き飛ばす。”突撃によるダメージ”と”爆破の余波によるダメージ”、それらを天秤にかけた真が取ったのは”自爆による回避”だった。

 

 しかし、爆発の威力は本物。本来直撃すれば体がバラバラになるような一撃は、当然爆風だけでも十分すぎる威力を誇っている。


「う、があッ…っァ!?」


 さながら台風最中の紙切れのように吹き飛んだ真は、うめき声をあげながら地面を転がる。二転三転する視界に吐き気を催すが、それが内臓をやられたからなのか、それとも単純な酔いなのかなど死に体の彼に判断できるはずもない。

 

 数メートル転がった末に停止した真はよろけながらもゆっくりと立ち上がる。コンクリートに擦れてできた生傷も、アドレナリンが吹き出している彼から擦ればノーダメージに等しかった。

 

 しかし立ち上がった直後、この回避は愚策であったと悟った真は顔を歪ませる。


(やらかしたッ、()()()()()()()()()!?)

 

 

 真の視界は一面が白、白、白白白白白白白白白白白白白白白白。一切視界が通らない五里霧中に動揺を隠せない。


 

 はるか天井から差し込む眩いLED光が間接照明程度に屈折する程の砂煙。想像以上の煙たさに真は思わず口元を裾でふさいだ。

 今までの試合の積み重ねによってかなり粉砕されていたコンクリートが粉塵となり、真と黒曜火竜ごとあたり一面の景色を覆い隠す。


 間違いなくこの状態ではお互いがお互いを視認できない。外野からすれば状況が五分五分まで戻されたとも考えるだろう。そして鑑みるに”数分もすれば視界はクリアになる”というのは間違いない。


 しかし真にとってその数分を待つというのは自殺と大差がない。多少聖によるダメージの肩代わりがあったとしても”式神魔術”の残り時間はおそらく3分と残されていない。


 このまま一切状況が動かなければ真は自滅する。これだけは揺るがぬ真実であった。


(…どうする?)


 敵は見えず、時間もない。まさに絶体絶命と形容すべきこの状況。


 しかし、むしろ真の心は凪いでいた。

 

 恐ろしいほど静かに、この状況からチェックメイトへ持っていくための打開策を張り巡らせる。思考加速によって脳は沸騰しシナプスは悲鳴を上げ視界はさらに濁っていく。

 

(いや、間違えた。違う、『どうする』じゃない)


 形態変化、そして攻撃を回避するために想定以上に食らってしまったダメージ。

 先ほど吐き出した血液は黒く濁っていた。それはつまり、真の内臓が損傷していることを意味し、これ以上術式を使用すれば命が危ないことも意味していた。


 これ以上の戦闘行動は、”死”。

 

(あと足らないのは、()()()()()()()()()()()()


 しかし、ここでコイツ(黒曜火竜)を仕留めなければ”死”。

 

 

 二者択一など笑わせる。

 そもそも逃げる気など一切ないのだから、選べる道も進む先も1本だけだ。

 

 

 深く曇った砂煙の奥で、式神は記憶をなぞるように()()()笑った。

 

「――御覧じろッ、これが、俺の!覚悟だァァッ!!!」


 瞬間、会場に”轟”と吹いたのは風ではない。


 それは亀裂の生じた『真』という器から漏れ出した魔力。体を抜けて吹き付ける魔力は紅い奔流となり、周囲の砂煙を吹きとばした。

 

「ぅ、が、ああああアアアアッッ!!!!」

 

 目の毛細血管は張ちきれ、かろうじて繋がっていた全身の筋繊維が嫌な音を立てて軋む。内臓は燃えるように熱くなり、脳は一周回って寒気が走る。

 しかし真のブラックアウト寸前の視界は、辛うじて煙の晴れた先にいる黒曜火竜を捉えた。捉えることができた。

 

「術式再現:『ボタンイチカ』ッ!それと追加再現:()()()()!!」


 雷上動を奔る稲光の刺繍から紅い粒子が吹き荒ぶ。それはまるで流血のように痛々しく、しかし美しい色。会場はざわざわと声を上げ、その命の光に思わず息を呑んだ。

 

 しかし、その直後。改めて観客席は声を上げる事となる。

 

「――ぁ」

 

 激痛に喘ぎながらも再現された3枚の符が真の手に収まった瞬間、真は膝から勢いよく崩れ落ちる。口元からつつ、と流れる血はドス黒くそれはまるで人間の血液ではなく使い古された重油のようにも見える。

 浅く、そして異常に遅い呼吸音。真の視線は虚ろで今にも瞼は落ちようとしていた。


 見るからに限界。

 これ以上の継戦は不可能。


 誰がどう見てもそうとしか思えない状況。

 

”…限界を迎えたか”


 その様子を見、静かに黒曜火竜はこの状況が()()であることを悟った。無論、()()詰みである。


 完全に未知である術式、そして定期的に喀血する様子などから、正直なところ黒曜火竜も真が相当無茶な術式を行使している事は理解していた。

 このような決着を迎えるとは思ってもみなかった黒曜火竜は、このなんとも言えない勝ち方に勝利の余韻に浸ることなどできない。


 しかし、決まりきったはずの勝利は一瞬にして崩れた。

 

”…ッ!?”

 

 

 戦慄。義体越しに見た景色に思わず火竜は震え上がる。



 真は立ち上がろうとしていた。苦しさと痛みに喘ぎながら、自分が垂れ流した血に足を滑らせながら、ゆっくりと立ち上がっていく。

 子鹿のように震える足腰、おぼつかない視線。蜥蜴の顔であっても驚きを隠していない様子に、真は黒曜火竜に向けゆっくりと語る。

 

「意地だよ、意地。”武士道と云うは死ぬ事と見つけたり”ってな。命を張るだけの価値があるなら、今日の俺は躊躇なくベットしてやるよ」


 遂に真の顔から仮面が剥がれ落ちる。素顔を晒した事すら気付かないほど、演技のための一人称に気を使う事すらの消耗具合。

 

 しかし、腑抜けた身体に力が入る。

 軋む骨肉を意志で無理やり捩じ伏せて、限界を超えて稼働させる。無理が祟って治りかけていたはずの傷口は開き少しずつ血液が垂れていく。

 

 その損傷や失血、死体と大差ないはずの肉体は真の強靭な意志だけによって動いていた。

 

”此奴、狂っている…命あるものとして、()()()()()()()()ッッ!!”

 

 虚ろに思えた真の(まなこ)の内に黒曜火竜は狂気を見た。その狂気は”忠誠”という名の狂気。生きとし生きる者全ては誰であっても自分が一番大切でありその理を越えるには狂気が必要不可欠。

 そして真は忠誠(きょうき)を以ってそれを越えて見せた。

 

”…足が勝手に動いている?”

 

 黒曜火竜は無意識のうちに恐怖で半歩後ずさっていた。”異常”を体現してみせた存在に自然という現象の体現が恐怖を覚える。自然と異常、まさに両者は相反する存在であった。

 

「後ずさったな?そんなに俺が怖いか、恐ろしいか。だったらもっと恐ろしい目にあって貰うぜ……術式起動」

 

 それは誰がどう見ても安い挑発だった。しかし狂気の体現と対峙している黒曜火竜にとってだけ、その挑発は重く心を揺さぶる。

 死に体であるはずの存在、吹けば飛ぶような存在である式神を斃すためだけに、火竜が選ぶ選択肢はたった1つに絞られた。

 

”…であれば、全力。此奴を倒す手段はこれ一つしかあるまいッ!”

 

 黒曜火竜は真の並々ならない気迫に押されていた。

 仮に身体をバラバラにしようが火球で炭塊にしようがたたき潰そうが、何をしても自身に襲いかかってくるような”意志の怪物”を斃すための手段はこれ一つしかないと考えついた。


”――――()()()()()()()()()()()。それによって灰すら、そして霊魂すら残さず消しとばしてくれる…ッッ!!!”

 

 口内にとてつもない熱量が収束する。

 周囲の酸素が絶え間なく焚べられ燃焼はさらに加速する。轟々と燃る火球は小さな太陽の様であった。


 喰らえば骨すら残らない。理解するまでもない事実をなんという事もなしに受け入れ、真は先の宣言通り最後の三撃目を構えた。


「――――宣言通り、最後の一撃。正真正銘、俺が放てる()()()()()()()()、術式再現『ボタンイチゲ』ッッ!」

 

 目の前に突如として現れた極光に目を細めながら、真は最後の力を振り絞り術式を起動する。半透明の符を飾るように緑色のスパークが駆けると同時、真は全力を以って符を投擲した。


「これでも、喰らっとけやァッッ!!!」


 真は血が絡む声で叫び、そして再び膝から崩れ落ちた。渾身の力で放たれた符は彗星の尾の如く緑色の粒子を放ちながら黒曜火竜へと突き進んで行く。


”回避などっ!!”

 

 しかし火竜は動じない。全身全霊が篭ったとしても喰らったとて致命傷になり得ない一撃など、今この状況においては何も怖くはない。

 唯一の懸念はブレスへの直撃、それによる暴発のみ!

 

”既にその手は食らった!燃え尽きぬのなら押し返すッ!!”


 直後、鱗状の黒曜石が大きく開き、スリット部分が()()()スライドし変形。その隙間から覗くのは燃え盛る炎、符へ向かって先ほどの擬似スラスターが展開しその炎は指方性を持ち吹き出した。

 

「なッ!?」

 

 轟!


 と言う音と共に、ジェットエンジンの如き火炎が符に向かって多数放射される。そのあまりの出力に制御を失った符の表面に徐々に罅が走っていく。

 このままでは確実に符が破壊される、そう判断した真は苦虫を噛み潰したかのような表情で即座に術式を発動させた。

 

「っ、術式起動!」


 苦し紛れに発動した術式により、本来は艶やかな紅色の花弁を揺らす牡丹(アネモネ)は、ヴィヴィットな翠が目を引く大輪の花として咲き誇った。

 その花弁一つ一つが物質を容易に切り裂くほどの風の刄である”牡丹一華”は、しかし火炎に炙られて形を大きく崩していく。風の刃が解けると、その風を燃料としてさらに火炎は勢いを増していく。


 煤けた煙が空を舞い、先ほどまで白みがかっていた景色とは真反対のように漆黒の世界が広がりつつあった。

 

 燃え落ちる美しい華の様子を見、黒曜火竜は真を嘲笑う。


”吹きすさぶ風など剛炎にとっては燃料のようなもの!術の判断を間違えたな、式神ィッ!!!”

 

 五行の観点から見ても、”火”と”木”の愛称は非常に悪い。だからこそこの結果は魔術に詳しいものであれば分かり切った結末。


 膝から崩れ落ちた真も、多数と同じく分かり切っていたこの結末に顔を歪ませる。

 

 

(――――そう。ブレスまで誘導して風の術式を展開すればそれで充分だったのさ)

 

 

 歪んだ顔に浮かぶのは嫌味な笑み。

 真は伏せた顔で()()()()()()()()

 

 

 瞬間。

 シュン、と不意に()()()()()()





 


なんで炎が消えたんでしょうか。

ヒント:黒い煤が大量に出てました


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