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魔術使い系男子



 それは見間違いでもなんでもなく。

 確かに、真が投擲した符は不自然に曲がったのだ。


 不自然なカーブを描き、そこから一直線に敵の口内へと着弾。聖が最も得意とする紅雷の術式『彼岸花』を模した碧雷の術式『ヒガンバナ』が、爆熱を帯びていた多頭火竜サラマンデル・ヒュドラの口内をズタズタに蹂躙した。


「ギッッッッッッ?!?」


 予想外の一撃に思わず上がる悲鳴。その要因は頭部を貫く無数の雷槍、電気ショックによる感電である。

 複数の要素が絡みはしたが、結果として多頭火竜のブレスはエネルギーを御し切る事が出来ず凄まじい音を立て爆散した。

 

「俺が使ってるのはあくまでも”式神魔術”。術式の形態なんぞ主人に倣って符術を模しているだけ。詰まる所、俺が生成した符自体が魔術であり、魔術であるならば儂の制御下にあってもおかしくないだろう?」


 聞いちゃいない説明をしたり顔で垂れる真。

 今まで使う機会がなかった故に自慢したくなっちゃったんだね。


 物の見事に爆発した多頭火竜であったが、とはいえコンクリートを一瞬で白熱化させ融解させるほどの熱量を持ったものが爆発したにしては影響範囲は非常に小さいものだった。


 それもそのはず。多頭火竜は一度体内へブレスを格納しブラフとしていたため、再度口元へと戻す途中で真の『ヒガンバナ』の餌食となっていたのだ。


 その結果が()()

 

()()()()!?喉元から顎先にかけて綺麗に裂けてやがる…とはいえそれで済んだのは流石というか、バケモノじみているというか」


 多頭火竜の首元は人でいう気管の部分がズタズタに裂けており、その亀裂は顎元まで伸びていた。魔力によって模られた肉体故に、そこから覗くものが肉や血液ではないのがせめてもの救いだろう。

 

 しかし、このダメージは致命傷に他ならない。

いくら魔力によって肉体を作り変える事が可能な妖精とはいえ、一度手酷く破壊されたものを元に戻すのは骨である。しかも今は戦闘の最中、流石に真が治療を許すはずがないというのは火を見るよりも明らかだ。

 

 それゆえに。

 

”――――この状況は拙い”


 遥か彼方の妖精郷にて、多頭火竜の()()は静かに焦りを見せた。


 妖精種が人間に力を貸すことは珍しいことではない。大昔の伝承においても妖精と人が関わりあった話が見られるように比較的妖精とは人間に対して近しい存在である。

 しかし、全面的に自身の持ちうる力を、そして権能を貸し与えるのは非常に稀なケースだ。


 その稀有なケースこそ芦屋蘭丸。そして彼と契約した火妖精である(カノジョ)もまた、芦屋蘭丸と志を同じくするものである。

 

”……負ける?我々が?此の国において最も優れた術師(コンビ)である我々が負ける、だと?!

 

 現在真が戦っているのは妖精郷に存在する妖精の現し身のようなもの。無論本体にはダメージのフィードバックなど一切発生しない。

 だが契約者が敗北などすれば、まだ赤子であった彼に才能を見出した自分自身の目が節穴であったという証明になってしまう。

 

 それは妖精として、気高い炎を司る存在としての矜持が赦さない。決して赦しはしないッ!


「ォォォォッッ――――」


「っ、何を!?」


 故に火竜は吠えた。

 無論声帯に当たる部位は爆発によって消し飛び裂けた器官、そして失われた片頭の器官を通して空気が漏れているだけである。

 

 しかし、砕けた頭部に未だ辛うじて収まっている火妖精の眼にはしっかりと映っていた。

 それは満身創痍の青年(しゅくてき)。現われ出でては煙と消えるトリックスターのような使い魔(しゅくてき)だ。これを倒せなければ主人の勝利も、そして自分の矜持を示すことも能わず。

 

 多頭火竜は自身が溜め込んだ大量の魔力リソースを消費し、現世に存在する義体(アバター)を再構築する。砕け、裂けて、使い物にならない身体は一瞬にして熱せられた鉄のように白熱化し、周囲に凄まじい熱気を振りまいた。


「っ、()()()()()()!?」


 真は変化する多頭火竜へと近づく事が出来なかった。そのあまりの熱量が十数メートル離れているはずの真の皮膚をジリジリと焼いていたからだ。

 これ以上接近すれば”人間の丸焼き”になってしまうとわかる。都心のヒートアイランドを優に越え、オーブンの中を想起させるようなその熱量に真は近づくという選択肢を放棄した。

 

 

 どろり、どろりと。

 失われた頭は溶けて交わり、爆発により破裂した気管と首がほぼ無傷の片首に纏わっていく。そして必要以上に大型化してしまった肉体の質量を圧縮し、硬く頑丈に生まれ変わる。


 

 進化の光は徐々に潰え、その後に残ったのは新たな姿を得た火竜だった。

 

「…いや、退()()()()()()()()()()()


 しかし、新たな姿を目にした真がぼそりと真がそう呟いた。


 無理もないだろう。

 2つあった頭部は統合され1つの頭部に。そして5mはあった巨体は3mほどにまで小型化されていた。これではまるで魔力を注ぎ込まれる前の姿と大差ない。


 しかし一点だけ今までのどの姿とも異なる部分があった。


(…アレは()()()()()()か?体表が明らかに硬化してやがる)


 新たな姿を得た火竜の肉体は、全身隅々まで黒曜石に覆われていていた。艶やかな体表は光を反射し、黒でありながらもまるで純白かのように照り輝く。

 まるで鎧かのように備わった黒曜石のスリットからは不定期に炎が吹き出し、それは真に蘭丸のスラスターを想起させた。


 新しい体に馴染むように身体を揺らす火竜を見、真は冷静に状況を分析し始めた。

 

(多頭…って、もう2対の頭がねえわけだし…。仮称:黒曜火竜オブシッド・サラマンダってところか)


 真っ先にすることがそれ(名付け)ってどういうことなの。

 それににしても即興にしては香ばしい匂いのするネーミングセンスである。伊達に厨二病を患っていたわけではないということなのだろう。


 さながら漆黒の鎧のような艶やかな身体。統合された頭や首に傷などあればそこに弱点を見出せた可能性もあるが、黒曜石によって完全に覆われてしまっている。

 そして装甲として展開する黒曜石は至るところが鋭利に尖っており、近接による攻撃は絶対に推奨できないのが目に見えていた。

 

(あれじゃ物理攻撃によるダメージは期待できないな。とはいえ、だ。

 ――――()()()()()()()()()()


 真の体内時計によれば現在まで経過時間はおおよそ4分。

 残り4分も経てば立っていられるかも怪しくなり、6分後には魔力に肉体が耐え切れずに死ぬだろう。

 

 

 しかし、真の瞳には一切の揺らぎはなかった。

 主人を模倣するような綺麗な笑みを浮かべ、渾身の宣戦布告を発布する。

 

 

「時間稼ぎも終わったか?残り二発、それにてお前は終いだよ」

 

「――|グッ、ギャオオオオォォォッッ《抜かせ、三流使い魔ァァッッァァ》!!!」


 なおも余裕を崩さない真に対し黒曜火竜が吼える。先程までの死に体とは明らかに異なる力強い咆哮に、思わず真は一歩後退してしまった。

 

「っ!?来るなら来いよ、この木偶の坊が!」

 

 真は本能的後退に驚きつつも口汚い言葉を吐き自分を鼓舞する。

 

「ギャゴオオオオッッ!!!」

 

 その挑発につられるかのように、黒曜火竜は身体中に新造された黒曜石のスリット部分が大きく開き轟々と炎を噴出し始めた。

 

 真の嫌な予感が的中した。四肢、背中、尾に備わったスリットから放出される爆炎と耳を劈くジェットエンジンの如き轟音。スリット部分の黒曜石が熱により白色に染まる。

 その光景は真にデジャヴを引き起こす。

 

(っ、まさかホントに芦屋のスラスターの術式を再現したってか!?)

 

 手足から炎を吹き出すことで縦横無尽に飛行する芦屋蘭丸の魔術。黒曜火竜は明らかにそれに倣っていた。

 

「ッ、来るか!」


 エンジンを吹かすように数秒後。黒曜火竜の巨体が、前方へと跳ねるように進行した。

 流石の質量に飛行することはできなかったようだが、だとしてもその時速は60キロ以上。そして黒曜火竜の重量は軽自動車にも匹敵しする。


(飛んでないだけマシ…とも言ってられねえな!)

 

 迫る黒曜石の塊に冷や汗を垂れる真。対照的に妖精郷の本体は勝利への確信を強めていた。


”此れで良い。否。此れが良いッ!”


 そもそも本来であれば符術自体、基本的に黒曜火竜にとっては致命傷になり得ない。先ほどからダメージを受けているのは、自分自身の攻撃を逆手に取られているからであると黒曜火竜は理解していた。


 であれば、攻撃の方法を変えれば良い。

 黒曜火竜が選んだ選択肢は”純粋な質量”による暴力だった。


「クソ、変身は負けフラグじゃねえのかよッ!」


 それほど広くない結界内で時速60キロを超える重質量の物体が進撃する。真は即座に回避の選択肢を取らざるを得なかった。

 移動に伴う左足の苦痛に顔を歪ませながら真は叫ぶ。

 

 原始人類が肉を断ち切るために使用していた黒曜石。

 その塊が意思を持って車ほどの速度で真へと突撃を仕掛けているのだ。魔術に関係なく恐ろしいことこの上ないだろう。


「だけど…その程度の速度だったら避けられなくもねえんだよッ!」


 強がりながら叫んだ真は、迫る黒曜火竜の突進を右脚で強引に横へ跳びのくことで回避する。左足を使えないことによる右足にかかる負担が既に限界を超えそうになっていた。

 

(式神魔術云々じゃなく、肉体的に限界が近い…まずいぞ)


 間違いなく今が正念場。疲労と失血、肉体的ダメージにより徐々に視界が曇り始めた翠色の眼を見開き、真は覚悟をもって叫ぶ。

 

「ッ、術式再現:『タンポポ』!う…ぐっ、かはッ!」


 雷上動に施された雷を遇らった刺繍が輝く。

 瞬間真の手元に複数枚の符が召喚され、それと同時に口元から洒落にならない量の血を吐き出す。その血は黒く濁っており、内臓がかなり損傷していることが伺えた。


(……やばい)


 粘着質の強い血の塊が口の中に残っていた。味覚も嗅覚も濃厚な血液の匂いに麻痺し、危うく真は血に酔いそうになった。


 頭をよぎる”限界”。それを超えれば待ち受けるのは確実な”死”。


(…そんなこと考える暇があるかよッ)

「ッ、ぐうぅッ!!」


 限界に近いほどの激しい痛み。それに伴ってふらつく左足を無理やり地面に叩きつけ、その痛みで他の全てを相殺し真は強引に覚醒した。

 嫌な予感を振り払い、思考を”勝利”の一点のみに集中させる。


(あれだけの質量の物体、そう簡単に止まれるもんじゃねえ。制動距離も含めて次の突進までまだ時間が…ッッ??!)


 黒曜火竜が過ぎ去った()()の後方へと振り向いた真はその光景を見、思わず口を開けて固まった。



 黒曜火竜が()()()()()()

 器用に右半身のスラスターのみを吹かし、ドリフトの如く急旋回。その蜥蜴顔の口元には”してやったり”と言わんばかりの笑みが浮ぶ。



 これは先ほどの”曲がる符”に対する火竜なりの意趣返し。火を司る妖精がスラスターの火力の調整を間違えるはずなどなかった。

 正確に180度水平回転した黒曜火竜は、初撃の勢いを殺すことなく返す刀で真へと突進を開始する。


 衝突まで残り5m。

 時間にして数秒後には真の身体は弾き飛ばされ、唯の肉塊と成り果てるだろう。

 

 そして、緊急回避に割けるほどの体力など既に残されていない。


 ━━━しかし。


「━━━諦めてたまるかよ」

 

 その目のうちにギラリと。


 狂気的なまでの覚悟が、真の碧に染まった瞳の中に煌いた。




 


そういえば日間だけでなく、週間ランキングにも一瞬だけ上昇できていたそうです。これも全て私の拙い作品を読んで応援してくださっている皆様のおかげでございます。


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よろしくお願い致します。






評価がまだだったら、してくれると嬉しいなあ!!!!(強欲な作者)

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