ラブコメ系男女
時速にして100kmを優に超えるであろう蹴りは寸分違わず聖の腹部へと直撃する。
その破壊力たるや、足場となっていた結界ごとぶち破り、紙でも吹き飛ばすかのように聖を火山岩となった足場へと叩き落とす。
(万策尽きたとしても…何が何でも時間を稼ぐッ!)
ダメージが藁人形に置換されたとしても、このままの勢いで地面へと叩き落とされれば確実に死ぬ。蹴りが突き刺さる直前、聖は風の符を備えると蹴りによって吹っ飛ばされた瞬間、地面へ向かって術式を発動させる。
地面より吹き上がる突風が落下する勢いを相殺するが、しかし完全に勢いを殺し切ることはできなかった。聖は急冷により鋭利に尖った火山岩の岩肌を勢いよく転がり、全身を切り裂かれながら数メートル転がったのち停止する。
「ぐううぅぅ…!!」
全身切り傷だらけだが継戦するのはかろうじて可能な程度。その痛みを堪えながら聖はふらふらと立ち上がる。
聖の懐の中で藁人形の腹部が消し飛んでいた。
これはつまり聖が何一つ対策もなく蹴りに直撃していたのならば、今頃聖はテケテケのように下半身とお別れする羽目になっていたことを意味する。
しかし、蘭丸の一撃を耐え切った。耐え切って見せたのだ。
(これ以上魔力を消費するわけにはいかない。それに…あと2分もすれば時間切れになる。最低限あと2分は耐える…耐えてみせる!)
聖が覚悟を決めていた時、その十数メートル先に蘭丸が降り立っていた。空中での爆発的な加速を抑え切ることはできず、逆噴射によって勢いは抑えたものの着地位置が大きくズレていた。
「…仕留め損ねたか」
蘭丸は顔を酷く歪めた。それだけ、彼には自信があったのだ。
そもそも、このような奇策は本来彼の領分ではない。
彼は生まれながらにして強者である。血筋により発現した並外れた妖精魔術への才能、常に学年でも上位の成績を納めることが出来るだけの頭脳、人並み以上の運動センス、容姿も野生的な風格がありとても優れていると言えよう。
だからこそ彼は正攻法で全てをこなせる。
行為行動戦闘試合恋愛エトセトラエトセトラ…あらゆる物事において、彼は小細工などしなくとも勝利を手にすることができた。無論次期当主という立場を強固にするために強者としての態度を示す必要があったというのも大きいだろう。
しかし今回、彼は正攻法を諦めた。
正確に言うならば、聖たちが示した奇策鬼謀の”技”を見、それが有効であると理解し取り組んだ。しかも”勝負が決まるような土壇場”で、である。
「…そうか、俺もまだ頭打ちではないということか。…はは、はははははははッ!!」
既に蘭丸の中の”強者としてのプライド”はバキバキに折れていた。しかし、それは彼にとっての初めての通過儀礼だ。生まれながらの強者が才能に胡座をかくのを辞めた瞬間である。
だからこそ、蘭丸はまるで生まれ変わったように心持ちが軽かった。
「━━━感謝しよう。だが、試合には勝たせてもらうぞ」
しかし、その心象に水が差されたかのように。
「違うね。お前の負けだよ、芦屋蘭丸」
背後から聞こえたその声に、蘭丸の背筋が凍りついた。
この声を聞き間違える筈がない。今回の試合において最も警戒していたファクターの一つであり、正体不明の式神。先ほど聖の分断工作により多頭火竜に対し時間稼ぎを計り、恐らく今頃は散っている筈であると、蘭丸はそう考えていた。
恐る恐ると形容されるように蘭丸はゆっくりと振り返る。そして、現実を直視した。
「式神シンッ、なぜお前がそこに居る!?」
そこには当然の如く、顔半分を黒狐の面で隠した男が立っていた。
肌が見える部分のほぼ全てに火傷を負うなどの明らかな満身創痍であるその男は、しかし余裕すら感じるほどの不敵な笑みを崩さない。
蘭丸から投げかけられた問いに、真はあっけらかんと言った様子で答えた。
「そりゃな、全て終わったからだよ」
黒狐の面から伺える視線は遥か遠くで、自身と同じくボロボロの聖へと向けられていた。真の意図を汲んだ聖は静かに印を切る。それにより両者を分断していたはずの結界が光の粒子となりゆっくりと崩れていく。
「全て…終わっただと!?そうだ、多頭火竜、多頭火竜はどうし…ッ!?」
━━━緑色の光を乱反射しながら崩れていく結界の先に蘭丸は確かに見た。
全身を覆い尽くしていた火炎は燻りすらも消え去り、両頭がだらりと力を失い地に伏せた巨体。少し目を凝らせば、その身体が少しずつ灰となり風に流されているのがわかるだろう。
(”魂接”が切れている!?そんなバカな、バカな…馬鹿な莫迦なバカなばかなッッ!!?)
そして、何度呼びかけても”へんじのない”それは、既に妖精とのリンクの切れた魔力の塊に過ぎない。無論それは蘭丸自身理解できるが、しかし理解し難い事実。
視線の先にあったのは、確実に倒れ臥した多頭火竜の姿だった。
――――――――――――――――――――――――――――
「終わったよ、主」
ひどく疲れている声色。顔の上半分は黒い狐の面に覆われており、表情こそ見えずらいものの、しかしその顔はどこか自慢げであることが聖にはわかった。
呆然と立ち尽くす蘭丸の横を抜け、足を引きずりながら真は聖の方へと歩み寄る。酷い火傷の真の視界は少し白んでおり足取りも覚束ない。
現状、真は聖を庇った際に左足首の骨にヒビが入っており普通の歩行が困難であった。
「あっ」
コンクリートから火山岩に置き換わってしまった足場は歩行困難な真にとって鬼門だったようだ。不意に躓いた真は大きく前方へとよろける。
「ったく、危ないわね…怪我してんだから気をつけなさい?」
しかし正面に立っていた聖が真を正面からキャッチする。ハグのような形で抱えられた真は、女性特有の柔らかい感触に少し気恥ずかしそうに頬を掻いた。
「はは、面目無い…」
「…謝るくらいなら早く離れなさいよ」
同じく若干恥ずかしそうな態度の聖から、真は謝る間も無く慌てて離れた。聖の頬が若干赤いのは戦闘していたからだろうか、それとも…
なんかイチャコラし始めやがった。なんだこいつら。
因むならば、観客席もなんともいえない空気感となっていた。特に津守蒼は笑顔であるのにも関わらず青筋を2、3本立てていたらしい。
「これは…どういう絡繰だ?」
磐石だった自分の勝利が目の前で崩落していく様に気が動転していた蘭丸も、この気の抜けたようなやりとりを見、ようやく意識が現実へと戻ってきた。しかし、蘭丸が口にしたのは泣き言でも怒りでもなく疑問であった。
”どうして真が多頭火竜を退けられたのか”、その疑問を解決することが蘭丸の中ではできなかった。
強大な力を宿す妖精が人型とはいえ満身創痍であった式神に破れるなどあり得ないと、何度考えてもそう結論が出てくる。
「勿論、タネも仕掛けもあるに決まってるわ。私の式神がアンタの最強の手駒に勝てた理由…それは私達が”式神魔術”を行使したからよ」
煽り立てるかのように聖が混乱する蘭丸へと回答する。聖としても、ガス欠寸前となった魔力を少しでも回復するために少しでも時間を稼ぎたかった。
その時間稼ぎの回答に対して、蘭丸は吼えるかのように否定した。
「式神…魔術?何を言っている、そんな術式体系はどこの国家にも存在しない!!」
「ええ、勿論そんな術式はこの世に存在しない。私が便宜上そう呼んでいるだけで、実際のところは符術の派生に近いわ」
”式神魔術”。
これは聖が付けた仮名であり、その正体は聖の魔力を”魂接”経由で真へと譲渡することで魔術を行使できるようにするというもの。
しかし真自体は魔力を使うための素質も機能も備わっていないため、強引に魔力を使うと体内を損傷する事となる。つまり真は魔術の発動に際して、文字通り地獄の苦しみを味わうことになるというリスクを負うことになるのだ。
(だからこそこんな魔術は使わせたくなかったし、そして絶対に口外してはいけないもの)
何よりもこの魔術は、”非魔術師を魔術師に仕立て上げる”ことができるものだ。これが口外された際のリスクを考えると聖は全身産毛が逆立つ思いだった。
”魔術という特権を奪われる”可能性があると考える老獪な魔術師は、間違いなく聖からこの秘術を取り上げるだろう。そして、真という唯一の成功例を実験体として聖から奪い取る可能性は大いにあり得る。
(――――そんなことはさせない、絶対にね)
暗雲が立ち込めつつある未来など変えてみせると、静かに聖は心に誓う。
(先ずは、そのための一歩目を踏み出させてもらいましょうか)
視線の先で混乱から困惑の顔を崩せない蘭丸を睨みつける。力へ抵抗するために必要なのは力しかない。そしてここでの勝利は、まさに自身の力の誇示に繋がるのだから。
「…だとしてもだ、その式神に多頭火竜を倒すだけの魔術を行使できると思えない!いや、そもそも魔術を行使したというのならなんらかの痕跡が残っていて然るべきだ…それにもかかわらず、多頭火竜の周辺には何も残っていない!」
「言われてみれば、確かにそうね」
蘭丸自身も空となった魔力を補填したいのだろうか、さらに2人へと疑問をぶつける。そして、聖としてもこの疑問は大きいものであった。なにせ聖もどのように倒すのか聞いておらず、ただ真が”できる”と言ったことを信じて疑わなかっただけなのだから。
「…えっ、話した方がいいの?今から?」
魔術師2名からの熱視線を受け、真は困惑しながらもどのように多頭火竜を仕留めたのかを話し出した。
どうやって真は多頭火竜を倒したのか。予想つきますかね?予想できたらコメントとかしてもいいんですよ?(乞食)
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