快晴系女子
誰も何も言わないので聖の心情パートです。
彼女は彼女なりに何を思っていたのかを上手く表せていたら幸いです。
そういえば記念すべき80話です。今後ともよろしくお願いします。
「アンタはっ……真は、私に…『死んでこい』って言え』っつってんのよ!?なんでそんなにっ…」
感情のままに、心の隅に隠していた気持ちを吐き出すように叫ぶ。
思えば、よくここまで私に尽くしてくれたものだと感心する。
私の式神である浅田真は端的に言えば変な男だ。
普段頼りない癖にいざって時は必ず助けてくれる、まさに”ここぞというとき以外頼りにならない男”という言葉がよく似合う。
コイツは何だかんだ嫌だと文句を垂れながらも、最後には絶対私を助けてくれる。鎌鼬の時はリスクを承知で私を救出してくれたし、百目鬼の時は私の準備が完了するまでの時間を体を張って稼いでくれた。
「――――ホント、なんでだろうな?俺にもわかんねえや」
自分の心情を踏み躙られ、母親にも裏切られ、何もかも投げ出したくなりそうになっている私。そんな暗く沈んだ私の心を見透かすように、どこか悲しそうに目の前のコイツは微笑む。
そうだ。例に漏れず今日だってコイツは、私のために命を張ろうとしている。
「……何で笑ってんのよ」
悲しい微笑みの裏に、何となく私に対する心配があることなんて知っている。だとしても、コイツは私に怒っても許されるのに。
私の母親――土御門櫻の裏工作によって、間違いなくコイツの命は結界による保護の対象外となっている。
式神というシステム自体が付喪神や妖怪、場合によっては土地神などに枷をつけ、術者の支配下に置くシステムではあるけど、何も式神に不死を付与するなんてことはできない。
漫画にありがちな紙からポンと式神を出し、倒されたら紙に戻して全回復なんて芸当は私たちの先祖であっても不可能だ。
……妖精のように実体が別の次元に存在する生命体であれば、現世の魔力で作られた体が破壊されても復活できるので、疑似的な不死と言えるような気もするけど…ちょっと芦屋が恨めしい。
思考がそれた。
だからこそコイツには私を罵倒なりなんなりする権利がある…というか、普段であればもっと憎まれ口を吐いている筈なのだ。
でも、今回ばかりは私にあまり憎まれ口を吐かない。吐いたとしても冗談めいたもので弱音なんかでは全くないものばかりだった。
その理由は分かりきっている。この大会で私が負けないように、少しでも勝率をあげるために、コイツは弱音の一つも吐かずに体を張って戦ってくれているんだ。
「笑っちゃ悪いかよ。絶望的な状況なんだから、せめて笑顔くらいは浮かべてやろうっていう粋な計らいだぜ?」
ほら、早速憎まれ口を吐いた。そして誰も傷つけないような、本当に優しい憎まれ口だ。
かなり出血をしていて加えて背中にひどい火傷を負っていて、よく見れば目線が怪しいから視界がぼやけているんだろう。
そんな中でもコイツは――真は私を気遣ってくれている。
緑さんも私に対して尽くしてくれているが、彼女の家は土御門家に代々仕えている、そういう役割を持って産まれた人間であり、私と違ってその役割を完全に遂行することを彼女自身が是としている。
でも真は違う。
元々は私のミスで巻き込んでしまった一般人で、正体を探るために調べた過去の経歴も全くもって普通…影の薄さだけは異常だけど。
なし崩し的にこちら側へ引き込んでしまった負い目もある、それにお家騒動にも結局巻き込んでしまったのだからいよいよ私の立つ瀬がないのだ。
「…ごめんね、真」
……えっ。
真が目を丸くしてこちらを見た。何より発言した自分でも驚きだ、こんなに素直な言葉を発したのはいつぶりなんだろう。
口が軽い、普段言えないようなことも今なら簡単に口に出来る。
「全部ね、全部私が失敗したからなの。アンタが私を助けざるを得ないこの状況になったのも、私が鎌鼬の調伏でミスしたせいだし、アンタを無理やり式神にしなきゃいけなかったのも、私の”木”陣営での立場がお母様よりも低いものだったから。この試合でアンタの命が保証されてないのも私が悪いの」
そうだ。その通りだ。
最初からわかっていた。
全部、全部私が悪いんだ。
「――そう。全部私が悪いんだ。だから……無理して死のうとしないで。お願い、お願い……です。これ以上私を悲しくさせないでください。もう私はどうなってもいいから、アンタ…いや、真。貴方の命を投げ打って、私を救おうとしないでください」
ここで棄権すれば、真の命くらいは救えるだろう。お母様もこうなること、私の心が折れて棄権することを想定してこういう細工をしたんだろうから、真の命に関してはどうにかしてくれる、と思う。
もう無理だ。
内心がぐちゃぐちゃになってしまって、私の中にある”強い土御門聖”像が保てなくなってしまった。
”木”次期当主としても、時代の落ちこぼれだとしても、兎に角強くなければならなかった私が作り出したこの仮面はもうボロボロだ。弱音の一つや二つくらい許してほしい。
そんなことを考えているうちに、目を丸くしていた真は真剣な表情を作り直して私に語りかける。
「…………そうだな、お前は俺に謝るべきだ」
「…うん」
最もだ。
鎌鼬の時だって全身擦り傷まみれだったし、百目鬼の時は出血多量と全身打撲で気絶していた。ちょっと前の鵺が完勝だっただけで、今回の試合でも雫に危うく氷像にされる手前だった。
そうなってしまったのも、私が真を守れなかったせいで…いや、そもそも鎌鼬の時にヘマをしなければ…………。
思考の悪循環が止まらない。自己嫌悪が私の心を少しずつ蝕んで殺していく。
「俺にこんなことを何度も言わせるお前は、俺に謝るべきだ」
「…は?」
何を言っているのかよくわからない。
「別に俺が命を張るのは、なにもお前に強制されたからじゃねえんだよ。お前が俺を脅迫して色々させてきたのは、何も俺を虐めたかったからじゃないだろ?お前に出来る範疇で俺の命を救おうとしていたってわけだろ?」
「でも!」
「”でも”も何もないんだよ。過程はどうであれ、マッチポンプだったとしても、お前は俺を救ったんだ。それをお前は恩着せがましくするわけでもなく…………まあ、少し強引だったりもしたけども、まあ……こう、なんというかな。あー、言葉にすると難しいな」
真が頭を捻っている。血の流しすぎでうまく思考が回ってないんだろう。
「つまりだ!俺が言いたいのはな、お前がどう思うかなんてどうでもいい!」
「…うん」
その言葉が。
「お前は何回も俺を救ったんだ。だから次は俺がお前を救ってやる!いちいちこんな恥ずかしいこと言わせるなこの馬鹿!」
壊れた硝子のようにひび割れていた、私の心に染み込んで傷を埋めていく。
「…………うん」
闇の底で埋もれていた思考が晴れていく。弱った私は消えていき、いつもの私が戻ってくる。
「――そうだ。次は、俺の番だ。お前を自由にするよ。俺の全身全霊を以って、お前を不自由にしている檻をぶっ壊してやる」
目を閉じて深くため息を吐いた。心のうちに溜まっていた弱音を吐き出すように。
うん。おかえり、私。
「――そう。それは楽しみね?」
私は目に入っていた、うざったい汗を袖で拭い去る。
相変わらず少し遠くから蘭丸の怒声が聞こえてくるわ、母親からの思惑で余計に不利になるわで状況も環境も最悪of最悪。
蘭丸の方は煙さえどうにかできれば、すぐさま私たちを追撃してくるだろう。しかし私に残された魔力はせいぜいが6割くらいで全くもって本調子ではない。
でも、頬に力を入れて思いっきり笑顔を作る。
「いい顔になった…いや、元に戻った?」
「心配されたわね真。正真正銘、土御門聖の復活よ!」
嗚呼。素晴らしい気分だ。こんなに心が暖かいのなんていつぶりなんだろう。
「そうね。そうだった。ここに私が立っているのは”勝てる”と思ったからだった――――真、悪いけど”式神魔術”使うわよ」
そういえば、初めて素の私は真の名前を呼んだ気がする。でも、まあいいだろう。
私は勝てる勝負だからここに来たんだ、それ以外はどうでも良かった。全てを投げ打ってでも欲しいと思った、あの渇望を満たすために。
そのためならば、式神に身を切らせることもしないといけないに決まっている。
「わかった……遺書くらいは書いておいた方が良かったな」
真は笑顔のまま冗談交じり…いや、おそらく本心からそう呟いた。
いや、どんだけ覚悟キマってんのよコイツと内心少しひいた。
私なら死に場所くらい自分の意思で決めたいと思うんだけど、でも真からすればそれが今日だと、そう決めてしまったんだろう。
でも、それは私が許さない。
「馬鹿ね、アンタみたいな忠臣を私がむざむざ死なせるわけないでしょ?アンタの肉体的負担の4割をこっちで受け持つわ。一応あらかじめ計算しておいたのだけど、私が4割負担すれば10分なら死なないはずよ。勿論辛うじてだし、死なないだけで継戦については何時出来なくなるかわからないけどね」
その言葉に真は目を丸くした。それもそうだ、正直4割とはいえダメージは計り知れない。
「は?馬鹿はお前だろ。勝ち目がなくなるぞ」
「黙りなさい、私がそうすると決めたの。あのね、私だって誰かの犠牲で成り立った自由なんか謳歌したくないのよ」
本心だ。私は、この優しい男の犠牲で成り立った世界で自由を謳歌なんてできない。したくない。
「いやいや、とはいえだな?!10分…いや、継続ダメージを考えたら8分もしたら俺は動けなくなるんだぞ?」
なおも食い下がる真、どれだけ死に急いでるんだろうか。
いや、私をそこまでして勝たせたいと思ってくれていることに、今度は自然と笑みが浮かんだ。
「それまでに勝てばいいのよ。それに真、試合開始する前にアンタ”式神魔術”さえ使えばサラマンダーを攻略できるような口ぶりだったわね?
――――多頭火竜でも、倒せる?」
「――勿論、倒してみせるよ。つまりだ、共倒れになる前に倒せばいいんだよな?」
我ながら無茶振りだと思っていたが、目の前の男は”できる”と、そう言い切った。その言葉は絶対嘘じゃない、真はいつだって勝ち目のないと思われていた盤面をひっくり返して、私を助けてくれた。
真の顔に浮かぶ笑みには、確かな自信が浮かんでいる。この逆境を打ち砕くと、そう私に思わせてくれる笑みだ。
「よし、じゃあ仕切り直すわよ」
「オーライ。煙幕が切れた瞬間から攻めるでいいな?」
「勿論、この状況で奇襲するならそこしかないわ」
今日、わかったことがある。
私が欲しいものは、自由だけじゃない…いや、自由だけじゃなくなったって表現をしないと正しくないか。
「……優勝したら、真。アンタに伝えたいがあるの」
「……奇遇だな、俺もそろそろ言いたいことがあるんだ」
本当の自由を勝ち取ったら、『誰かと共に過ごす』っていう不自由を享受するのも悪くないと、そう思った。
ところで、こいつはどうして少し悲しそうに笑ったんだろう。
この西洋魔術一強の時代における劣等生である聖は、何が何でも強くないといけないのです。
立場を考えても”木”陣営の現当主である櫻の子どもは”現在”聖たった一人であり、それゆえに彼女に対する期待は尋常ではありません。
しかしその一方で”木”陣営自体はすでに殆ど崩壊してしまっており、いくら聖が努力したところで他の陣営の力なしでは復興すらできないほどです。だから櫻としては”木”陣営の完全なる復興のために強い陣営に聖を嫁がせ、聖の子どもを新たな”木”陣営の当主として担ぎたいんですよね。
しかし、聖が望むのは自由。とはいえ、聖自身も”木”陣営がどうでもよくなったわけではなく、自分の代で陣営を復興させようと考えています。全くもって親子で噛み合ってないですね。
もっとさあ、腹割って話し合おうぜ?って感じですね(笑)
さて、ところで真の聖へ言いたいことって、一体なんなんですかね。恋情は死ぬまで隠し通すと誓った彼が、聖に伝えたいことって?
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