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今生失恋系男子



 ふらりと、いつの間にか立ち上がっていた真に対して、蘭丸は腹の底に溜まった悪感情を吐き捨てるように叫ぶ。


「奇跡だと…?あいも変わらず巫山戯た式神だ…やはり確実に仕留めさせて貰うッ!さっさとくたばれクソ野郎ォッ!」


「はっ!嫌なこった!これでも食らってろ、天才魔術師!」

 

 真は炎によって所々焼け落ちてしまった自身の服、そのズボンのポケットから取り出した()()()()を蘭丸へ向かって投擲する。

 酷い火傷による脱水症状により意識が朦朧とする中、真はこの試合が始まる前の聖との会話を思い出していた。


 


 ――――――――――――――――――――――



 

 最終試合直前、どこかぎこちない雰囲気で試合開始を待つ2人。そんな中、話を振ったのは聖だった。

 

 『アンタに一応、これを渡しておくわ』


 聖から手渡されたのは小さな紫色の玉。ビー玉より少し大きい程度のそれは、真にとってもある程度見覚えのある物体だった。

 

 『これは…っていつも使ってる煙玉?』


 『いいえ、これは大金叩いて買った”妖精銀”の粉末に特殊な加工を施して練りこんだ特別製。発生する特殊煙幕は妖精に対して()()()()()を発揮するの』


 真は既に次の相手が”聖世代最強の妖精術師(あしやらんまる)”であることを聞いている。そのためこの煙玉を渡された意味についてもすぐさま理解した。

 とはいえ真は正面切って戦うタイプではない。搦め手で相手を詰みに持っていくためならばこの煙玉を自身の戦略に組み込んでも良いのだろうかと疑問を浮かべる。

 

『へえ、原理はわからなけど取り敢えずピンチになったら容赦無く使っていいよな?』


 なので、わからないなら聞けばいい。百聞は一見にしかずということで真は気軽に聖に問うた。しかし、肝心に聖の反応は芳しいものではなかった。

 

『……言っとくけど、今回の煙玉に関しては宝石をダース単位で買える程度には価値があるからね。使い所は任せるけど、下手な使い方したら私がアンタをぶっ殺すわ』


 だったらそんなもん渡すなや!と内心思いながらも、生返事しながら自身のポケットへ煙玉を突っ込む。

 

(土御門の言う下手な使い方とはどんな使い方なんだろうか)

 

 とはいえ、”いざという時”など来ない方がいいに越したことはないだろう。そんなことを漠然と考えながら真は試合開始の銅鑼を待った。




 ――――――――――――――――――――――――




 あれほど来ないことを願った”いざという時”、それは今だと真は認識した。

 

 庶民にとって目ん玉が飛び出すほど高価な煙玉だろうとこのピンチを切り抜けるため、投げるなら今しかない。これは下手な使い方ではないだろう。そう確信した真が投げた煙玉は、いつも通り硝子が砕ける音とともに、周囲へと煙を撒き散らす。


「ッ、煙玉か!」

 

 蘭丸と多頭火竜サラマンデル・ヒュドラを中心として発生した濃霧のような煙は、1人と1体の視界を完全にシャットアウトした。一瞬狼狽するものの、この煙幕も所詮時間稼ぎだと思い直した蘭丸は冷静にこの後の立ち回りに思考を巡らせる。

 

 この状況において、蘭丸が何の行動も起こさなかったのは、一見すると彼の慢心だと思われるかもしれない。しかし、ここで蘭丸が炎の魔術を用いて煙を払わなかったのは、煙幕に延焼性のある物質などを練りこまれていた場合、粉塵爆発などが発生する恐れがあるからである。

 だからこそ魂接(パス)を通して多頭火竜サラマンデル・ヒュドラへ体表に迸る火炎を抑えるよう念話を飛ばし、あまり得意とはいえない風の魔術を行使するために魔力を練る。

 

 蘭丸にとって、煙幕の解除に時間をかけること事態は何ら問題はない。あれだけのダメージを与えても立ち上がった真は脅威ではあるが、あの様子では動けてあと数分。そして、この苦し紛れの時間稼ぎで稼げる時間は精々数分であるためだ。

 

 仮に真を回復させるならば全快するだけの時間は稼げず、真を回復させないとすれば真の継戦が不可能になる。そして、真が回復したとて強化した多頭火竜サラマンデル・ヒュドラの敵ではない。


 以前自分が有利である、その蘭丸の認識に揺らぎはなかった。

 

 

 ――――この時、蘭丸が炎を用いてさっさと煙を晴らしていれば、最悪の事態は避けられたかもしれない。

 

 

 蘭丸がその違和感に気付いたのは本当に偶然であった。

 漂う煙に薄っすらと感じた金属特有の少し鼻につくような匂い。普通の煙であれば、まず間違いなく感じないような匂いに蘭丸は眉を顰めると同時に悪寒が走る。

 

(態々金属粉を煙幕に混ぜた意図はなんだ…?)


 正直に言えば、蘭丸からして土御門聖の”戦闘能力”は大したものではない。一対一(タイマン)で同じ条件で戦った場合、何万何億何兆回戦ったとて一度たりとも負けない自信があった。

 しかし、聖の創意工夫の面に関しては蘭丸は手放しで評価していた。だからこそ、聖がなんの意味もなく煙幕に金属を混ぜる筈がないと、その背後にあるであろう意図について思考を巡らせる。

 

 その予想はもちろん大正解である。

 

 裏市で聖が入手した魔術世界における貴金属、”妖精銀”を練りこんだ特製の煙幕は、魔力探知に対してチャフとして機能するがもう一つ特殊な効果を持つ。

 

 それは妖精に対する()()()()効果。


 妖精銀。かつてはミスリルとも呼ばれていた、レアアースの比ではないほどの希少金属。

 

 その名に冠する”妖精”の名は伊達ではない。なにせこの金属は鉱脈どころか欠片さえ地球の地中には存在していないのである。

 

 この金属が存在するのは地球とは別の相違(レイヤー)上に存在する”妖精郷”。文字通り妖精が住まう異界である。土の妖精が魔術で掘り起こし、火の妖精が自身の身体で精錬したとされるこの金属は、触媒として使えば古今東西あらゆる魔術の威力を引き上げ、武器へ加工すれば魔法を完全にシャットアウトする魔術師殺しに特化した脅威の性能を発揮する。


 しかし、この金属にはもう一つ効果がある。それは粉末状にして周囲へばら撒くことでその環境を”妖精郷”に近付けるという特異な効果。


 ”妖精郷”とは妖精が普段住まうとされる世界。妖精魔術師は”妖精郷”にいる妖精たちに、現世に顕現するための魔力(カタチ)を与え使役している。

 つまり、()()()()()()()()は”妖精郷”にあり、この世界に顕現している姿は魔術師の魔力を用いて出力された器に過ぎない。

 

 ――――だからこそ。

 

 『『ギッ!??、ぐァ!?????)%"H)Y!$')('~!J}}』』

 「多頭火竜サラマンデルヒュードラっ?!クソっ、煙幕に妖精銀を練りこんでいたのか…ッ!?」

 

 周囲の空間が本体のいる”妖精郷”へと近付いた多頭火竜の精神は著しく混乱する。これが妖精銀を用いた妖精の精神錯乱効果の全貌である。


 すっげえわかりやすく言うならば、『Vtuberが急に”ガワ”を剥がされ本体バレしたと思っている』と言う状況である、慌てないわけがない。

 加えて、新たな器を獲得したばかりの多頭火竜からすれば、余計に混乱しやすい状況だろう。


「っ、シン」


「了解、すまないけど…肩貸してくれ」


「最初からそのつもりよ」

 

 その混乱に乗じ、聖は真を支えるように地下空間を支える巨大なコンクリート柱の裏へと移動する。


 聖もブレスの余波により多少火傷を負っているが、真と比較すれば天と地ほどの差がある。柱の裏で息をつく暇も無く真の怪我の状態を素早く確認する聖は、その痛々しい傷口に思わず怯んだ。

 

(――っ、酷い傷…でも、あの薬は飲ませられない)


 聖の脳裏を過るのは、過去に真が聖に飲ませた■■■(みょうやく)。確かにあれを飲めば真は一瞬で回復する()()()()()()。そう、”かもしれない”。回復するかどうかは博打だ。

 

(そもそもあれは魔術師以外が飲んでいいものでは…いや、そんなこと考える暇じゃないわね)

 

 聖は横道に逸れかけた思考を正す。この状況でIFのことを考えている暇はないのは事実だった。だからこそ、聖は自身の拙い回復術式で最低限の治療を施すため、ポーチから数枚の符を抜き取り真へと貼り付けると、符は淡いエメラルドグリーンに輝きながら微かにスパークを疾らせた。

 

「うッ、傷が…気持ちわるっ」

 

 傷を覆い隠すように淡い緑色の光が走ると、凄まじくスローであるもののまるで逆再生かのように炎症が引き、傷が塞がっていく。その傷口が疼く奇妙な感触に真は思わず眉を顰めた。

 

「細胞の再生を促進しているわ。とは言え、とりあえずの応急手当……せいぜい炎症を抑えて、傷をある程度塞ぐので限界。申し訳ないけど、私に回復魔術の才能はないの」 

 

「増血は無理か、なるほどね」

 

 貧血とダメージで青白さを超えて土気色一歩手前といった顔色の真が少し惜しいような声色で呟く。

 

 確かに自然治癒と比べれば治りは早いものの炭と化した皮膚は元に戻らず、折れた足は痛みが多少引いた程度。なによりこのペースでは蘭丸が煙幕を振り払う方が圧倒的に早い。

 とは言え酷く炎症していた部位は赤みがそこそこ抜け、軽傷であった傷については傷口がある程度癒着、流血も収まっていた。


「主…いや、(ひじり)()()()()勝たなきゃお前は自由になれないんだろ?」


 死人のような顔色で、しかし確かに強い芯を感じる視線が聖に向いていた。

 

 真は初めて聖を下の名前で呼んだ。真なりの”巫山戯た話ではない”と言うアピールだ。

 今まで命がかかっていたとしても、多少なり巫山戯た態度を絶やさなかった真からの心底覚悟を感じる声に思わず聖は息を呑んだ。


 ”ここから”勝つ、その言葉が聖の心にズシリとのし掛かる。

 

 自分の手に残された手札はもう殆どない。最大火力は初戦で切らされ、他の符術も殆どがネタが割れている。真に関しても既に限界を超えているだろう。

 そして芦屋蘭丸も本気を出してしまった。自身の最大の武器である妖精魔術を十全に行使し、我々を確実に焼き尽くさんとする多頭火竜を、どうやって仕留めれば良いのだろうか。


 ”木”陣営の当主である母親も、(わたし)の勝利を望んでいない。一体、この戦いになんの意味があるのだろうか。


「…………」

 

 もう聖は何も答えられなかった。思考の堂々巡りだ。考えれば考えるほど、聖の顔は暗く曇っていく。

 

 そんな様子を見て真は少し悲しそうに微笑み、一転。真剣な眼差しで呼びかけるかのように言葉を続ける。

 

「――そっか。じゃあ()()()()()、使うぞ」


 その言葉にドクン、と聖の心臓が脈打つと同時に、嫌な記憶がフラッシュバックし悪寒が全身を駆ける。


 過去に一度だけ試験的に『切り札』を使った際には、真は両眼から血を垂れ流し、5分もしないうちに血の塊を吐き出して気絶した。大慌てで病院へ搬送された真の身体は、奇妙なことに規則性が一切なく全身の筋繊維や神経系が少しだけ破壊されていた。

 

 それはつまり、()()()()使()()()()ならば……と、聖はそれ以上考えたくなかった。

 

 そんな人の命を確実に削る『切り札』を、自らの意思で、目の前の式神は使うと言ったのだ。


 眼前の真は聖が詳しく見るまでもなく酷い火傷だ。多少回復はしたものの頰は炭化する寸前というほど焼け焦げ、左腕は皮膚が再生しかけているものの筋繊維が露出し、その傷口からは未だに血液が滲み出して地面の染みへと変わっていた。

 

 ある程度回復魔術で誤魔化しはしたものの、このまま治療しなければ半日以内には確実に死んでしまうと医療従事の経験がないものでもわかるほどの死に体。

 

 しかし目だけは死んでいない。

 その双眸は力強く、そして鋭く聖の両眼へと訴えかけていた。


「お前が救った命だろ?だったら…お前の自由のために、消費したって誰も文句は言わねえよ」

 

「…………違う。アンタは、誰でもないアンタだけは文句言っても許されるのよ!?いつもみたいに皮肉屋気取りで私を罵倒するなりしてもいいから……死に急ぐようなことをしないで!」

 

「んなことしてない…とは言えないよな。でも、ここから勝つにはさ、自分の命くらい賭けないと無理だと思うんだよね」

 

 真が言っているのは不動の事実である。このままでは勝てないことなど聖にわからない筈がない。

 しかし、散々今まで扱き使って、酷い怪我まで負わせたのにも関わらず今となって迷いが生じた自分なんかのために命を張ろうとする真に対して、もはや懇願するかのように聖は言葉を吐露する。

 

「アンタはっ……真は、私に…『()()()()()』っ()()()』っつってんのよ!?なんでそんなにっ…」

 

「それ以上は言うなよ…でも」

 

 

 ”なんでそんなに優しくできるの?”と、そう続く筈だった言葉は真によって止められた。

 

 

 人のことを想って涙を流してくれるような優しい女の子。ポロポロと涙を流す聖を見て、火傷の痛みよりも心の傷みが身に沁みた。

 

(やっぱり泣かないで欲しい。もう二度と、聖が悲しみで泣くことのないように…)


 思い起こすのは試合の前に、なぜか泣いてしまった聖。そして今も彼女は大粒の涙をポロポロと落涙させている。

 

 ――あの時にも願った『もう泣かないでほしい』という思いは既に叶っていないが、せめて次ことは守ってみせると改めて心に誓い、それが叶いますようにと祈りを込めて。


 拙い回復魔術によって表情筋が歪に癒着してしまった顔で微かな笑顔を作り、無理に笑って言葉をひねり出した。



「――――ホント、なんでだろうな?俺にもわかんねえや」


 

 そんな風に戯けながらも。

 聖にとって(おもり)でしかないこの感情(恋情)は、俺が死ぬまで隠し通してみせようと、真はもう一つ心に誓いを立てた。





戦闘書く前に聖の心情を書いた回を一回やりたいんですけど、書いていいですか?ダメだったらなんかコメントしてください。(感想乞食)


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