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絶望系女子

お久しぶりでございます、そして大変お待たせいたしました。(五体投地)

卒論の目処が立ったので、連載を再開させていただきます、よろしくお願いいたします。


 それは咄嗟の判断だった。

 

 彼にとって、聖の戦闘不能は敗北とイコールとなる。彼女が負ければ、彼女の今後の人生において未来は完全に閉ざされる。唯我独尊と言わんばかりの彼女は、一転してその生涯を永遠と暗い顔をして生きることとなる。


 (まこと)にとっても、そんな悲しい未来を許容できるだろうか。

 

(そうだ。何も迷う必要なんてない)

 

 ならば、()()()()()()()()だろう。

 

 空気を大きく吸い込むような動作――火炎ブレスの予備動作を目視した瞬間、真は瞬時に聖を突き飛ばす。

 このままであれば当然、コンクリートを焼き溶かすほどの高熱のブレスは周囲の空間ごと灼熱の地獄へ変えてしまう、既に回避できるほどの時間はない。

 だからこそ真はすぐさま聖に覆い被さり、ブレスの余波を一身に受けるという選択肢を選んだ。

 

 ここまで大凡1秒。その後、蘭丸の怒声のような号令。

 

 「――――焼き焦がせ、サラマンダーーーッッ!!!」 


 辺りは凄まじい極光に包まれ、数瞬後に業!劫!と耳を塞ぎたくなるような轟音。ジェットエンジンと見まごうほどの凄まじい熱量を内包した白いブレスが、聖と真を焼き尽くさんと放射された。

 

 「ッ、アっ…ぐ、があぅァッッ!!!」 


 「ッ!?アンタ、なにやってんのよ!!?」

 

 真に急に押し倒された形の聖は困惑交じりに怒鳴った。鼻先に掠めるのは肉が焦げる臭い、見ずとも真の背中が悲惨なことになっていることを悟る。

 直撃は辛うじて避けたが、ブレスの熱量は容赦無く空間を灼熱地獄へと変容させた。

 

 凄まじい熱量を持った熱線放射が、その()()()()で真の左半身を焦がしていく。ただでさえ爛れていた左半身に更なる激痛が走り、真は苦痛の声を上げる。

 その堪え難い激痛を和らげるために脳内物質が分泌されるが、しかしアドレナリンが吹き出して尚、吐き気を催すほどの激痛に真の視界は涙で歪んでいく。


 ブレスが放たれたのは一瞬、しかし真にとっては永劫に近い時間が流れた。

 背中越しに伝わるとてつもない熱量が途切れるのを覚えると、”聖を守る”という使命感のみで限界まで耐えていた真は、聖に覆い被さるように力無く斃れた。


「っ…ぁ…」


「シン!?ッ火傷が…」

 

 既に虫の息と化した真を見て、聖は思わず息を呑む。

 ブレスの余波によって真の左半身は完全に焼け爛れていた。特に背中側は火傷が酷く、所々が黒く変色し割れた皮膚の隙間から血が滲み出ている。呼吸も浅く、まさに”死に体”と言った様子に聖は冷や汗が止まらなくなった。

 

 「ほう、まだ息があるのか」

 

 「ッ、芦屋!」


 倒れ伏す真とその隣に座り込む聖に向けて、芦屋蘭丸はゆっくりと歩を進める。その表情には一切の油断はなく、刃のように鋭利な視線が両者を刺し貫いた。

 杖を片手に構え、背中にはサラマンダーが控える状況。明らかに有利な状況であっても慢心はカケラも見られない。


 「前の試合といい、先ほどといい……”木”陣営の逆転の一手は式神であるシンから始まっている。俺の勝利を盤石なものとするために、式神シン、お前を確実にっ!ここで仕留めるッッ!!」


 杖の石突で軽く地面を叩くと、蘭丸を中心として半径2mほどの赤い魔法陣が形成される。そこから吹き出る魔力はサラマンダーへと吸収されていく。大量の魔力(エサ)を得たサラマンダーは、目を大きく見開き咆哮を上げる。それは力が漲ったことへの歓喜の声。

 

「――Entstehung(強化)Salamander(サラマンデル)…轟業と豪炎を吹きあげる火の権化、力の本流、地が裂け吹き上げる熱き血潮は世界を創る」

「ッッ!!アャャオォン!!!!」

 

 突如としてサラマンダーの体表が()()()()()()()()()()()し焔が消えた。

 一見すると休眠したのかと思うような様子の現象は、しかし数秒後に全くの勘違いであると理解させられた。


 岩肌のように変色したサラマンダーの背中に亀裂が入り、その直後まるで活火山の如く亀裂からマグマが吹き上がった。どろりとした粘着質な溶岩がコンクリートを融解させ、それと同時に冷え固まっていく。

 

 そして亀裂は更に広がっていき、サラマンダーは岩肌…否、()()()を完全に脱ぎ捨てた。


 「嘘でしょ…」


 そう呟いたのは観客か、それとも聖か。


 少なくとも死に体の真と術者の蘭丸を除き、この場にいる全員が驚愕によって目を見開いているのは確かだろう。

 魔力を大量に注ぎ込まれたサラマンダーは二回り以上巨大化していたがしかし、そんなことは非常にどうでも良いような()()である。


geboren(産まれ) werden(落ちよ)

 

 

「「グギャャオォォォォンッッッ!!!!」」


 

 鼓膜を突き破るほど大きな咆哮が()()上がった。

 主人の大量の魔力を喰らった炎妖精、サラマンダーは多頭の竜という新たな姿を得たのだ。首元から頭がもう一つ生えたそれは、ギリシャ神話に登場する竜を想起させる。

 


「俺の持ちうる魔力の7割をコイツに注ぎ込んだ…名はそうだな、『多頭火竜サラマンデル・ヒュドラ』、お前の望む自由は神話の試練に等しい困難と()れ」


 そう名付けられたサラマンダー改め多頭火竜サラマンデルヒュードラが返事をするかのように唸る。5mを超えるほどの巨体と2つの頭、体の至る所から炎を吹き出している。炎は更に火力を増し鱗の色は光の如き白色となり、存在しているだけで周囲に陽炎を形成していた。

 

 「多頭火竜サラマンデル・ヒュドラ…!?」


 聖は露骨に気温が上がったことを肌に感じた。それはつまり、脱皮の如く殻を脱ぎ去ったサラマンダーは、先程と比較して更に凄まじい熱量を秘めていることを意味する。

 それを理解した瞬間、聖の背中はぐっしょりと濡れた。その汗は冷や汗か、はたまた気温が上がったからだろうか。どちらにしても状況は最悪としか言いようがない。

 

 その一方で蘭丸は、虫の息と化した真を守るように構える聖を見、愉悦を感じざるを得なかった。

彼女の頭の中では、今も自分を倒すための算段がされているのだろう。しかし、逆転の目(かのじょのしきがみ)は既に息も絶え絶え、そしてこちらは隠していた切札の一つを切った。


――しかし、まだ足りない、足らないんだ。


 下衆な笑い声でもあげそうなほどに、不気味なまでの笑みを浮かべる蘭丸に対して、聖が終始浮かべていた余裕綽々といった笑みはいつの間にか消えており、代わりにその額に深い皺が生まれていた。

 

 ゆっくりと、2人の距離は近づいていく。蘭丸が一歩進むたびにズシンと多頭火竜の重々しい歩みが大地を揺らす。

 5m 、4m、3m。不意にピタリと歩みが止まった。

 

 「最終勧告だ。土御門聖、負けを認めろ…このままではお前の大切な式神が死んでしまうぞ?」

 

 柔和な笑みで告げられたそれは、絶望的に優しい提案だった。


 しかし、聖からすればこの勧告の意味がわからなかった。なにせ先ほど蘭丸は確実な勝利のために”(シン)を仕留める”とすでに宣言しているのだ。

 今真を仕留めるのは非常に簡単なことだろう、なにせ真は既に死にかけている。サラマンダーがブレスなど吐かなくとも、比喩ではなく杖で数回殴打すれば死ぬ、それほどまでに弱り切っている。

 

「…仮に死んだとしても蘇生されるわ。そのための大規模儀式結界でしょ」


 一瞬の空白があったものの、聖は瞬時に反論する。


 これは残酷な反論だろう。真からすれば、少なくとも1回は死ねと言われているのと同義なのだから。

 しかし、この会場を覆い尽くす特殊な結界は死んだものを蘇生させることができる、だからこそ年若き魔術師たちは容赦なく他者に魔術を行使しているのだ。

 つまり、仮に真がこのまま死んだとしてもすぐさま蘇生が始まる。蘇生した真は試合に参加できないものの、最低限の命の保障はされている。

 

 聖はそういう認識だった、そして何より真にもそう伝えているし彼からも許可は得ていた、だからこそこんな残酷な返答ができたのだ。

 

 その聖からの反論を聞いた蘭丸は柔和を装った()()()()を解いた。無感情な能面じみた顔に戻った蘭丸は、しかし眼だけは聖へ向ける悦楽が透けて見えていた。

 

「そう、その通りだ…()()()()()でも起こらない限りな」


「ッッ!?」


 蘭丸が自身が纏うローブからとあるものを取り出した。取り出されたのは、()()()()()()()()(かんざし)

 そしてそれは、聖からすれば非常に見慣れた品。


 

 「それは……()()()()()…ッ!?」


 

 聖がそれを見間違えるわけがなかった。


 散り落ちる桜を漆塗りに描いたそれは、聖の母親にして”木”陣営の現当主、土御門櫻が日常的に使用している簪だ。

 熟練の職人によって作られたそれはオーダーメイドの品。加えて幾重にも重ねられた魔術的防御によって経年劣化、物理的保護がされていることを魔術師ならば理解できるだろう。

 

 この世に二つとないワンオフ品、その簪を他陣営である蘭丸が持っているという事態。

 そこから導き出されるのは――”この試合は土御門櫻による裏工作がされている”という最悪の事実だった。


(あ、んのクソ女ァァッッ!!)


 怒りによって脳が沸騰したかのような錯覚。自分の母親であるなど関係ない、聖は心の内で今し方完全に敵となった土御門櫻を口汚く罵った。

 そして、この状況でポーカーフェイスが出来るほど聖は器用ではない。露骨に怒りに歪んだ表情を見、蘭丸は煽り立てるように言葉を続けた。

 

「ふっ、陣営としての意思を統一していなかったお前が悪い。現当主にまで逆らって、一体お前は何を望んだ?」

 

「…自分の感情で、自分の意思で、何からも縛られない…生きる上での自由よッッ!誰だって持ってる、当たり前のものを望むのが、そんなに滑稽か!?」


 蘭丸の煽りを受けてなお、聖は自由に向かって吼える。

 しかし、その声には普段の聖には必ずあった”芯”がない。まるで迷子になってしまった子どものような、愚図ったような声色の叫びは、蘭丸の嘲笑を引き出すだった。

 

「ああ、滑稽だ!非常に滑稽で何より憐れだよ!!

 実の母さえお前の自由を望まないッ!持つべき才も持たず、親に望まれる役割も果たさないお前に、残されたのはせいぜい女としての価値だけだ!!」


 その言葉はまるで、今までの”土御門聖”という総てを否定されたようなものだった。

 

「煩いッ、黙れえ!!」


 だからこそ、聖は子どものような癇癪を返すことしかできない。

 

 蘭丸の嘲りを隠さない瞳を受けてもなお、心をぐちゃぐちゃに荒らされてもなお、聖は脳内で勝ちを追求する。

 

 (……落ち着け私、兎に角どうすればいいのかを思考しろ。蘭丸の口調からして、おそらくあのバカ親は真と結界の接続を絶った)


 それはあくまで予想。しかしこの状況で真を多頭火竜サラマンデル・ヒュドラの炎に晒すという選択肢を取れるほど、聖は非情にはなれなかった。

 

 となれば聖に求められるのは『真を守りながら蘭丸と多頭火竜を相手取る』こと。

 

 (私一人で戦ったとしてもサラマンダーと蘭丸を同時に相手するのは厳しいし、そもそも真を守りながら戦えるほどの技量は私にはない、でも勝たないといけない勝たないと私に全てを託してくれた真に義理が立たない、でもどうすればあのブレスを捌き切りながら蘭丸を倒してかつ真を守れる?守るんだ勝って守るでもどうやって?私にそれだけの場を整えるだけの機転を効かせたアイデアが出せるのか…でもやらないと、考えろ、思い付け、脳が焼けてもいいからなんでもいいから対策を、作戦を、アイデアをッッ!!)

 

 思考は加速する、されど答は出ない。

 浮かんだアイデアは検証するまでもなく”詰んだ”。思考はどんどんと悪循環の袋小路へと向かって進み、その度に心の底に諦めが顔を出す。

 

 思考を続けて10秒もしないうちに、聖の瞳からはハイライトが抜け落ち、目の端から雫が垂れ落ちる。

 

 「あ」

 

 無機質なコンクリートを濡らした自分の涙を見て聖は、人生の内で心の底から初めて思った、思ってしまった。


 

 ――――”()()()()()()()”、と。

 

 

 その瞬間、聖の中で心が折れた音がした。

 強張っていた身体はだらりと脱力し、涙を浮かべる顔は力なく諦めの笑みを浮かべる。

 

 (もういいかもしれない。それなりに頑張ったけど、誰も私の味方でないのなら、私の頑張りを誰も望まないのなら、私が尚立ち続ける理由なんて()()()()()()


 そうやって過去の自分を否定する度に涙が溢れ出る。完全な自暴自棄に陥った聖を蘭丸は愉しそうに眺めていた。

 

 「これが励ましになるかはわからないが『人生は諦めることも大切だ』と、そう先達者も言っているぞ?」

 

 優しくそう語りかける蘭丸は、あえて最も聖が聞きたくないであろう言葉を投げかける。

 

 聖が負けてしまったのも、想像よりも芦屋蘭丸という人間は搦め手も得意だったというだけの話だ。

 全てにおいて、自分たちの予想を上回っているような魔術師に勝てるはずもないんだ。


 これで、終わりなんだ。


 「…見る目がねえな、お前」


 「……なに?」

 

 聖の背後から、聴き慣れた声がした。幻聴だろうか、彼はひどい火傷で動けないはずなのだ。しかし、苦痛交じりに背後で誰かが立ち上がる。

 

 「こいつは勝気で、んでちょっとポンコツで……自由に馬鹿やってる位がちょうどいいんだよ…ッ!」

 

  ゆっくりとした歩みで、今度は真が聖を守るように蘭丸の前へと立ち塞がった。死体と言って差し支えないほど生気は抜けきって、瞳にはハイライトがない。 

 聖から見える真の背中は、出血こそ止まっているもののひどい火傷であるのに変わりない。


 一体何が真を動かしているのか、聖は理解できなかった。

 そして、それは蘭丸も同じ。

 

 「何故だ、何故動いている、式神!!?」

 

 蘭丸は驚愕を通り越して畏怖すら覚えた。自身の前に立ち塞がった式神はまるで幽霊のように輪郭すら朧げ、しかしおぼつかない視線とは裏腹にその瞳の内には憤怒が滾っている。

 

 蘭丸の焦りを含んだ問いかけに、真は態とらしくヘラヘラと答えた。

 

「奇跡とかじゃね?」


 

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