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負傷系男子

油断を断ち切った強者には、誰も勝てないんじゃないかな?



 強烈な電撃を空中で喰らった蘭丸は、気絶してしまったのか飛行のためのジェット噴射が搔き消え、地面へと落下し、どさりと生々しい音が辺りに響いた。

 その様子を見た真は少し眉をひそめながら聖の方へと駆け寄って行く。

 

「…存外上手くいったな」


「順調すぎて私もちょっとビビってるわ」

 

 真が事前に立てていた作戦は、『とにかくサラマンダーを使われる前に蘭丸を行動不能にする』というもの。蘭丸と対峙する者であれば誰でも立てる作戦ではあるが、真が立てた詳細な作戦は兎に角大雑把なものだった。

 

 また、真っ先に真が狙われたという大ハプニングこそあったが、それを真は作戦に組み込んで裏で機を伺っていた。”雷上動(らいじょうどう)”は溜めた電気を解放する機能があるが、たった一回の出しきりではない。飛行中に電撃を喰らったのは真の怪我の状況や”雷上動”の仕様を勘違いした蘭丸のミスでもあるだろう。

 

「『”空を飛ばせること”。飛んでる間に撃ち落とせば()()()()()()()()()()()()()()()』ねえ。大雑把だけどアンタなら割と簡単に不意を衝けるし妥当な策ではあったわね……ところで火傷は平気なの?」


「正直言って相当ガタが来てる。俺、じゃなくて儂はもう戦えないと思ってくれた方がいい……んだけど」

 

 コンクリートへと勢いよく落下した蘭丸へと視線を向けるが、地面に衝突する際に撃ち放った電撃の余波もあってか砂塵が舞っていて蘭丸を視認できない。加えて、2人同時に嫌な予感を覚えていた。

 

「…これで終わるとは思えねえな」


「私も同感」

 

 本気すら出していない芦屋蘭丸が、最強と呼ばれた芦屋蘭丸がこの程度で負けるはずはないと聖は考えており、真は真で聖曰くラスボスである芦屋蘭丸という人間には、RPGゲームでいうなら第二形態があって当然だと考えていた。だからこそ二人は慢心などできない。勝利の余韻にも浸らない。


 そもそも、この時点で蘭丸が死亡していたとすれば自動的に蘇生の魔術が発動してとっくに試合終了が告げられているはずなのだ。つまり、この()()は最悪の想定などではなく事実である、そう理解せざるを得ない。

 

 数秒か、十数秒か、はたまた何分も経ったのだろうか。緊張から来る感覚的時間の遅延が時の感覚を狂わせる。

 

 不意に聖は、頬を伝う汗が緊張から垂れるものではなく、周囲の気温が何度か跳ね上がったと感覚的に理解した瞬間、唐突に風が吹いた。

 いや、それは風などではなく熱気だった。サウナを思わせるような熱気に、聖と真は()()の意味で顔を顰めた。土煙を晴らしていく熱気の中心、その先には男の影が揺らめいていた。

 

「ふふっ……あっはっはっは!!全身が痛いな…だが、これは手を抜いた俺が全面的に悪い」


「…勢いよく頭でも打った?」

 

 能面の如き表情とはなんだったのだろうか。まるで人が変わったかのような、蘭丸の満面の笑みと笑い声が会場に響き渡る。そのあまりの変わり様に、聖はツッコミを入れざるを得なかった。

 

「勢いよく打ったが?」


「え、ええ〜……」

 

 小首をかしげてそう宣う蘭丸に思わず変な声が漏れる真。この男、意外とノリがいい。本当にさっきまでの能面と同一人物なのだろうかと真は訝しんだ。

 もしや奥の手でも使ったのだろうかと、真は聖の背後へと下がり小声で尋ねる。

 

「なんか憑依とか、そういう魔術ってあったりすんの?」


「……あるにはあるけど、術式体系的に蘭丸が得意とするものではないわね」


 神降ろしや霊体の憑依などは確かに魔術として存在しているが、それらの術式を行使するのは女性が非常に多い。それは日本において、古代から荒御魂を鎮めるために神を降ろしていたのが(かんなぎ)であり、時代が下ってもなお巫女(みこ)としてカタチを残しているからだとされている。

 

 つまるところ神降ろしなどの技術は、男性である蘭丸とは相性が頗る悪い。

 

「……俺は強い、大抵の魔術師は正面からねじ伏せられるだけの力がある。だからと言ってこの力に溺れたことはない。俺がいつも自分の力をセーブして戦っているのは、他の陣営、そして何より俺に付いてきてくれている”火”陣営に”強い自分”を魅せるためだ。

 何より、力の底が見えてしまえば対峙する者は常にそれを図りとして俺を値踏みできる。だからこそ……底の見えないことこそ、力の本質だ」


「うわっ、なんか自分語り始めたな、こいつな」

 

 爛々と瞳を輝かせながら演説を始めた蘭丸に対して、冷めた声色で次は真がツッコミを入れる。しかしそんなことは御構い無しに蘭丸は言葉を続けた。

 

()()()()、だから油断した!『底知れぬ』とは人によって自由に距離を測ってよいということに他ならなかった!圧倒的力を誇示したとしても、蛮勇を振りかざす者からすればなんの意味もない情報でしかなかった!!それを、今の今日まで俺は全くない理解できていなかった!!」


 「話が長いッッ、さっさと倒れろっ!」

 

 次第に感情が荒げていく演説に飽き飽きした聖がトドメをささんと符を投擲する。


 

 しかし、その符は発動すらせず――()()()()()()()()()()()



「ッ!?」


「――初めて…………そう、生まれて初めてだ。()()()()()()()()()()。もう油断などしないッッ!!」


 それはまるで能楽で仮面を変えたかの様に、笑顔は一瞬で敵意を剥き出しにした表情へと変貌する。そして荒ぶり昂ぶる感情の写し鏡かの如く、蘭丸の周囲から大量の炎が勢いよく吹き出した。

 彼の瞳の様に爛々と輝く炎は、次第にカタチを得て巨大なトカゲへと変貌していく。其の身全てに業火を纏いし巨大な蜥蜴、それは蘭丸が若手最強と呼ばれる所以である精霊、”サラマンダー”。


 「サラマンダー……焼き殺せ」


 「ッ、真!横に飛びなさいッッ!!!」

 

 思わず”式神”という設定を忘れ本名を呼んでしまうほどの焦りを見せた聖の、咄嗟の指示に一瞬惚けたものの、真は聖に言われるがまま素早く横へ飛び退く。

 視線の先ではサラマンダーの口元で炎が収縮していき、すぐさま先ほど聖が放った『蒲公英』など比べ物にならないほどの極光が輝いた。


「…ッッッッ!??」

 

 其の凄まじい熱量と光輝は、会場に小さな太陽が顕現したのかと錯覚させるには十分だった。

 凄まじい光、それに遅れて空気を撃つのは耳を劈く爆音。

  

 真の白く染まった視界から一転し、景色がコロコロと二転三転する。

 数秒もしないうちに、これは()()()()()()()()()()()()()()()()()と気付くのも既に遅い。


 気付けば真は、凄まじい爆発と共に数メートルもの距離へ吹き飛ばされていた。


(っ、何が起こった……俺は何をされたッ!?)

 

 反射的に左半身を庇いはしたものの、火傷で元々脆くなっていた皮膚は裂け血が流れ出ている。しかし、その痛みすら感じないほどに真は混乱していた。

 脳裏に浮かぶ大量の”WHY(なぜ)”。光に埋め尽くされた視界では脳に送られた視覚情報があまりにも少なく、真の理解が追いついていない。

 

(地面が一直線に熱で焼けてる…ってことは口の光球はサラマンダーのブレスの前兆かよ!?)

 

 情報を精査するために視線をサラマンダーへと向けると、サラマンダーの正面から直線にコンクリートが熱で溶けおり、白色化し熱を帯びていた。先ほどから鼻先を掠める嗅いだこともないこの奇妙な匂いが、コンクリートが焼き切られた匂いであると気付くと同時。

 

「バカ、固まってたら狙われるわよ!」


「その通りだ、隙だらけだぞ!!」


 聖の怒声によって混乱していた意識を戦場へと戻すと、眩い光でその身を隠していたのか、既に蘭丸が掌から炎を吹き出し接近を開始していた。そしてある程度加速をつけた蘭丸は左手のジェットだけを消し、右手のジェット噴射の勢いのみで接近する。

 空中でジェットを片方だけにすることで右に大きく回転し、さながら独楽のように高速回転。呆然とした様子の真めがけて回転分威力を増した右脚を振り抜いた。


 (拙ッ!!?)


 このまま左半身へとダメージが蓄積すれば自分は完全に再起不能、それだけは避けなければならない、 と咄嗟に判断した真は、蹴りの予想進路から逃れるために強引に地面を蹴り強引に後方へと転がる。間一髪、鼻の頭スレスレを脚が掠めた。

 回転のエネルギーを殺すために逆噴射しながら数メートルほど先に着地した蘭丸は、しかし真めがけて攻撃の手を緩めない。


「木っ端式神風情が、いい反射神経をしているなァッ!」


 殺意すら感じる双眸で真を睨みつけ、凶悪な表情で吠える蘭丸。

 地面を杖で数回叩くと赤い魔法陣が蘭丸を中心として描かれた。その色は聖の魔力光とは異なり、轟々と燃える炎を連想させるような色彩、次に来る攻撃が炎を用いた遠距離攻撃だと悟るには十分だろう。

 

 初めて向けられた()()()()()()()に冷や汗をかきつつも、攻撃が予想できるのならば移動しなければならない。

 そう判断した真が立ち上がろうとした、その時だった。

 

 「躱、が、ぐうッッ〜〜ッッ!!?」

 

 足が動かない。厳密には動かそうとした瞬間に堪え難いほどの激痛が真を襲った。

 

 視線を痛みを感じる左の足首へと向けると、足首から先が完全にあらぬ方向へ曲がっていた。素人目でもわかるほど酷い骨折と、それから来る激痛に真は胃の中の物を吐きだしそうになる。

 

 「まこっ、シン!!やらせる、かあァァっ!!!」

 

 今度は口を滑らせなかった聖。サラマンダーへと牽制の攻撃を仕掛けていた聖が、真の異変に咄嗟に気付くと数枚の符をポーチから抜き取り蘭丸へ向かって投擲する。

 先ほど空中で符を燃やされたことへの対策なのか、ある程度の所で術式が解放され、紅の雷撃がまるで大木の枝のように別れて蘭丸を焼き焦がさんと迫る。


 蘭丸は軽く舌打ちをすると、構築していた術式を放棄し後方へ飛び退きながら結界を展開する。数瞬後、先ほどまで蘭丸が立っていた位置へと雷撃が迸り魔方陣ごと破壊する。その余波である雷枝の一部が蘭丸の結界を打ち鳴らした。

 

 その隙に聖は地面へと煙玉を叩きつけ煙幕を張る。そして素早く気配遮断の符を自分と真へと貼り付け、担ぎ上げると戦線から一時離脱した。


「煙幕など焚いた所で…ッ、居ない!?」


「……この様子なら3分は持つわね」

 

 煙幕ごと炎で焼き払った蘭丸は、その場から2人が消えたことに一瞬混乱するも、即座に探索術式を起動する。

 しかし、明らかに焦燥した様子を見、蘭丸の探索術式を擦り抜けたことに安堵しつつ真の足首を確認する。そしてそのあまりの惨状に流石の聖の泣きそうな顔で真の顔を覗き込んだ。


「……っ!!、アンタその足首」


「何泣きそうな顔してんだよ、こんくらい百目鬼(どどめき)の時だって、ッッ〜〜!!」


「こんの馬鹿!これ以上動いたら、二度と歩けなくなるかもしれないわよっ!?」

 

 強引に立ち上がって戦闘続行しようとする真に対して、優しさからくる怒声を浴びせる聖。真は蒼白を通り越して土気色にすら見える顔色で反論した。


「…………俺の足より、お前の人生優先しろよ。お前が負けたら俺も仲良く監禁生活だと?ふざけやがって……誰が()()と一緒に監禁なんてされてやっかよ!!それだったら…ここで勝って二度と歩けなくなった方がマシだ!!」


 にいっと強引に笑顔を作る真、その顔色は非常に悪いが気概は十分に見える。しかし、空元気であるということは聖にも容易に理解できた。追い詰められた人間ほど本性を表すという。しかし、真の言葉にはこんな大会に巻き込んだことの恨み節どころか、聖への配慮すら感じられた。

 

 ―――激痛に喘ぎながらも無理に笑顔を作ったのも、(ひじり)のためなのだろう。

 

「〜〜〜ッッ!……わかった、わかったわよ、じゃあさっさと臨戦体制っ!」

 

 それを理解した瞬間、顔が急に暑くなったのを自覚した聖は、真から顔が見えないように俯きながら肩を貸し、矢継ぎ早に言葉を発した。

 しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()に聖は未だ気付けていなかった。

 

「――――見つけたぞ」


「!?」


 能面とは二度と呼べないほどに、狂気的な光を瞳に宿した蘭丸の両目が明らかに2人を捉えていた。煙幕を張ってからの経過時間は2分も経っていない、符の効果も持続しているのにも関わらず明らかに聖の予想よりも早い発見に聖は冷や汗が止まらなくなる。

 

「複数の探索系術式を重ねて使ってみたら、ある一箇所だけ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。魔力も気配も、物質にだって多少なりとも存在するものが欠如している…隠しすぎってのも露骨だ、そこに”何かがある”と言っているようなものなのだから、なあ?」


(予想よりも早い、早すぎる?!)

 

 サラマンダーの巨体が”何もない空間”へと方向を向けた。その口元には、既に太陽の如き眩い光が宿っている。それは凄まじい熱量を内包し、周囲の空間を熱によって歪曲させ奇妙な蜃気楼を写し出す程。

 

 蘭丸は大きく息を吸い込み、腹の底から大きな声で吠えた。


「――――焼き焦がせっ、サラマンダーーーッッ!!!」 


 光に遅れてジェットエンジンかの如き轟音。

 凄まじい熱量を内包した白いブレスが、聖と真を焼き尽くさんと放射された。


 

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