偽装系女子
卒論が終わらないので、当分ペースが著しく落ちます。
「――さっさと本気出したら?」
「っっ〜〜〜!!」
聖の挑発によって蘭丸の表情が歪んだ。
しかしそれはほんの一瞬。わずかな感情の発露の後、再び無表情に戻った蘭丸は少し苦しそうな口調で言葉を発する。
「…本気を出していないことを否定はしない、認めよう。少しお前を見誤っていた」
(へえ……)
その言葉に聖は内心関心と驚愕の声を上げずにはいられなかった。
聖の知る蘭丸は、少なくとも人に対して謝罪をするような男ではない。理由は単純で、彼の”次期党首”という立場が人に謝罪することを許さないからだ。加えて彼は聖の世代において最強の魔術師である。
見栄えの良い複雑怪奇な理念こそ掲げられているが、結局のところ魔術師の世界は『力こそ全て』である。同年代のその他大勢の塵芥に対して、恵まれた妖精術師としての才能に加え優秀な血筋と、まさに天に二物を与えられた彼はナチュラルに見下す癖がある。
両者の物理的距離は未だ縮まらず、互いが互いに攻めあぐねている状況。蘭丸は両腕のエンチャント効果が途切れたのを再び展開する時間を、聖はホルダーに収納している符を取り出す時間を見計らうため。
互いに互いを仕留めるために。そういった殺伐とした空気の中、世話話のように会話が続けられた。
「どうせなら鎌鼬の一件も謝罪の一つや二つ、入れて欲しいモノなんだけど?」
「それは知ったことではないな。あの程度の妖怪に殺されるならそれまでだ」
「報連相もできねえのか」と暗に非難する聖に対して、蘭丸は酷く当然のようにそう言い切った。
聖と真が苦戦しながらも調伏した鎌鼬は、元はと言えば蘭丸が取り逃がした妖怪である。本来であれば三位一体である鎌鼬のうち2匹を取り逃がしたことを報告すべきであるが、彼は協会に対して「鎌鼬を取り逃した」とだけ報告した。
理由は単純である。自らにとって鎌鼬がそれほど脅威でないからだ。彼にとって大した獲物ではない鎌鼬に殺されるような術者は弱すぎる、そう自分で判断し、身勝手に選別を行った。
強いからこその傲慢と他人に求めるハードルの高さ。
報告の誤解によって聖は過去に鎌鼬によって殺害されかけた上に、一般人である真を魔術師の世界に引き摺り込んでしまう羽目となった。言い換えれば、真が今までに妖怪関係で死にかけたり危機に陥ったのは元を辿ればこの”芦屋蘭丸”の驕りのせいである。
「勝手な言い分をッ…組織に所属している以上、ルールは遵守されなければならないと思うのだけど?」
「ルールは遵守している。俺は確かに『鎌鼬を取り逃した』と報告した」
言葉足らずも良いところな返答を聞きながら、聖は巫女服の袖部分に仕込んだ符を蘭丸からは見えないように握り込む。ヒリついた空気感が聖の柔肌を刺し冷や汗がとめどなく流れていく。
「こンの能面男…減らず口ばかり叩きやがってからに」
聖の形の整った顎のラインをつつ、と汗が滴っていく。いつでも行動を起こせるように中腰の前傾姿勢、手には不意を衝いていつでも術を展開できるように握り込まれた術式符。
これぞ達人の間合いというやつなのだろう。両者ともお互いの有利不利となる距離感を理解しているからこそ動けない。
不意に、顎の先に溜まっていた汗の水滴が、自重に耐えきれず地面へと垂れ落ちて行く。その落ちていく汗の雫にほんの一瞬だけ蘭丸は意識を取られた。
そうまさに、その滴った汗がコンクリートを撃った瞬間である。
「今っ!」
「っ、迎撃する」
一瞬だけ切れた視線を隙と判断した聖が、文字通り袖の下に隠していた攻撃術式符と投擲する。しかし、蘭丸も軽く杖をふるい瞬時に小型の炎弾を数個生成し、符を焼き尽くさんと弾を発射する。
「予定変更…爆ぜろ『蒲公英』ッ!」
「…視界を封じたか」
炎弾によって術式が不発になることを恐れ、聖は術の直撃を諦め即座に術式を起動した。本来であれば広範囲に広い爆発を発生させる『蒲公英』が、爆音と眩い閃光を放ちながら両者の中間地点で爆ぜる。
僅かな隙を突かれた蘭丸はさながら制圧用の閃光弾の如しその光を直に喰らい視界が白色に染まりかえる。そして、この不意打ちによってできた大きな隙を逃すほど、聖は勝負に鈍感ではない。
「…攻撃術式符、紅種…『彼岸花』!」
素早くホルダーから抜き取られた符は、そのままの勢いで宙を飛び目を晦ましている蘭丸へと飛翔する。
視覚は封じられたが奇跡的に聴覚保護の間に合った蘭丸は、聖の術式宣言によって得られた情報を脳内で素早く精査していた。
(…『彼岸花』。術式の起動と共に符を中心に無数の雷撃が四方へ迸る高火力な術式、ただし術の影響範囲は狭い)
脳裏に思い出すは過去に使用された『彼岸花』の影響範囲と破壊力。今このまま動かなかった場合、自分の敗北は必至。そう判断するまでのこの間僅かコンマ数秒。視界は未だ白色一色だが、回避しなければ負ける以上蘭丸は移動以外の選択肢を取ることは出来なかった。
そこからは最早反射の域であった。蘭丸は腰のホルスターに杖をしまいながら背後に向かって勢いよく跳ね上がり、両手両足から火炎を放射する。視界不良だとしても過去に積み上げてきた経験を頼りに、巧みに飛翔し素早く術式の影響範囲から離れようとした。
――その時だった。
その様子を見て、巫女は発色の良いルージュの唇で笑顔を作りぼそり、と呟く。
「――そうよね、良くも悪くも貴方は素直だもの」
美しい笑顔のまま、空を飛翔する蚊蜻蛉を一瞥する。
彼曰く、そして全ての魔術師曰く『強い方が正義』。
であるのならば、ここで勝てば私の方が正義だ。
「私はね、アンタが空に飛び立つのを待っていた。
空中で縦横無尽に動けるというのは確かに大きなメリット、アンタ以外の五大家の誰もが2次元的な移動しかできないのに対して、アンタは飛行することによって3次元的な移動が可能…妖精魔術も含めて、文字通り次元の違う強さがアンタにはある」
投擲した符が一生激しく赤いスパークを滾らせる。それは、これから致命の一撃を放つことを喜んでいるかのように、そして術者の強い意思を反映しているかのようにも見える。
――そして、”ふわり”と優しい風が蘭丸の頬を撫でた、気がした。
「……威力の代わりに術式の影響範囲を捨てた『彼岸花』を、アンタみたいに飛び回れるやつに使うわけないでしょ?」
「っ!?」
空中でだいぶん世界の輪郭を取り戻しつつある蘭丸に向かって、嘲笑うかのように聖は声をかけた。
そしてそれは、先ほどの術式宣言が全くの嘘であることを意味しており、蘭丸はそこでようやく、自分が完全に釣られたのだと理解した。
「吹き荒べッ!攻性術式符、紅種『牡丹壱華』ッッ!!」
術式名が詠唱されると同時、符はその姿を瞬時に変え、試合会場に熟れた果実かの如く真っ赤に咲き誇る、3m以上もあるアネモネの大輪が出現した。
息をのむほど美しいその花に目を奪われていた観客たちは、しかしすぐにそれが美しい花などではないと理解することになる。
大輪が咲き誇るとすぐに、地下に作られたはずの会場内は台風の如き暴風圏へと姿を変えた。目を凝らせば、その花弁の一つ一つは高圧縮された無数の風の刃からなる凶器。聖の魔力によって赤く染まった暴風は、風に呑まれた憐れな羽虫を呑み込まんとする。
『牡丹壱華』。
妖獣鎌鼬を死の淵へと追い込んだ凶悪な術式であり、聖が扱えるもう一つの属性”風”の、最強術式にさらに強化を加えた強化版術式。
豪風による余波から分かるように、術式の影響範囲は『彼岸花』を優に超え、何よりも術が吹き起こす風は視覚を奪われたまま空を飛んでいる蘭丸にとってクリティカルだった。
唐突に花弁に擬態した無数の刃が花吹雪のように宙を舞う。華が散りゆく様は美しく、しかしそれは大量の風の刃が無差別に襲いかかってくることを意味している。
「っぐァ!!?」
蘭丸の視界がクリアになったときには既に全てが遅かった。赤い風の刃が規則性などなく間髪入れず飛来し、蘭丸の身体を切り刻んでいく。飛んでいるからこそ、360度全ての方向から絶え間無く襲ってくる刃を回避することなど到底出来ない。
空中機動という利点を完全に逆手に取られた蘭丸は、毎瞬皮膚を削がれる痛みに苦しみながら、辛うじて思考を保つ。
(ッッっ〜〜!?痛みがッ、兎に角物理結界を展開しなければッ、これ以上のダメージは……体が保たない、が、だが…)
”火”の魔術なら兎も角、得意分野でもない術を発動させるには杖を持ち魔力を安定させなければ術が不発になる恐れがある。今のようにどんどんダメージが蓄積されている中で使うなら尚更であった。
しかし、杖を持つことによって片手が塞がれば空中での姿勢制御が滞ることになる。それは最悪落下の危機すらあるということであり、落下すればさらなるダメージは避けられないであろう。
「ッッ…負けない。俺は負けられない。ここから勝つためには…ッッ!!」
一瞬戸惑うが、背に腹は変えられないと右手のジェット噴射を止めホルスターから杖を引き抜く。姿勢制御用の噴射が片方消えたことにより、僅かながら回避できていた風の刃をも全て喰らいながら結界用の術式を構成、発動させんと杖へ魔力を送り込んんだ。
「…物理結界ッ、展か」
「――ところでお主、この戦場にはもう一人いることを忘れておらんかね」
全身の産毛が総立つ。そのどこか飄々とした男の声が耳に届くと蘭丸は自身の致命的なミスを悟った。
「ッ!!?”木”陣営…どこまで作戦だった!?俺はどこから嵌められていたッッ!!!」
「轟け『雷上動』ッッ!」
未だかつて誰も見たことがないほど焦燥した表情で蘭丸が叫ぶ。
蘭丸のすぐ真下、左の顔に大きく火傷を負った真が右腕を真上へ突き立てると、鋭い雷撃が空へと登り姿勢制御を失った蘭丸を貫いた。
「━━━あ?最初からに決まってんだろ。ご丁寧に手を抜いた上に油断してくれてありがとさん、お陰で簡単に嵌められたよ」
数秒前の蘭丸の絶叫へ回答が帰ってくる。
左の頬を中心に痛々しい外見となった真の、その外見とは裏腹に軽い口調でそう呟いた言葉は、蘭丸の耳に届くか届かなかったのか。
それは兎も角として。
芦屋蘭丸は完全に気を失い、痛々しい音と共に勢いよく地面へと落下したのだった。
蘭丸くんは相手の力量を測って、その力量に対して確実に勝てるように立ち回ります。
だからこそ、元々最弱であり真の加入で不確定要素が多くなった”木”陣営の力量を大きく見誤り、万全の力を出す前に撃墜されてしまったんですね。
…まあ、これで終わるほど最強が弱いのかという疑問はありますが、ね?
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