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発破系女子

箸休めではないですけど、戦う前に『どうして戦うのか』を確認し直す回です。

次回から血湧き肉躍って血で血を洗う大大沼試合が始まります。


 狂気に熱が篭って『熱狂』という言葉が生まれた。まさにその熱狂を体現したかのように会場は凄まじい熱量を含んでいた。

 優勝の可能性へと駒を進めることができた各陣営所属の術者たちは、自身の喉が枯れるほどの大きな声で声援を送り、惜しくも敗れた陣営も政治的判断や決勝の選手の容姿、そういった各々の心情から声援を飛ばしていた。

 

 まさに興奮の坩堝、その中心。”死”を肩代わりする結界の中心で2人の男女が相見えている。

 

 片やスポーツマンの軽装のような服装の青年。短く刈り上げられた髪型に少し童顔で可愛らしさを感じる顔立ちは十分「格好いい」と表現できる。


 こちらも同じく少し目元が吊り上がってはいるが、感情を感じない硬い表情から、気が強そうというよりは『頑固』という印象の方が強いだろう。若干の幼さに何処か百獣の王のような凶暴さ、それを『頑固』という殻が覆っていた。

 先の試合では装備していなかった各関節のプロテクターが、最弱の陣営と嘲笑を受けていた”木”陣営であっても全力を以って対峙するという意思を反映していた。


 片やミニスカートに改造された巫女服を着た少女。

 肩下まで伸びた艶やかな黒髪と整った容姿に、少し吊り上がった目元も相まって気の強そうな様子が伺える。

 

この大舞台、そしてこの勝敗によって左右される運命。過積載と言われても否定できないそれらを背負っているはずの彼女は、しかし非常に自然な立ち振舞いには一切の緊張を感じられない。

 

 青年――芦屋蘭丸は問う。 


 「お前では勝てない、諦めろ」


 少女――土御門聖は答える。

 

「私はね、勝てない勝負はしない主義なのよ。アンタを叩きのめすための作戦の1つや2つあるに決まってるでしょ?」


 蘭丸から突きつけられる刃のような言葉は、しかし彼女がいつも口にする確固たる信条によって弾かれる。


 聖のその発言にはブラフや分の悪い賭けなどではない、そこには確かな自信が感じられた。しかし、それは彼女が無知で無謀だからだと蘭丸は呆れた声で言葉を返す。

 

 「勝てる道理などないだろう。『木生火』、これ即ち五行の基礎。未だ陰陽術に縋っているお前が忘れてどうするんだ」


 しかし、こればかりは。

 蘭丸の言葉は聖にとって、どうしようもなく正論であった。

 


 ――土御門聖は、西洋魔術の才能が全くない。



 東洋魔術の有り余るほどの才能を持ちながら、西洋魔術の才能が小指の先ほどもない少女が生まれた。曰く「生まれる時代を間違えた」、曰く「一族の最高傑作」、後者は間違いなく皮肉であろう。

 今の日本魔術情勢において西洋魔術よりも発生が遅く、準備が必要な符術や陰陽術に代表される東洋魔術は時代遅れも甚だしい。


 だからこそ、陰陽思想に基づいた術式を行使する聖にとって蘭丸の行使する”火”の魔術は脅威以外の何者でもないのだ。

 陰陽道における五行思想において”木”は”火”と相生の関係にある。相生とは言わばタイプ相性、木は火によって燃えて灰と化す。これは自然の摂理であり、それゆえに聖の行使する”木”の陰陽術は蘭丸の”火”に対して滅法不利である。


 どれほど足掻いたとしても、彼女が振るう術式は自分の放つ焰に焼き焦がされるだろう。対峙した妖怪共を悉く焼き焦がした紅雷であっても、並み居る強敵を切り裂いて勝利に貢献した風であっても、それが『木』の術式であるという事実からは逃れなれない。

 彼女はこの試合で勝利を得ることは天地がひっくり返ったとしてもあり得ない。 


「土御門聖、『棄権』しろ」

「っ…………」

「お前の立場上、棄権し難いというのも理解はできる。しかし、無謀な戦いに挑むことは蛮勇も良いところだろう」

 

 聞いた話によれば、この試合に負けた時点で土御門聖は今大会の勝者、つまり”自分(らんまる)”と婚姻関係を結ぶらしい、と聖へと正論をぶつけながら頭の端で思い出す。

 それは政治的判断としても間違っていないだろう。”土”陣営による”金”陣営の迎合から始まった陣営バランスの崩壊と、それによる魔術師の権謀術数による闇の闘争は今日を以って終わらせるべきなのである。


(俺としても、別に土御門聖は嫌いではない)

 

 彼の目からしても聖という”女性”は非常に可愛らしい。

 愛のある結婚などが魔術師に、特に陣営を背負うものにできる筈はなく、であれば、容姿端麗なだけでもマシだろう。自分の容姿に関しても、聞いた話によればそれなりに整っているということだ。彼女もブ男と結ばれるよりかは、まだ心に余裕が生まれるのではないだろうか。

 

 そんなことを頭の隅におきながら、心ない言葉で聖を突き刺した。

 

 とはいえ、この状況はすでに八方塞がりであると、蘭丸は聖を内心では哀れにすら思ってもいる。


 

 「……そうね、()()()()()?」


 

 だからこそ、聖のその返答には蘭丸は目を丸くせざるを得なかった。


「だからなに……だと?相性補完を理解しているのならば勝てる筈のない戦いだと言っているのだが、それがなぜわからない?!」


 不敵な笑みで返答する聖に、先ほどまで能面のように表情が抜けていた蘭丸の顔に驚愕と困惑が浮き出る。語気を荒げて疑問を投げかける蘭丸に対して、聖は大きくため息を吐き、そして凄まじい形相で睨みつける。

 

「――何度も言わせるな、私は”勝てる算段がある”から此処に立っている。あまり私を侮るなよ、精霊術師」

「…………そうか、言ってわからないのであれば、()()()()()()()()()()までだ」


 特殊な結界が張り巡らされたこの空間において、死は一度だけ無効化される。つまり、裏を返せば一度の殺害は許容されているということだ。そして何よりルール上『術者は死んだ時点で敗北』として取り扱われる。

 

 蘭丸の能面のように頑なな表情筋が微かに歪む。この試合開始前のこの会話で、蘭丸の薄い闘志にかすかな炎を揺らめかせただろう。

 それが、彼女(ひじり)の背後でほくそ笑む仮面の少年の策略とも知らずに。



 

 

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