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本心系男子

恋情:異性を恋い慕うこころ。恋ごころ。


 

「勝負あり!勝者、”火”陣営、芦屋蘭丸ッ!!!」

 

 審判の宣言と同時に”火”陣営からは歓声、対局的に”土”陣営からは悲鳴が上がる。

 

 突如出現した火を纏う巨大な蜥蜴、サラマンダー。その口から吐き出された業火に焼き払われた雷同は黒い炭の塊と化し、その数秒後に蘇生術式が発動したことで傷ひとつない姿へと戻ることができた。


 とは言え、一度炭の塊になるほどの高熱で焼かれたためか、はたまた敗北によるショックか。

 完全に心神喪失状態となった雷同は救護班に担架で運搬され、その出番を終えた。


 そして”木”陣営代表テント、その中で1人。先の戦いの様子に空いた口が塞がらない式神がいた。当然、”木”陣営の使いっ走り(シキガミ)こと浅田真である。

 

「…なにあれ」


「あれが火の妖精、”サラマンダー”。蘭丸が妖精術師として名代である所以ね。近づくだけで皮膚が焼け爛れるほど熱いから、あの妖精が出てきたなら接近戦はやめたほうがいいわよ」 


 近づくだけで皮膚が爛れるほどの熱量、少なくとも今まで経験してきたどの熱よりも温度は上。近接戦を想定する真の戦闘スタイルとは致命的に相性が悪いと言う事実に、真は露骨に嫌な顔をした。

 とは言え、先の戦いで得た情報アドバンテージは想像よりも大きいと真は考える。

 

「でも蘭丸って奴、わかりやすく悪癖があるな」


「浅田参謀。というと?」


 唐突に始まった寸劇に怪訝な表情をしながらも、真は先ほどの戦いの中で見えた蘭丸の"悪癖"について聖に説明する。

 

「なんだよそのノリは…試合を見てて思ったのは、芦屋蘭丸は『良くも悪くも効率主義』だってことだよ」


「…効率主義?まあ確かに、術を最小限度の使用で抑えている感じはあったけれど」


 2人が脳裏で思い出すのは初撃。

 試合開始直後に打ち込まれた強烈で広範囲にわたる大爆撃と、落とし穴に落ちた時の強烈な火炎放射、そして最後の大技”サラマンダー”の召喚。しかし、それらと真の言う効率主義という言葉に聖はイマイチ親和性を感じない。


「私はどっちかと言えば、相手を舐めてるようにしか思えなかったんだけど?やろうと思えば最初から”サラマンダー”を出せるんだから」


「確かに側から見れば舐めプみたいに見えるんだろうが多分違う。どっちかと言えば、自分の”労力”と”魔力の消費”の採算が取れなくなるラインを決めていて、それを超えかねない事態になったら術の使用制限を解除してるんだよ」


「で、参謀。その根拠は?」


 謎のノリを引きづる聖に対してやはり怪訝な表情を作る真であるが、土御門聖という人間が意外と面白みのある人であることを知っている真は、若干呆れながらも自身の推測の確固たる根拠を示す。


「だからなんなんだよそのノリは……根拠っていうか、試合開始直後にいきなり広範囲殲滅でトドメを刺そうとしたのは、まさに『これ以上自分の手の内を明かすこと』と相手の力量を見定めることを天秤にかけた最適解的行動だと思ったんだよ……ただ」


「ただ?」


「俺の推定通り、あいつが所謂効率厨ってんなら…()()()()()()()()()()()


 『やりやすそう』と、現状最大最強の敵を指して、真は非常に悪そうな顔をしながらそう宣った。

 その発言に、次は聖が疑問たっぷりといった様子で眉を顰め、その様子を見た真が慌てて自分の発言の真意を語る。


「アイツはこっちの強さに応じて使う術式を変えている。ってことは、こっちが緩急をつけた戦い方をすれば不意の大技を叩き込めるかもしれない」


「……それじゃ雷同の二の足を踏むことにならないかしら?」


 聖が思い返すのは二重三重の罠を仕掛けた上で、それを全て正面から打ち破られて敗北した雷同の姿。

 最後には黒焦げで地に伏せて、無傷で甦った後も身体が燃え尽きた恐怖から放心し、焦点合わぬ目で虚空を見つめ、支離滅裂な言語を漏らしていた。

 

 蘭丸と対峙した者の末路をつい先ほど見た。明らかにかつてない脅威だろう。

 そして、これから1時間後に、自分が雷同と同じ状態になっていたとしても全くおかしいことはない。だからこそ聖に慢心なく、確実に勝つための作戦を詰める。


 真の提唱している戦い方は先ほど雷同が行った戦法と全く同じに思えた。その主張も一部正しいと思う真だが、それも考えた上での提案であるため、すぐさまその意見を否定した。

 

「いや多分それはない」


「そう?」


「ああ。まず雷同と俺らでは先頭スタイルが全く違う。確かに俺らも小手先の狡い技を使うこともあるが、基本的には正面からの撃ち合いしかできない。それは恐らく蘭丸も1回戦を見て理解しているはず」


 守谷雷同は大地を操るスペシャリスト。”彼と対峙した際に足場が保証されることは決してない”とまで言われるほどの男だが、彼の戦闘スタイルは自分の有利な盤面をひたすらに整えることを優先するタイプ。

 

 それと比較して聖の戦闘スタイルは、真正面から術式を撃ち合う王道のスタイルである。

 一回戦での戦いでは真を中継し極大火力での押し切りを図ってはいるが、あくまで正面からの火力のゴリ押しと表現するのが正しいだろう。

 

「確かに戦闘スタイルは違うけど…だからと言って蘭丸に勝てるか否かは話が違うんじゃない?」


「いや、戦闘スタイルの差によって俺らが得られる大きなアドバンテージがある。それは雷同と違って、”どのタイミングでチェックメイトを仕掛けるのかわかりづらい”って所だ。

雷同は確実に相手を陥れてから勝負をつけにいくけど、俺らがするのは真っ向勝負。攻撃に緩急はいくらでもつけられる」

 

 雷同は『相手を罠に嵌めてから確実に仕留める』スタイルである以上、逆にいえば罠に嵌ったら次でトドメの一撃が飛んでくるのは容易に予想はできる。

 それに対して聖たちはいつ攻勢に移るかなど、戦闘スタイルの面で非常に自由だ。


 自分の動きを含め、戦闘中の動きが完全に不明確だからこそ、相手に合わせて力をセーブする蘭丸に対して、不意の一撃を叩き込むことは可能である。そう真は考えていた。

 

「なるほどね…でも浅田、アンタ重要なことを言及してないわね。蘭丸の十八番、”サラマンダー”はどうするのよ」

 

 真の作戦に一定の理解を示す聖だが、勝敗を最も大きく分けるであろう”サラマンダー”への対策について触れなかった真に鋭い視線を向ける。その視線に尻込みするように、少し苦い顔をしながら言い訳のように言葉を吐き出す。

 

「……そうだな。でも、別に考えてない訳じゃないんだ。ちょっと()()を決める時間が欲しかったんだよ」


 ”覚悟”という言葉に妙な顔をする聖。

 しんと静まったテントの中で真は軽く息を整えると、自身が考えた『最も勝率の高い方法』について言及する。

 

「……土御門、肉を切らせずに”サラマンダー”の攻略は無理だ。だから最悪の事態になったら、()()()()()()()を切ろう」


 ”もう一つの切札”。瞬間、真の発言によって聖は思考を停止し、その意味を理解するのに数秒の時間を労した。

 しかしその意味を理解した瞬間、真の示す”切札”が差すモノに対して、明らかな狼狽とともに捲し立てるように叫んだ。

 

「バッ!?それってアンタ、あれを…『()()()()』を使ったらタダじゃ済まないのは、アンタが一番わかってんでしょ!?」


「わかってるに決まってんだろ。でもお前は、土御門聖は勝たなきゃいけねえんだろ?だったら、使えよ」


「それ、は……」


 聖が今大会のために用意した切札は2つ。1つが真が腕に巻く弓籠手『雷上動』。しかし、もう一つの切札は検証実験の段階で使用を断念した『式神魔術』。

 使用を控えた理由は単純、真にかかる肉体的負荷が尋常ではなく、決して目を瞑れるレベルではなかったためである。それこそ真はたった1度の使用で血反吐を吐き、「死にかねない」と、そう言っていた()()()


  聖は自分をまっすぐに見つめる真の瞳を覗き込む。その中に狂気は感じない、しかしそこには狂気に等しい覚悟が存在した。浅田真は文字通り死ぬ気で勝つ気なんだと否が応でも理解した。


  そして同時に自分の勝利にそこまで尽くそうとする誠を恐ろしくも感じた。その狂気とも忠誠とも捉えられる覚悟を理解する為に聖は問う。


「どうして……確かにアンタは私の式神よ。でもはっきり言ってそこまでする義理はないでしょ?」


「――じゃあ俺もハッキリ言ってやるよ。お前が負けて死ぬほど辛い人生を歩む羽目になるくらいなら、土御門聖の持つ全てを出し切って、そして勝ってくれ。それにさ……そもそも俺の命はお前が救った命なんだから、お前には俺を死ぬほどコキ使う権利があるだろ?」


 自分が言った覚えがない事実、そもそもいうつもりすらなかった事実を、真剣な眼差しで語りかける真の言葉に聖は今までにないほどの動揺する。

 

 『お前の命は私が救ったんだと』言うつもりは聖にはハナからなかった。少なくとも、紆余曲折あったにしても震え上がりながらも鎌鼬から自分を救い出した真に対して、そんな恩着せがましいことを言ってやろうとは、聖は思うこともできなかった。どれほど自分に都合のいい展開に持って行けたとしても、彼女の矜持がそれを許さなかったからだ。

 

「っ、アンタどうしてそれをッ!!?」


「さっき緑先生から聞いた。というかまあ…何と無く察してはいた、お前嘘ヘタクソだしな。とはいえ、真剣な話をしたけど、”切札”だって1回だけなら継戦できるくらいには大丈夫だったし、俺も別に死にたがりじゃない。いい感じのところで、蘭丸の度肝抜いてやろう!って話だよ」


 真が口角を釣り上げて笑った。その笑みは明らかに無理をしている笑みだと、直感的に理解できるだろう。聖も真が無理をして笑っている事などすぐに理解できた。

 

 そして真も心が締め付けられていた。聖に本心を告げることはできない。自分の言葉が彼女のパフォーマンスを落とすようなことがあり、それが敗北に繋がろうものなら、きっと真は一生自分を許すことができなくなるだろう。

 

 しかし、心のうちに存在する思いに気付いてしまったからこそ、これ以上言葉にすればいつかダムに入ってしまった亀裂のように言葉が溢れるかもしれない。

 

 伝えたいことを伝えられない、それは青春の思春期には拷問だ。

 でもやはり少しだけ、すでにダムに亀裂が入っていた。

 

「覚えておけよ。もし仮にお前が負けて、今後の人生を暗い顔しながら生きることを望んでるやつなんてただの1人だっていない…………俺だってそうだ」


「っ」 


 本心だった。


 自分の好きな女子には、この後の人生も笑顔で生きていて欲しいとエゴイスティックに説に願っていた。

 それこそあの猫を被った”()()()()()”なんてしなくてもいいように、素の彼女が浮かべるような、少し乱暴な笑顔を浮かべて生きていけるようにと。そういう思いの端の端がこもった言葉だった。


 その思いが100%、全て伝わったわけではないだろう。しかし、聖は目の前がぐにゃりと歪んだ。顔が火照って吃逆のようにえづきがこみ上げる。

 

「……あ、あれ…どうして、涙……が」


 穏やかな笑顔でそう言ってのける真の底抜けに優しい言葉に、気がつけば聖の両目からはポロポロと大粒の涙が溢れ出していた。止めようとしても止めどなく溢れでる涙は、まるでダムが決壊したかのようだった。


「え、おま、えっ泣くの?!ごめんって泣くなよお前…頼むから泣かないでくれって」


「ぐす、泣いてなんて、な…ないわよ。ちょっと目にゴミがはい、って……」

 

 聖は涙でぼやけた視界の先に、穏やかな笑顔から一転して慌てふためく真を見た。

 

 そういえば、鎌鼬に腿を切断された時もこんな顔で慌てふためいていたことを思い出す。文句を言いつつも、皮肉交じりに憎まれ口を吐きつつも浅田真という男はなんだかんだ自分を助けてくれるのだ。

 

「……あ、れ?」

 

 何故かそんな事を思い出して、()()()、と心臓が小さく跳ねた気がした。

 






両片思いまで2人の関係が進みました。これが俺が書きたかった『死ぬほどじれったい恋愛』だよ。


それはともかくとして…ブックマーク登録、いいね、評価の方をしていただけると大変励みになります。

よろしくお願い致します。

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