火灼系男子
今回はいつもとは異なり、雷同視点で進みます。
試合開始の銅鑼が鳴った直後。
その刹那の一瞬に、雷同の両眼は自分の真正面で赤く煌めく魔力光を捉えた。
(……バっ!?)
その輝きの意味を察した雷同は、心の底から動揺し全身の産毛が逆立った。そこからの咄嗟の判断力は、流石代表に選ばれることだけあるといったところだろう。
輝きの意味を理解した直後、閃光はとんでもない熱量の爆発となり、結界内を隈無く爆炎で包み込んだ。
しかし初撃かつほぼノータイムで放たれた広範囲高威力の爆撃は、もはや反射の域で生成された2重の地面の壁に阻まれ、雷同を焼き尽くすことはなかった。しかし土塊の壁の一層目はあまりの高熱で表面が融解、2層目も焼け焦げて黒煙を漂わせている。
(あの野郎っ、いきなりオレを殺す気マンマンじゃねえか!)
内心冷や汗を垂れ流す雷同は、両手の指にはめた3対6つの指輪に魔力を流し込み生成した壁を崩した。
「クソガキィ…年上をもっと敬えってんだよッッ!」
冷や汗をダラダラと流しながら声を荒げて蘭丸を罵倒する雷同、しかし蘭丸の返事は僅かな困惑と大半の無感情で非常に淡々としたものであった。
「なぜ俺が敵に対して手を抜かなければならない?手を抜いて負けるなどあってはならない、全力で仕留めさせてもらおう」
「ああ、そりゃそうだよ…なッ!」
そりゃそうである、ド正論だ。
しかし、この会話の最中でも雷同は機会を伺っていた。雷同の指輪が輝くと蘭丸の足元の地面が凄まじい勢いで隆起し、剣山の如く蘭丸を貫かんとする。
「ふむ。確かに威力、精度ともに高水準、不意打ちでの一撃という点も含めて俺を降して『勝ち』に来ているのはわかった」
なんという訳でも無いように、その不意の一撃は、蘭丸が冷静に一歩下がったことであっさりと透かされてしまった。
――しかし、雷同は予想通りと口角を釣り上げる。
「獲った!」
「おっと?」
『蘭丸の冷静な分析によって最少限度の動きによる回避』、それも含めて雷同の策の内だった。
蘭丸が飛び退いた先の地面が崩れて陥没したのだ。突如現れた落とし穴に足を取られた蘭丸は、そのまま穴の底に消えていった。
隆起した地面はあくまで視線を誘導するための手段に過ぎない。雷同は地面を固めて剣山のように隆起された際、蘭丸を中心とした半径1mの地表の下スレスレの土を集め、それを材料として攻撃していた。
雷同は見た目によらずトリッキーな小技タイプ。使えるものはなんでも使うし、勝利には正々堂々も栄光もへったくれもないと考える現実主義者であった。
「このまま畳み掛けるぜッ!」
完全に穴に落下した蘭丸の様子は見えないが、そんなことは雷同にとって些事でしかない。この絶好の機会をみすみす逃せるほど、彼は馬鹿ではないのだ。
再度雷同が指輪に魔力を注ぎこむと、大地が大きく振動し、落とし穴の内部に鋭い岩が生成される。蘭丸が目を凝らせばその岩の表面は光沢のある黒、黒曜石で覆われていた。
(っ、黒曜石、火山岩を術式で再現したか)
原初の刃物である黒曜石でコーティングされた剣山は、人の皮膚を貫くにはまさに”役不足”と言えるほど凄まじい切れ味を誇る。
そしてそのまま雷同が柏手を打つとそれに合わせて、まるで鰐のアギトかのように、落とし穴が勢いよく口を閉じる。人を容易に刺し貫ける刄の群は、内部に落下した蘭丸を岩の牙が咬み殺さんと迫っていく。
「創作術式、黒酷の処女。大規模範囲攻撃にしか能がねえ妖精魔術士にゃ防ぎきれねえだろ!!」
ニヤリと口角を釣り上げる雷同は自信満々で啖呵を切る。その通り、側から見ればすでに王手が決まった盤面としか思えないこの状況に、雷同が勝利宣言をしたことを嘲る魔術師など1人もいないだろう。
「――なんだ。これで勝てたと思うのか、舐められたものだ」
ただ1人を除いて、だが。
その声に遅れて、閉じる寸前の土のアギトの隙間からさながら戦闘機のジェットかのように青い炎が噴出する。轟々と吹き上がる炎は黒曜石ごと岩の剣を融解させ、噴石のように辺りに残骸を吹き散らした。
そして落とし穴から声の主、芦屋蘭丸が文字通り飛んで現れた。飛行のために手の指先からはそれぞれ勢いよく炎を噴出しており、指の動きで細やかな制御をしながらも浮遊していた。
その様子に凄まじい既視感を覚えた雷同が小声で呟く。
「アイ◯ンマンかよ…もうちょい別の飛行方法もあっただろうに」
「……参考にはした、何か悪いか?」
しれっとそう言ってのける蘭丸。”鋼鉄の男”の飛行モジュールを強引に魔術で再現した事と意外と彼がアメコミ好きな事実が明らかになったが、これはあくまで余談だろう。
完全に落とし穴から脱出した蘭丸が着地する。しかし、流石に完全に無傷とはいかなかったのだろう。よく見れば全身のいたるところには擦り傷ができており、しかも手に持っていたはずの杖も無くなっていた。
(勝機ッ…!)
「…ところでクソガキ、お前手に持ってた杖はどこに落としてきたんだ?オレが思うに、その穴の中にもう一度入れば見つかると思うぜ?」
目敏い雷同がそれに気付かないはずがない。挑発混じりの会話で時間を稼ぎつついつでも術式をカウンターできるように自身の指輪に魔力を注ぎストックを始める。
「時間稼ぎの無駄話などするか。次はこちらから攻めさせて貰うッ!」
「チッ、バレてら…って速ッ!!?」
当然のように蘭丸との会話は成立しなかった。蘭丸は杖などなかったと言わんばかりに腰に下げた短剣を抜き、次は足元から炎を噴射し高速で雷同へと詰め寄る。自身の思惑を透かされた事に対する苛立ちの声とともに、雷同はその速度に対する驚愕の声を発した。
距離にしておよそ10m弱、その距離を僅か1秒未満で詰め寄った蘭丸の鋭い銀閃が雷同の首筋を狙う。しかし、振り抜かれた短剣が雷同の急所を掻っ切ることはなかった。
吹き出す血液の代わりに見えたのは、硬質の物質同士が擦りあうことで発生した火花。結界内には金属同士がぶつかり合う甲高い音が響く。短剣を受け止めたのは、瞬時に雷同が腕に纏った漆黒のガントレットだ。
「あっぶねえ、な…クソがっ!」
雷同は腕で受け止めた刀身をはじき返し、そのまま拳を蘭丸に向けて振るう。蘭丸は最小限の動きでその攻撃を回避すると、再度足裏の炎を点火し素早く後方へと下がった。
「防ぐか、年の功というやつだな」
「黙れよクソガキィ!!」
蘭丸の主張もあながち間違いでは無い。
雷同は長年の戦闘経験から、とっさに近接格闘ができるようにいくつかの魔術を、ごく簡単にパターン化して指輪へとインストールしていた。
そのうちの一つ。指輪を核とし、腕を覆う黒曜のガントレット。
加工前の黒曜石をそのまま手甲へと流用したかのように、その表面は結晶で刺々しく、これで殴られようものなら身体に無数の穴が開くことは目に見えるだろう。
ガントレットは対峙する蘭丸の揺らめく焔を反射し、妖しい輝きを漆黒の鏡面に灯していた。
「…喧嘩慣れしてるオレにステゴロで勝てるわけねえだろ、今からその端正な顔面をぶん殴って穴だらけにしてやっからな?」
「誰が近接だけで攻めると…っ?!」
しかし本人の意思と反し、蘭丸の足が地面から離れることはなかった。いつの間にか蘭丸の足元は頑丈なコンクリートではなく、足が掬われるような細やかな砂へと変貌していたためだ。
正面から武術の歩法を用い、素早く迫る雷同の顔は厭らしいほどにほくそ笑んでいた。よく見ればガントレットの核となっている指輪が淡く魔力光を発している。
巧みな話術とペースを崩すことで、雷同は蘭丸に限界まで悟られないよう魔術を行使していたのだ。
(っ、小癪…!)
加えて砂の中で炎を吹き出したせいで、周囲には大量の砂が舞ってしまっている。わずかな時間とはいえ視界不良、それはこの強者同士の試合の中では致命的な時間となりうると誰もが理解しているだろう。
(これで俺の勝利っ!あとは”木”陣営だが…別にどうとでもなるだろ、弱ええし)
”このまま突き進んで拳を全力で振るう”。そうすれば硬質な黒曜石の拳が蘭丸の頭を砕き割り、ヒトガタを用いた蘇生術式が発動することで自身の勝利が確定する。
完全な勝利を確信した雷同は、さらに口角を吊り上げて嗤う。舞い散る砂で視界が悪くとも、これから殴りかかるサンドバッグは微動だにもできない。
――しかし、砂煙を抜けた先で雷同が見たのは、蘭丸の心底呆れたような表情だった。
「そう、この程度では小癪なだけだ」
「は?………………ッッッおァ!!!?」
雷同の拳が蘭丸の顔に叩き込まれる寸前。巨大な魔法陣が蘭丸を中心に発生し、その強烈な魔力の奔流に雷同は台風を前にした紙切れの如く吹き飛ばされる。
蘭丸が発した莫大な魔力を魔法陣が呑み込んでいくと、魔法陣は次第に形を生物のような姿へと変えていく。
それは目算でもざっと体長は3mはあるだろう。頭から尻尾の先に至るまで全身から炎を吹き出し、そのウロコは熱によって白色に光り輝いている。
その莫大な熱量によりチリチリと皮膚が焼ける感覚が雷同を襲った。今、雷同の額を垂れ流れる冷や汗すら数秒後には蒸発しているだろう。
「――『Feenhafter Diener・Salamander』…仮に動けなかったとしても、俺にはこいつが憑いている」
「ギャオオおおおおォーーッッッ!!!!!」
蜥蜴の姿を模した炎の化身たる妖精、サラマンダーは凄まじい咆哮をあげると、その高温の炎のように真っ青な瞳が雷同を視界に捉える。
「…う、あっ」
蛇に睨まれたカエルのごとく。その迫力に圧倒され、体が動かなくなってしまった雷同は直後、サラマンダーが吐き出す火炎の吐息に飲み込まれ、仮初の命を落としたのだった。
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