最強系男子
「みっともないところをお見せしました…」
「べ、別にみっともないとかそんなことはなかったと思いますようん!大丈夫ですって!」
目を赤くして謝罪する緑に対してクソほど下手なサポートで誤魔化す真。側から見たら女教師を泣かせる不良少年なので、自分の体質に胡座をかいて人目のつくところにいなくて良かったと真は内心安堵する。
とはいえどうして緑が泣いたのか、聖を助けて欲しいというのは具体的にどういうことなのかがわからないため困惑は晴れない。
「緑先生、それで土御門を助けてほしいってのは一体?」
「……少し長くなります。落ち着いて聞いて欲しいのですが、本来であれば真くん、君は百目鬼討伐の後に魔術を秘匿するために殺されるはずでした」
「…やっぱりですか」
「えっ?」
特に驚くわけでもなく、やっぱりですかと言ってのける真に緑は驚愕を隠せなかった。真としては正直薄々感づいていた為そのような反応をされるとはむしろ思っていなかったが。
自分が『魔術』というものに触れる上でどのような技術体系なのか、どのような伝承があるのか。そしてなにより、『現代において魔術はどういったものとして扱われているのか』、意外と用心深い真としては調べずにいられなかった。
その結果、知恵袋サイトやネット掲示板、ダークウェブスレスレの怪しいサイトなどを確認しても、現代魔術の実在に関する言及は一切存在しなかった。
それはつまり、この情報社会においても『魔術師達の情報管理は完全に徹底されている』という証拠に他ならない。
「魔術師とはいえ人間、ミスがないことはありえないです。情報社会である現代なんて余計見つかりかねない。それでもなお魔術に対する言及をする人間がいないのは、そもそも目撃者の大半が殺害されていると考えた方が妥当です。多分…俺の場合は温情かなんかがあったんですよね?」
「――はい、我々魔術師は基本的に目撃者を処理しています。そして真くんが生きているのはまさにお嬢様からの温情によるものです。そして、それこそお嬢様が自由になれない理由でもあります」
寒気が真の背中を駆け巡る。
”土御門聖の自由を、他でもない自分が阻んでいる”。それは、真が考えていた中で最も最悪のパターン。
心のどこかでなんとなくそんな予感はあった、しかしそれを理解したくがないためにずっと目を逸らしていた事実。
それが今彼女の側近である緑の口から告げられる。
「本来であれば百目鬼討伐の後に君は処理されるはずでした。それを止めたのは他でもない聖お嬢様……お嬢様は君を助けるために櫻様と重い契約を結びました。それは『魔術練技大会で敗北した場合、優勝した家の者と結婚すること』、今大会での敗北は聖お嬢様にとって事実上の”死”を意味しています」
「…元々、土御門は政略結婚を避けるように動いていたように思えます。それがどうして、自分から不自由に陥るような契約を結んだんですか?」
「それはお嬢様のみぞ知る所です……最も推測はできますが、それを私の口から伝えることはできません」
案に『自分で考えろ』と言われてしまった真だが、改めて考えてもはっきりとした答えは出ない。流石に気紛れということは無いとして、自分が土御門聖という人間になにか大きな貸しをした覚えはなかった。
(鎌鼬との戦いに関しては、俺という異分子がいたから土御門がピンチに陥ったわけで……その後に助けたからそれでプラマイゼロ。百目鬼戦に関しても土御門に発破かけられなかったらお荷物だったし、なんで土御門は俺のことを助けてくれたんだ?)
脳内で様々な可能性を模索するが何か大きな”貸し”をした覚えはない。むしろ『雷上動』を貸与されていることや京都の旅費を負担してもらったことなどを考えると、むしろ”借り”の方が圧倒的に大きい。考えれば考えるほど、どうして聖が自分の命を救ってくれたのか理解に苦しむ。
「とにかく真くん。今回の大会では。何が何でもお嬢様に優勝して貰わないといけないのです。協力していただけますよね?」
「――当然です。ったくあの野郎、大事なことを隠しやがって…全く、ふつふつと怒りがこみ上げてきますよ」
「それは結構。では陣営テントに戻りましょう、そろそろ次の試合の開始時刻ですよ」
おそらく、緑は真の抱いた怒りを間違った理解をしているだろう。彼のうちに燻る怒りは聖に向けたものではなく、どこか察していながらもそれを受け入れられなかった、情けない自分自身に向けられたものなのだから。
「ところで緑先生。立場的な話になるとは思うんですけど、土御門の結婚によって利益があるから家全体で結婚に舵切ってるわけじゃないですか、緑先生的には土御門を応援してて平気なんですか?」
「平気なわけないじゃないですか。今回の一件はお嬢様含め誰にも離さないでください。女を泣かせた代償はそれでチャラです」
「ええ………」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
次の対戦カードは”火”陣営vs”土”陣営。
五陣営の中で最も強いとされる”火”陣営と、過去に”金”陣営を実質的な傀儡にした”土”陣営。この一線は勢力規模と武力の正面衝突となることをその場にいる殆どの者が理解した。
”火”陣営代表、芦屋蘭丸。
”土”陣営代表、守矢雷同。
双方が試合開始に控え、各々ウォーミングアップする中、聖の元に2名の人影が寄っていく。2名とは当然、聖の付き人である木下緑と式神である浅田真である。
「お嬢様、シンを確保しました」
「お手数おかけしました…ったく、アンタは私の式神なんだから、逃げる必要なんて無いってのに…」
呆れ顔でそう言う聖の顔には若干の疲れが見て取れる。陣営代表の観戦席は情報遮断のために隔離されているため、人の目を気にする必要はない。馴染み深い素の聖の姿に若干のつっかえはあるものの、真はなんとかそれを隠して申し訳なさそうに返事を返す。
「さっきは色々と状況が重なって混乱してたんだよ。でもホント心配かけて申し訳ないとは思ってる」
「……私も私で無理に聞き出そうとして悪かったわよ。腹黒で有名な津守蒼の事だし、負けた腹いせに私とか”木”陣営について有る事無い事吹き込んだんでしょうけど、アンタが気にする事じゃないわ。さっさと忘れていいわよ」
「……まあ、有る事無い事吹き込まれたってのはその通り。オッケー、気にしないことにするわ」
聖が大きく勘違いしている事に真は気付いたが、下手に訂正したりせず、むしろその勘違いを利用して話を終わらせた。
自分の力はさして聖の勝率をあげるものではないが、だとしてもこれ以上心を荒げるわけにはいかない。1%でも勝利に貢献しなければいけないという強迫観念が真の胃をキリキリと締め上げていく。
(俺の命は土御門が救ってくれた命。こんな俺でも役に立てるなら…)
何にせよ、緑のアクションは正解だったと言えるだろう。真は心の内で覚悟を決めた。しかし、それが”木”陣営にとって良きものとなるか悪しきものとなるかは、未だ誰にもわからない。
――とは言え。
「土御門……何が何でも勝とうな」
「急に何よ。当たり前でしょ、私は、「勝てない勝負はしない、だろ?」……わかってんなら一々聞かないでよ。ほら、試合観戦して情報アドバンテージを稼ぐわよ」
『勝つために戦う』。この一心だけは、少なくとも2人とも心に抱えている思いである。なんとなしにそう感じた真の心音は気付けば穏やかになり、胃痛も落ち着いていた。そして聖の言うように、もうすぐ始まるであろう試合から多くの情報を得るために、椅子に深く腰を下ろした。
「対戦カードは、”火”陣営の芦屋蘭丸 対 ”土”陣営の守矢雷同、か。土御門の見立てだとどっちが勝つんだ?」
「確実に芦屋蘭丸が勝つわ、あいつは同年代でも頭一つ抜けて強いのよ」
一切のシンキングタイム抜きに聖は真の疑問に回答した。その様子に真は薄ら寒いものを覚える。続けて聖は、自分の考えを補強するかのように言葉を続けた。
「蘭丸…あいつが行使するのは、西洋魔術の中でも特に強力な”妖精魔術”って分類の魔術なの。妖精ってのは、まあ日本でいう八百万の神みたいなものなんだけど、妖精は術者を非常に選り好みする性質があるの。妖精から寵愛される術者は強力な魔術を簡単かつ低燃費に行使できるんだけど――――蘭丸は”火”の妖精との親和性が世界でも5本の指に入る男、世界でもかなり名が知られてるほどの術者よ」
妖精。
自然エネルギーに精神が宿ったもの。性格は自由気ままにして良くも悪くも無邪気。
魔力を糧とし自然現象の再現を行うことができるため、妖精魔術を高レベルで行使できる魔術師は事実上自然現象を操っているのと同義とされる。しかし火山の噴火、大規模地震、雹交じりの豪雨、竜巻台風といった天変地異規模の自然災害を再現できる魔術師はごく一部に限られる。
そして困ったことに、芦屋蘭丸はその”ごく一部”に分類される妖精魔術師。
とは言え、その凄まじさを真が理解できるはずもなく。
「なんかよくわからないけど、すごいってことだけは分かった」
「……今はそれでよし、見て感じて理解しなさい。残念ながら、決勝では爛丸と正面からやり合うんですから」
”見ればわかる”。そう確信を持って言って退ける聖からは鬼気迫る気迫があった。これから勝負を挑み下さなければならない相手をそこまで評価している。つまり、今まで以上に厳しい状況を強いられるということだと真は気づいた。
不意にドオーーーーン、と腹の底が震える騒音。銅鑼の音が地下空間一帯に響き渡る。
第二回戦始まりの合図に、真は喉を鳴らす。ふと隣を見れば、聖が真剣な眼差しで試合のリングである結界を凝視している。
肌を刺すような緊張感に包まれながら、真も改めて結界内に視線を移した。
浅黒の肌とタンクトップに男性にしては少し長い茶髪、指にはタイガーアイのような宝石がついた指輪を多数着けた所謂”チャラ男”といった雰囲気の容姿の守矢雷同。それに対峙する芦屋は、短く切り揃えた短髪に強い意志を感じる鋭い目付き、その瞳は炎のような赤色。腰には近接用なのか短刀を下げ、手には自身の腰程度まではある赤樫の杖を構えている。
方や遊び慣れた雰囲気のイケメン、方や堅物といった雰囲気のイケメン。タイプは真逆だが、相変わらずどうして魔術師どもはこうも容姿が整った奴が多いんだと、心の中で独り言ちる真。
「 ”火”陣営代表、芦屋蘭丸、”土”陣営代表、守矢雷同を確認。これより、魔術練技大会の第二回戦を開始する……試合、開始ィィィ!!!」
試合開始直後、閃光、続けて爆音。
誰もが呆気にとられ、気付けば空間が爆ぜていた。
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