内心理解系男子
70話更新です。よく考えたら後30話書けば100話って凄くないですか?褒めてくれてもええんやで!
「……はっ、戯言だな!主人と儂では生きる世界が違うんだよ、この色ボケ野郎」
「…そうですか。それは残念だ」
告げられた”残念”とはどういう意味なのか、それを考えられるほど真には余裕がなかった。
真によって隔てられ、その後ろに立つ聖には2人の会話は聞こえていない。今まで取り繕った笑みで本心をひた隠していた蒼に本心からの告白をされた衝撃で、周りを意識できないほど動揺していたというのは一つある。
しかし耳打ちじみた小声でなされた男性2名の会話、それによって真の心が明らかに揺らいだのを『魂接』越しに確かに感じていた。
「…では、僕はここらでお暇させていただきます。我々に勝ったのですから、この後の試合でもより良い成果を残してください。それが勝者の義務ですよ」
「言われなくとも優勝以外の結果は悉く意味のないもの。端から勝つこと以外考えてないわよ」
「それは重畳、では失礼いたします」
先ほどの本心をさらけ出した人間とは思えないほどの変わり身の早さで、いつも通りの猫かぶりに戻った蒼は再び陣営のテントへと帰っていく。
残ったのは表情の曇った浅田真と動揺が隠しきれていない土御門聖。先の戦闘での疲弊もあり、明らかに本調子とはかけ離れてしまった。
「アンタ、さっき露骨に動揺してたわよね。一体ナニを吹き込まれたわけ?」
聖としても先ほどの小声でなされた蒼と真の会話が非常に気になっていた。というか、先ほどの告白で動揺が治っていないので露骨に心を別の対象に反らしたい一心だった。
普段の真であれば、少し嫌な表情をしながら、その質問に割と誠実な答えを返すはず。しかし今日に限って聖のその予想は裏切られることになる。
「……ごめん、言う訳にはいかない。俺のためにも、そして土御門のためにも絶対にだ」
「っ!?そう、トンデモなことでも唆されたのかしら?」
その聖の指摘に真の表情が歪む。
まるで今にも泣き出しそうな、その表情を見た聖は自分の迂闊な一言に少し後悔を覚えた。数秒を置いて、俯き気味の真が言い訳をするかのように、まとまりのない言葉をポツポツと話し始める。
「それは違う!違うけど……ダメだ、頭の中で整理できてない、そう。動揺したってのはホント、あってるけど…別にお前や俺をどうするって話じゃないんだよ、それだけは本当だ!ただ、何を話していたかだけは言えない…じゃないな、言いたくない…………ごめんっ!」
「えっ、アンタ、ちょっ……何処行くのよ!?」
複雑な心境に耐えきれなくなったのか、真は聖から逃げるように走り出す。
走り出す直前、真が聖に見せたのは後悔と不快感が入り混じったような表情。不思議なことに、逃げるように走り出した真の背を眺めてふと聖は、ここ数ヶ月の付き合いで初めて真の本心に触れた気がした。
聖が去り行く真の背を追うか一瞬悩んだ瞬間、ポーチに仕舞われていたスマホから着信音が響いた、着信は緑からである。
「もしもし」
『お嬢様、当主様がお呼びです。申し訳ないのですが至急陣営テントまでお戻り下さい』
「わかりました……緑さん、折り入ってお願いなんですけど、私の式神がセンチメンタリズムを拗らせて何処かに行ってしまったので探してきてくれませんか?」
『…承知しました。次の対戦カード発表までに、なんとしてでも探し出します』
電話を切った聖は重い足取りで陣営テントに戻る。
周囲を警邏する見知った魔術師たちは聖を一瞥すると、各々が感嘆の声をあげた。それも当然だろう。昨年度は”水”陣営に大敗を期した聖がこの一年で大きく技量を伸ばし、見事に昨年の雪辱を晴らしたのだから。
加えて”木”陣営は他陣営から落ち目と見做されており所属する魔術師たちも嘲笑の対象となっていた。先のジャイアントキリングによって一泡吹かせることに成功したことは、彼らの腹の中に巣食っていた鬱憤を晴らしたのである。
「お嬢様!やりましたねっ!」「もう落ち目なんて言わせねえぞお!!」「おめでとうございますっ!次の試合も頑張ってください!」「流石次期当主筆頭、東洋魔術のホープの称号は伊達じゃないですね」
「……任せて頂戴!次もビシッと決めてやるわ!」
声援を受けた聖は固まりつつあった表情筋を無理やり動かして笑顔を作る。まるで疲れた様子のない聖に”木”陣営の魔術師一同は見事に騙され、さらに大きな声援を挙げた。
いくら聖といえど、先の戦闘での消耗はかなりのものである。確かに傷やダメージは結界によって回復するものの戦闘で削れた体力や魔力までは回復しない。
加えて術式の仕様に伴う魔力の消費もかなりものだったのが大きい。消耗の原因として大きいのは超高威力長射程の『枝垂藤』。
聖が制御できない理由として、単純に制御に回すだけの魔力を確保できないほど自らの大半の魔力を使用するためである。
(…とはいえ、渋って勝てる戦いじゃなかった)
改めて雫との戦いを振り返り、いつ負けてもおかしくなかったと心の内に思う聖。そうこうしている内に聖は、現”木”陣営当主のテント――土御門櫻のいるテントに到着する。
暖簾のようになっている入り口を捲って中に入ると、櫻は椅子に座って待っていた。
「先ずは1回戦、見事な勝利でした。去年の雪辱もこれで晴れたでしょう」
「…お母様」
今の賞賛は皮肉ではない。
櫻は興奮冷めやらぬといった様子で仄かに頬を朱に染めており、普段に比べてどこかハキハキした様子が見受けられる。
彼女も彼女で、先ほどの勝利を素直に受け入れている人間であった。
「――ですが、貴女にとっては先ほどの勝利は喜べるものではないでしょう」
しかし数瞬の間を置いて話始めた櫻は、一瞬で冷やかな当主の顔に変わった。
「例の件、覚えていますね?」
「勿論。今大会で優勝できなかったら優勝した陣営に嫁ぐ、それが私とお母様が結んだ契約」
そのあまりにも厳しい条件をなんでもないことかのように言ってのける聖。
その様子を見た櫻は、事の重大さを軽んじているとすら思える自分の娘に、改めて自分たちの置かれている状況を言葉として羅列する。
「”木”陣営は西洋魔術の恩恵が全くもってありませんでした。そして現在、日本で行使される魔術は殆どが西洋魔術……東洋魔術は淘汰される立場にあります。奇跡でも起きない限りこのままでは”木”陣営は消失する。
それであるならば最も強い家との合併により、せめて土御門の”血”だけでも残す。長い目で見れば、いつか御家復活の機会を得られる可能性があるこの選択が最も賢いのです」
「そうかもしれませんね、困ったことに」
しかしそれを聞いても尚、まるで他人事かのようにそう話す聖に対して、少し怒りの混ざったような声色で改めて櫻は話を続ける。
「そして貴女が頑なに拒んだ選択肢でもあります――聖、どうしてですか?どうして貴女はあれほどまでに拒んでいたこの選択を、浅田真という青年を助けるためだけに条件付きで呑んだのですか?」
端的に説明すれば『敗北、即結婚』。
それが真を殺させないために聖が払った代償である。
本来であれば真は百目鬼戦の後に”処理”される予定であった。
しかし、それに待ったの声を挙げたのが他ならぬ聖、彼女は自分が切れる最も強い交渉カードを切ることで、無理やり真殺害の件を有耶無耶にしていた。
彼女は以前、『敗北は自らの死と同義である』と真に対して語っていた。
そして何よりも彼女自身何かに縛られて生きることを決して良しとしない人間である。当然、彼女の母親である櫻が彼女の気質を知らぬ筈はない。
そんな彼女が『自ら自由を断つ』ことを交渉のカードとし、真の命を救ったことに櫻は並々ならぬ違和感を抱いていた。
疑念を胸にやっと問うことができた櫻。
一体どんな理由なのか、どんな背景があってその条件を呑んだのか。全く知れぬ娘の心情を予想しながら、櫻は聖の返答を伺う。
「家訓をお忘れですか?土御門家の家訓は『恩を仇で返すべからず』。私はそれに従っているまでですよ」
しかし、その答えは簡潔だった。
優しげな表情で微笑みながらそう答えた聖はテントを後にする。母親であってもこれ以上語ることはないという明快な表明だろう。
「……忘れていませんよ。貴女が生まれてから今まで、一分一秒足りとも、ね」
残された櫻は、娘の背中を見ながらそう呟く。
先ほどまで聖に見せていた当主然としたような、女傑を体現したかのような高圧的な雰囲気ではなく、それは少しばかり悲しげに娘を思う母親の姿だった。
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櫻と聖が陣営のテントでの対談と同刻。
真は気分を落ち着かせるため、地下に降りてきたエレベーターの近くで息を潜めていた。脳裏には蒼との会話が永遠にリピートされ、先ほどの聖に対する態度を踏まえて自己嫌悪の底なし沼に沈み初めている。
(……よりにもよって、なんでこういう重要なときに気付いたんだろうな)
自分に嘘をつかないのならば、確かに真は聖の事が気に入っている。しかし、それが恋情なのか相棒としての好意なのかがはっきりしていなかった。
しかし、今日になって聖の置かれている状況を改めて目の当たりにし、蒼に詰め寄られてようやく自分の包み隠さない心の内を理解した、理解してしまった。
「好き、かもしれない」
自分の内心を理解した上で”かもしれない”と逃げ道を用意する辺り、本当に臆病者である。
とはいえ、蒼に伝えた「聖と自分では生きている世界が違う」というのもしっかりと本心である。魔術を行使し何よりも自由を愛する『土御門聖』という人間に恋愛感情もあるが、何より真は憧れを抱いているのである。だからこそ彼女の自由を侵害する自分の愛情に苛立ちすら覚えていた。
どうしようもなく気分が晴れない真が、ぼおっとコンクリ製の天を仰いでいると横から声がかかる。呆れたような声色の主は緑だった。
「……こんなところにいたんですね」
「…………よく見つけましたね。俺ってば、人生においてかくれんぼで一回も見つかったことがないんですけど」
さらっと自分を見つけることができた緑に驚いているものの、真は気分が絶不調ゆえに弱々しい返事しかできなかった。その様子を見ていた緑は、普段の真とのあまりの差に違和感を覚える。
「お嬢様から頂いた符を使って真くんを探知したんです、ってそれはどうでもいいんですよ。
どうしたんですか、普段の君ならそんなセンチメンタルを拗らせることもないでしょうに。先生、カウンセラーの資格も持っているので、悩みがあるなら聞きますよ?」
さらっと罵倒されたような気もするがそれを気にする余裕はない。全て吐露するわけにはいかないが、多少言葉を誤魔化して話せば心も軽くなるだろうと、真はポツポツと話始めた。
「蒼とかいういけ好かないイケメンに痛いところを突かれちゃいまして。土御門が決める事なのに勝手に俺が心揺さ振られてんのが、なんかバカみたいに思えちゃって…ちょっと心整理するためにここでぼおっとしてました」
「成程、それで?気分は晴れましたか?」
「……ぜ〜〜んぜん晴れてないっすね。どうすりゃいいんだか余計わからなくなって来ちゃいました」
はははと力なく笑う真を見、相当キていることを察する緑。しかしその一方で緑は嬉しさを感じた。
「君が優しい人でよかった」
「…は?」
「君が優しい人でよかった、って言ったんだよ」
その言葉を理解できない真が呆けた顔をすると、緑は笑いながら理由を話した。
「真くんは、お嬢様がどうしようもなく追い込まれていて、それでも争っているのを見て心を痛めてくれたんでしょ?
お嬢様はね、今まで1人で戦って戦って、戦い続けて来た。母親である櫻様でさえ味方でなかったお嬢様にとって、無条件で自分を助けてくれた真くんの存在はとても大きいものだったと思うんだ」
「……って、緑先生!?」
真が気付けば緑の両目から大粒の涙が溢れていた。先ほどまで笑っていた彼女の面影はなく、そこには悲壮感以外の何もない。
恋敵には先に告白され、内心を荒げていたら女教師がガチ泣きするという、さらに意味がわからない状況に陥り、真は拍車をかけて狼狽した。
「こんなことを貴方にお願いするのは間違ってるかもしれない…でも、真くん。折り入って、お願いします。どうか、どうか、お嬢様を…土御門聖を救ってあげて下さい…ッ!」
「と、とりあえず一旦!一旦落ち着きましょう!こっちも何もわからないんでお願いしますから落ち着いてください!」
ポロポロと涙を流す女教師。あまりの唐突さに慌てふためく真。
状況は更なる混沌を極めていた。
タグ、回収に時間がかかってしまってすまねえな。ちゃんと『恋愛』、すっからよお!
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