腹括った系男子
2023/02/01 修正
ちょっと時系列がわかりにくいので、ここから3話を完全に書き直します。
ふと、意識が戻る。
『はてさて、自分はいつから寝ていたのだろうか?』と真は頭をひねった。
「…あ〜」
霞んだ視界、揺蕩う意識。未だ真は目覚めをはっきりと理解していない。なんとなしに景色へと意識を向ければ、目の前には満天の星が煌めく夜空を美しく飾っていた。
(ってあれ、何で目の前に星空が……)
そもそも、どうして自分は地面に寝転がっているのだろうか。根本的疑問に真は頭を捻る。この違和感によって次第に意識が覚醒する。
しかし、その覚醒と同時に忘れていた痛みも襲いかかって来て━━
「━━って、頭痛ってえ!!」
真は、自身が頭を打って気絶した事を思い出すと、飛び跳ねるように起き上がった。
遅れてやってきた尋常ではない頭の痛みで漸く意識がはっきりする。
目の前に夜空がある事はなく、勢いよく吹っ飛ばされた挙句、上を向いて気絶してたのだ。
「痛え…頭割れて出血とかないよな…って、ヤバっ!?」
気絶した原因を思い出した真は、滑り込むように近くに生えていた学校の誇る園芸部、その自慢の果樹を背にして身を隠した。
頭を打った原因、それは鎌鼬が起こしたらしい突風。
生きている事に安堵するが、しかし依然ピンチに変わりはないと、真は冷や汗を垂れる。
(頭の傷云々よりも鎌鼬がそこら辺にいるかもしれないってのに、なに俺は夜空に見惚れてんだよ?!)
あまりの能天気さに思わず自分にツッコミを入れてしまう。
しばらく息を潜めるが、運よく鎌鼬は近くにいなかったらしい。真はホッと胸をなでおろした。
結果から言えば真はコンクリートに頭を強打していない。既に空中にいた為か、かなりの距離を飛ばされ、比較的柔らかい耕された土まで吹っ飛ばされていた。
気絶の原因は最後に生えていた木に頭を打った為である。気絶と多少の擦り傷程度で済んだのが不幸中の幸いだろう。
「園芸部の皆様。ふかふかの土をありがとうございます」
園芸部の丁寧な仕事に感謝の言葉を述べつつも、気絶していた時間を逆算するべく真は腕時計で時間を確認する。
時計の針は7時25分を指していた。真の記憶では教室の時計は7時半前だった覚えがある。
あくまで推定だが、意識が飛んでいたのはほんの一瞬であるとわかり、安堵の溜息が漏れた。
(次にすべきは…周囲の確認だな)
真は木陰を利用し、索敵のために少し顔を出す。
まず教室の方を確認するが、やはり電波女の影も形もない。当然の如く鎌鼬の姿も確認できない。
吹き付ける爽やかな風に、真はふと頬が生暖かいことに気付く。軽く頬を撫でると、指にとろりとした感覚が感じられた。
「ひっッ……」
何がついているのだろうかと視線を指へと向けた真は、悲鳴を挙げそうになった。とっさに片手で口を塞ぐと、今度は吐き気がこみ上げる。
「うっ、ぐ」
自分の指には、赤黒い液体がしっかりと付着していた。漂うは鼻につく鉄の香り。
間違いなく、これは電波女の血液である。そう理解せずにはいられないほどの現実に襲われた。
真の脳裏では不意に記憶がフラッシュバックしていた。
そう、気絶する直前だった。自分自身が最後に見た記憶は、見間違いでも何でもなく━━
(━━血、血だ!!切りつけられたんだ!!そうだ。やっぱりあの記憶は間違ってないんだ、あいつ…電波女は逃げ遅れてそれで後ろから切りつけられてそれで、それでッッ、う゛ッッ)
間違いなく鎌鼬によって電波女は背中を袈裟斬りにされた。
これが記憶違いなはずがない、指に付着した血が否が応でもこれが現実であると理解させてくる。
真は胃の底から酸っぱい臭いがこみ上げるのを覚えるが、しかし吐くわけには行かない。匂いで鎌鼬にバレる可能性も大いにある以上、真にこみ上げてきた吐瀉物を呑み込む以外の選択肢はないのだ。
あらゆる理由をこじつけて、真はこれ以上考える事をやめた。間違いなく精神衛生上よろしくないため、脳が自動的に防衛を図ったのかもしれない。
『まこと は かんがえるの を やめた !!』
「…そう、できればいいんだけどな」
厳密に言うならば、考えるのをやめたのではなく思考放棄の方が正しい。ただ少なくとも、精神衛生上的にはそっちの方が何万倍もマシであるのはなんとなくわかった。
それもそうだだろう、なにせ手詰まり感が半端ないのだ。
日は完全に落ち切り、真の目の前には細々とした月光に照らされた夜の校舎。鉄筋コンクリートと木造のパッチワークで構成されたその建物には、人を容易に殺害可能な怪物が居を構えている。
つまるところ、絶賛リアルホラー体験の真っ最中。
加えて、唯一の対抗手段がさっさと退場してしまった。冷静に考えなくとも詰みだろう。
途方にくれる以外できない真は、とりあえず深くため息をつく事にした。
「はあ〜〜……マジでどうすればいいんだよ」
『卒業まで狙われ続ける』。電波女が会話の最中に明かした情報だ。つまるところ、ここで逃げたところで状況は悪化する一方。
“逃げる”という選択肢を選んだところで、待っているのは確実に死。真は鎌鼬から卒業まで逃げ切れる自信など一欠片もなかった。
しかしだからと言って自分が妖怪に、あの鎌鼬に抗う事は出来るのだろうか。そう考えた際に真は数コンマ秒で“NO”という回答を出した。
「…無理だろ」
改めて妖怪“鎌鼬“について自身の持ちうる情報を精査する。
少なくとも風に関わりのある妖怪である事に間違いはないだろう。あの異常な突風は鎌鼬によって起こされたものであると考えるのが妥当である。
実際、真が体制を大きく崩したのは突風が吹いて煽られたからであり、十中八九間違い無い。
「…どのくらいの風力を操ってんだ?」
もう一度索敵も兼ねて木陰より少しだけ顔を出し、果樹園から校舎までの距離を目視で測る。
(えっと、多分校舎からここまでは推定で10mは軽く離れている……洒落になんねえな)
真の体重は大体50キロ、つまり鎌鼬の起こす風は少なく見積もっても『50kgの物体を10mは吹き飛ばすだけの威力』があるという事である。
(…攻撃方法は鎌と怪力か、だとしても鎌がメインだな。電波女もその鎌で背中を袈裟斬りにされたんだし…加えて足の速さも脅威か。そもそも俺の持つ対抗手段は…電波女が顔に貼り付けた符が一枚だけ)
上着のポケットの中にある、折り畳まれた符を指でなぞる。ピリッと静電気が走るような感覚があるという事は、少なくとも機能はしているのだろう。
「逃げる、って選択肢は…無い。逃げても逃げられない」
“逃げたら男が廃る”というわけではない。単純に真は逃げられると思ってない。
『ここで腹を括るか後で死ぬか』、それ以外の選択肢がない真としては覚悟を決める以外の選択肢が残されていない。 消去法で覚悟を決めるしかないのだ。
「あの移動速度じゃ見つかったら速攻で捕まる未来しか見えないよなあ…」
捕まったら…どうなるのだろうか。
少なくとも死ぬだろう。嫌な想像をしながら目を閉じれば、さっき振り下ろされそうになった鎌が頭を過った。
現に真は逃げられなかったのだ。地面を転がされ、人生で初めて惨めに気絶したのだ。
つまり、既に一回敗北を期している。2度目もどうせ逃げられないのだろう。
と、真の思考がどんどんとマイナスへと進んでいく。
「…やめだ、やめ。暗いこと考えても事態は好転しねえよ」
真は軽く顔を叩き、思考をマイナス方向から無理やり切り替える。
(思いつく選択肢は1つだけだ……鎌鼬は電波女に倒してもらう)
真には一つ、大きな確証があった。
それは、“間違いなく電波女は生きている“という事である。
(『弟は封印された』、そうあの鎌鼬が言ってた。封印を解くのに電波女の協力もいるとも言っていた。つまり、封印を解除するまでアイツは生かされる可能性が高い)
教室に死体が見えないのがその確固たる証拠だろうと真は情報を補足する。
加えて、あれだけ鋭い刃物ならば人体を両断するのも容易いはずなのに、記憶の中では電波女が両断されていない。
それらの情報を組み立てれば、確実に電波女は生存していると考えられる。今姿が見えないのは、十中八九鎌鼬によって拘束されているのだろう。
しかし一点だけ、真はどうにも納得がいかない点があった。
(…そもそもなんで俺、生きてんだ?)
“自身が殺されていない理由”についてである。
気絶していたのが数分とはいえ、逆にいえばそれだけの時間があれば鎌鼬は自身を容易に殺せるはずなのだ。
(無防備に気絶していても殺されていない…その理由がわからない)
突如湧いた疑問に頭を悩ませていた、その時だった。
「やっぱりよぉ、おかしいよなァ?おい」
ぞくりと、肌が産毛立つ。耳元で聞き覚えのある声がしたからだ。
嗄れた老人の様な声が極近くで響く。
背を走る悪寒によって全身の毛が逆立つ。ガサリ、ガサリと草の根をかきわける音が耳に届く。
音の大元はかなり近い。
(考え事に集中しすぎて鎌鼬の接近に気が付かないなんてッッ!馬鹿野郎どうしようどうしよう、まずいまずいってどうすれば)
混乱によりループする思考。
なるべく息を殺し体制を低くするが、声の主は最早目と鼻の先で―――
━━━真横の茂みがかき分けられ、大型犬サイズの獣の頭が生えて出た。
鼬としては本来有り得ない二足歩行。直立とまではいかないが前足を器用に使い、茂みを掻い潜って現れた鎌鼬が辺りをグルリと見渡す。
妖しく輝く蒼の双眸、夜の微量の光を取り込める様に進化した獲物を狩るモノの瞳、鋭い眼光が光ってこちらを捉えた。
(あ、終わった)
死を悟ったからか、次第に世界がスローモーションになっていき───
「気配どころか臭いすらしないのぉ…あんのクソ女、隔離世の符でも持たせやがったのかァ…?」
(……見えてない?!)
思わず出そうになった言葉を、真は両手で口を塞ぐことで無理やり引っ込める。
「2度も探していない、となると逃げられたかァ…? 祓い屋の増援が来るのはちょいと拙いよなァ…」
跳ね上がる鼓動が鼓膜を騒がしく揺らす。更になけなしの根性で悲鳴を押し殺した真は、しかし鎌鼬のこれが確実に独り言であると気付いた。
文字通り目と鼻の先にあるはずの鎌鼬、しかし全く目が合わないのだ。獲物を甚振るために見えないフリをしているとかではなく、本当に真が見えてない。
ここで真は爛々と揺れる鎌鼬の目玉には、自分の姿が物理的に映っていないことに気づいた。
「…糞が。あの女、さっさと殺すか?……いや、術式を解除させるまでは殺すに殺せねえよなァ」
(あの女、間違いなく電波女を指す名詞…!)
首を傾げた後に、鎌鼬は踵を返して畑から立ち去っていく。
その様子を目で追うと、鎌鼬が姿勢を二足歩行から、獣らしい四足歩行へと変更した。
その直後、台風の日でもないと聞くことの無いであろう重く唸るような風が吹き荒れる。
間髪入れず突風によって巻き上げられた土煙により、真の視界が五里霧中と化す。
(ッッ!?)
台風の如き突風により巻き上がった砂が真の顔面を強襲し、耐え難くなった真は思わず顔を腕で覆い隠す。
腕の隙間から半目で辛うじて見えたのは、文字通り吹き飛ばされる様に四足で高速移動し、さっきの窓から校舎に戻っていく鎌鼬の背。
しかし、とはいえである。
「やり過ごせた…?」
そう思った瞬間、強張っていた体の力が抜けていき、真はへたりと地面へ座り込んだ。
取り敢えず命の危機は去り、自分が生きている理由も解明した。
「電波女の結界か何かで視認されなくなってる…?」
もう一つ考えられるのは、『シンプルに影が薄すぎて見つかっていない』場合だが、いくら隠れんぼで絶対見つからないからってハブを食らった真でさえ、あれだけの近距離で見つからないなんてことはないだろう。
そんなことは絶対ないのだ。
「……いや、無いだろ」
うん、ない。思わずそう呟く程度には無いったら無い。
真は悲しい思い出によってセンチメンタルを拗らせながらも、取り敢えず丸く縮こめていた体を伸ばし、楽な姿勢で背後の木に寄りかかった。
ビリリ。
背を付けて楽な姿勢をとった瞬間、背中辺りで何か紙が破れるような音がした。一瞬のフリーズ、その後ダラダラと滲み出てくる冷や汗。
ゆっくりと学ランを脱ぎ、薄目で背中側をみれば、見覚えのないボロボロの紙が張り付いていた。脳裏にチラつくのは鎌鼬が言及していた「隔離世の符」。十中八九この破れかけの紙が自分を守ってくれていたのだろう。
真が思ったのは『これによって確実に状況は悪化した』と言う悲しい確信である。
「はあああ〜〜〜…」
深いため息が腹の底から出ていく。荘厳な模様が描かれていたであろう一枚の紙は、背中と木の間で擦れてしまい、何度見ても無残な風貌と化している。
「…どうすっかなあ、これ」
そういえば窓から飛び出す少し前に、背中に少し衝撃を感じたような気もしなくもない。
あのタイミングで多分電波女が保険で付けといてくれたんだろうと真は過去へと思いを巡らせる。
(教えといてくれよ…いや、あの切迫した状況でそれができるワケねえか)
符の表面を軽くなぞると少しピリピリするところを鑑みるに、多少は効果が残ってる可能性はある。とはいえ、符が破れたら効力がなくなるというのは創作上でのお約束でもある。
軽く痺れるからと言って効力があると言い切るのは、妖怪退治のど素人である真からすれば不可能だった。
(…やっぱり逃げるか?)
頭によぎるのは一番楽な選択肢。しかし、それを選んだところで状況が好転することは絶対にないと言うのも、理性で理解ができていた。
最適解は逃げることではないのだ。
「あのクソ獣野郎は俺が逃げたもんだと思ってやがる、増援の可能性に言及してたのがその証拠だけども…」
残念なことに真には陰陽師や霊媒師の知り合いはいないため、増援は完全な杞憂。仮に警察に行こうものなら頭がおかしいと罵られるのがオチだろう。
そしてなによりも。
「……はぁ〜、逃げたら人質殺されるのもお約束だもんな…畜生め」
電波女は”上手く逃げられた”か”捕まった”かの二択だと真は推測していたが、先ほどの鎌鼬の態度から鑑みるに後者であると真は確信を抱いていた。
『殺すかどうか悩んでいるという以上、それはつまり、まだ電波女が生きているという事に他ならない』からである。
まだ真には助け出すチャンスがあるという事だ。
「…できるわけないだろ」
真は思わず弱音を零した。超スピードで移動する殺意の獣を、対抗手段のない自分がどうにかし、囚われのお姫様を助けださねばならない。
ゲームや創作であれば王道の展開、しかしここは現実である。
どうすれば対抗手段のない自分が鎌鼬に勝つことができるのか、そう考えかけた真は、違和感に気付いた。
「…いや、そもそも鎌鼬を倒す必要なくね?」
それは鎌鼬を“自分が”排除しなければならない障害と考えていた故の落とし穴。電波女が生きているならば、電波女を助けてぶっ倒してもらえばいいだけなのだ。
つまり真の勝利条件は、倒すのではなく救出。であるならば、真の体質や魔法によって発見されない今の状況は間違いなく追い風である。
『難しいができそうな気がする』、その程度までには下がってしまった難易度。しかし現実はコンティニューできない。
真は額に深く皺を寄せ、本日何度目かもわからないため息をついた。
「あ゛ぁ〜……やるか」
未だに少し痛む後頭部を乱暴に掻き、立ち上がった真はやはり足取りは重い。
しかし無意識のうちに囁いたのは弱音ではなく、覚悟の決まった前向きな言葉だった。
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