ビット系少女
内定もらったけど蹴ります。
舞台は変わって結界外部。
津守家当主である津守蒼は、妹と将来の花嫁の血湧き肉躍る大接戦を観賞していた。これはコロッセオのように貴族や民衆の下衆な娯楽をしていると言う訳ではなく、単純に妹の勇姿を眺めているだけである。
なんだったら涙を流しそうな勢いである。とんでもねえシスコン野郎だなこいつ。
「「「おおおっ…!」」」
「凄まじい威力ですな、単純火力だけならば”火”陣営と大差ないのでは?」
「空中放電による電熱でこの熱量…ここまで届く余波がもはや熱風ですよ!この威力ならお嬢様にも勝機がありますっ!」
聖の術式が起動し極太のレーザーが撃ち出され、その余波を直接肌に感じた観戦者一同のほぼ全員から驚嘆の声が上がった。それは嬉々とした声や動揺の声に奇異の声、様々な感情が入り混じったものであった。
会場が沸くのも道理だろう。前回大会では津守蒼に大敗した聖。今回もすぐさま敗北するだろうと思われていたところで、トンだ隠し玉を披露したのである。
しかし、外野の盛り上がりに対して、ある陣営のみ全く沸いていなかった。雫が凄まじい電撃にさらされているというのに”水”陣営のみ全く動じていない、むしろどこか困惑すら感じる。
仮に雫が被害甚大ならば大仰に慌てるはず。つまりこの場で一切の盛り上がりを見せないということは――
「……蒼さま。雫さまはどうして手を抜いておられるのですか?」
蒼の側に控えていた”水”陣営の魔術師が怪訝そうな表情で蒼に尋ねる。
”水”陣営内でも当主の妹である雫の確かな実力を知るものは少ないが、例え雫の実力を知っていなくとも、あの”津守蒼”が自ら推薦した雫の実力を疑うものはいない。
「ははは、雫は天然なんですけど、自然に舐めプする癖があると言うか…なんというかあんまり性格良くないんですよね。全く、一体誰に似たのか……」
「あっ、えっと」
「…あれ?申し訳ない。一応ジョークというか、笑い所のつもりだったのですが……」
粋なジョークが滑ってしまい、あはは…と力ない笑い顔を浮かべる蒼により、少し強張っていた陣営の空気が緩む。
変な空気が漂っているものの、雫の勝利を微塵も疑っていない”水”陣営は、極太雷撃の余波により巻き上がった土煙に再び視線を向けた。
――――――――――――――――――――――――――――――
激しい稲光、次いで大気を震わす轟音。
その衝撃は周囲に浮かぶ水球を霧ごと吹き飛ばし、霧で隠れていた驚愕に目を丸くする雫の表情を聖にくっきりと明らかにする。そして瞬きすら許されないほどの一瞬のうちに、極太レーザーの如き紅き雷が、雫と情けない悲鳴をあげる真の2人を呑み込んだ。
凄まじい空中放電の余波により周囲に漂っていた薄霧は跡形もなく吹き飛ばされ、代わりに視界を覆うのは大量の土煙。アスファルトの表面はその熱量により、レーザーが通った部分の表面が微かに白熱化している。そこから漂う焦げ臭い匂いが聖の鼻を掠めた。
(……おかしい。今の一撃で外部に設置された身代わり人形が壊れているなら、私の勝ちが宣言されるはず)
既に聖は大量の魔力を消費し、疲労と魔力枯渇のダブルパンチ。
この状況で自分の勝利宣言がなされないという事実、そしてそれから予測できる現実。最悪の予感に聖は表情を強張らせた。
「――奥の手は最後まで隠しとくから”奥の手”って言えるんだよ、お姉ちゃん」
「…マジかあ」
土煙の先には人影、そしてとても若々しい少女の声色が響く。次第に晴れていく土煙の先から現れたのは真ではなく津守雫。その様子は完全な無傷、若干の不敵な笑みを浮かべ煽る余裕すらある様子に、聖は悪態すらつけず素直な感想を垂れる。
先の一撃を完全に防いだトリックは、雫の周囲に張られた水の膜にある。
目算で厚さは10cmほど。かなり分厚い水の膜がヴェールのように雫の周囲を囲っていた。相当な熱を持っているのだろう、ヴェールを構成する水は沸騰直前のように泡立ち、明らかに湯気が舞っている。
そして、それはつまり。
先の『枝垂藤』を完全に受け切ったのは、たった厚さ10cmの水の膜であるということを意味していた。
「たった10cm程度の水のカーテンに防がれるほど、私の『枝垂藤』はヤワじゃないんだけど…一体どんなカラクリなのかしらね?」
「対戦相手に手の内を明かすのは下策も下策…でも、今日の私は機嫌がめっちゃイイから聖姉に教えちゃう。
魔術で生成する水であれ多少不純物が混ざるけど、工夫すれば科学では作りえない、完全に不純物のない純水を作ることができる。なんとウォーターヴェールはH2Oが100%で構成された完全な純水の膜だよ」
「…えっ?水に電気はバツグンじゃろ?」
真の脳内タイプ相性表と現実に矛盾が生じた。だとしたら水タイプが関東地方の無人発電所外縁在住のクソ運ゲ鳥に負けるはずはないのだが…と頭を悩ませる。雫は真の反応を見、少し呆れながら解説する。
「……それは不純物が混ざっているからであって、純水は電気を通しづらい。蜃の妖怪さんってもしかしてバカ?」
「おい土御門、こいつ口が悪いぞ。教育はどうなってんだ教育は!」
「いや、あんたも別に成せ…頭良くないでしょ」
正体を隠蔽している真に対して”成績良くないでしょ”とボロを出しそうになった聖は慌てて言い直す。2人の、いつも通りのくだらない口論を聞いた雫は、聖の主張を聞いて愛らしく口元に手を当てて小首をかしげた。
「でも前大会の聖姉の敗因は、純水の抵抗率を知らなかったからって兄から聞いたよ?」
「………えっ!?」
前回の敗因について、当然蒼からは何も聞いていなかったため、聖の口から間抜けな声が出た。その完璧なリアクションが真の笑いのツボにジャストミートし、試合中であるのにも関わらず思わず腹を抱えて笑い声をあげる。
「……ぷ、っぷぷ!こ、こいつ、人のこと言えねえでやんの…っ!!ぶわはははッッ!『えっ!?』ってなんだよ『えっ!?』って!!」
「――雫、ちょっとこいつ殺すわ。仕留めるの手伝ってくれない?」
「わかった」
「え、やめろよ。この状況でなんか急に敵同士が共闘する流れは犯罪だろ」
流石にバカにし過ぎたとは言え、突如として向けられた殺意に慌てて取り繕う真。しかもその流れにちゃっかり雫が乗って来るあたり、やはり雫と聖は気があうのだろう。
とは言え、真を排除してのサシの戦いという明らかなハンデを背負う訳もなく、謎の共闘騒ぎは、聖の「しょうがないわね…あとでぶん殴るけど」という隠しきれない殺意の諦観によって幕を下ろした。
まあ。真からしたら全く終わっていないのだが。
「さて、雫も私も時間稼ぎは十分かしらね?」
「……やっぱりバレてた。でもそれはお互い様!」
先ほどの大技の応酬で、既に双方の魔力はすっからかん。聖、雫の双方とも少しでも魔力を回復させる時間が欲しい、その利害の一致がこの状況でのたわいない雑談を成立させていた。
しかし、その時間稼ぎも最早必要ない。十分な継戦が可能な程度に両者の魔力は回復した。
「先手必勝…Verträumter Cadceus《夢幻なるカドセウス》…いくよ、聖姉」
白樺で作られた白色の杖を一振りすると、青白く輝く幾何学模様が宙に投影される。そして周囲に張り巡らされた水のカーテンが2つに裂け、今度はバスケットボール大の水球を2つへと変形する。その2つの水球は、さながら衛星のように雫の周囲をそれぞれ異なる軌道を描き回転する。
雫は自身の術式の起動を確認すると、先ほどまでの消極的な遠距離攻撃とは打って変わり、身体強化による高機動で聖に突撃、肉薄した。
「早いっ?!」
一瞬のうちに10m近い距離を詰められた聖は僅かに怯んだものの、瞬時にポーチから”気配隠蔽の符”を引き出し自身に貼り付ける。
視線の先にいたはずの聖が唐突に消えた雫は、しかし冷静に探索魔術による周囲の把握を行う。希薄ながらも1つの反応を捉えた雫は、反応のあった自身の後方へと水球からウォータージェットを射撃。その射撃に保険として展開していた即席結界が粉々に粉砕されると、再び両者はお見合い状態へと戻る。
「…消えるなんてびびった。でもネタさえ割れれば大したことない」
「やっぱオリジナルほど気配を誤魔化すのは無理ね」
浅田真の異常な影の薄さをモデルとして作成された”気配隠蔽の符”がその効力を終え塵と消えた。
状況は圧倒的に雫が有利。既にオールレンジの術式を構えている雫に対して、聖は一々符を展開する必要がある。その点において射程、威力、速度の三点が非常に優れた《夢幻なるカドセウス》は、着実に聖を追い詰めていた。
(周囲に浮かぶ水球は元はと言えばウォーターヴェール。純水100%で構成されてる以上、雷撃系の符は簡単に防がれる…かといって風系の符は定点攻撃だから拘束してから撃たないと絶対に外れる)
現状最大火力である『枝垂藤』で確実に仕留められる筈だった、その予想外の事態が聖のペースを大きく崩していた。元々得意な電撃系の術式はどれも無効、かといって風系の術式は位置固定で放つ大味なものしか使えない。
(ふふっ、聖姉困ってる。このまま着実に詰めていけば確実に勝てそう♩)
この圧倒的有利な状況に、感情の起伏が乏しいながらも薄く笑みを浮かべる雫。
その足元に突如としてガラスが砕けるような音がすると、白煙が雫の視界を埋め尽くす。瞬間的な判断で探索魔術を放つも周囲の魔力に誤反応を起こし、術式がまともに機能していない。しかし冷静さを保った雫はこの異常事態の原因を推察する。
(探索魔術がエラーを起こしてる…妖精銀の粉末とか混ざってるっぽい?)
防御面は盤石。しかし足元については比較的防御が手薄の自分。つまり動くのは愚策、敵もその隙を狙っている可能性が高い。
──であるならばプランB。
探索術式をかき消し、自身の周りを浮遊するカドセウスを高速で回転。周囲の煙をその内包物ごと水に吸着させ視界を強引にクリアにする。
晴れた視界の先にはまたしてもいつの間にかどこかに消えていた式神と、そのサポートによって雫との距離を取ることに成功した聖。距離にして50mほど離れることに成功しており、カドセウスの射程からかなり離れた距離まで退避していた。
「勝手に投げちまったけど、それでよかったよな?」
「まあ5秒くらいは稼げたかしら。アンタ、次からは命令を待ってから投げなさいよ?あれ結構高いモン混ぜて作ってんだから」
当然、先ほどの雫の視界不良にはタネも仕掛けもある、とはいえそれは非常に単純なもので、雫と聖のドンパチの隙に回り込んだ真が、戦闘前に預かっていた手製の煙玉を足元へ投擲したというだけ、つまりいつも通りの作戦である。
裏市で仕入れた希少金属の粉、”妖精銀の粉末”を練りこんだ聖お手製の煙玉は、対魔術師戦にチューンされた新作のアイテムであり、魔術による探知を妨害する性質を持つ。
しかし希少金属を使っているだけあり制作できたのはたったの3つ。かなりのジョーカーカードを初戦で切らされたが、敗北よりはマシだと聖は割り切る。
(…隠し通したかったけど、流石にもう無理、ね)
本当は決勝まで秘密にしたかったんだけど、と聖は深くため息を吐くと、唐突なため息を怪訝な顔で聖を見つめる真に耳打ちをした。
「――――――――。」
「…!へえ。で、勝算は?」
その久しぶりの無茶振りに、少し嫌な顔をしながら真は聖に勝算を問う。
その懐かしい感覚に、一拍開けて聖は堂々と言い放つ。
「知ってるでしょ?私は勝てる勝負しかしないのよ」
そう言い放つ聖の美しく作られた笑顔に、真はその裏にある意図を理解すると共に薄ら寒いものを感じた。
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