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驚愕系男子





 知能指数の著しく低い喧嘩の後1時間ほど山を下る。碁盤の目のように仕切られた京都の街並みに差し掛かったすぐ後、特に何もない十字路で緑は車を停止させた。


 聖が車を降り始めたので、真も急いで車を降りる。緑がそのまま近くのコインパーキングに車を停止させると、二人は特に迷う様子もなく歩き始めたため、またしても慌てて真は二人を追従する。


「こんなところにホントに…あ〜、市場があるのか?」


 人通りは少ないが聞かれては不味いと少し言葉を濁して聖に尋ねる。その当然の質問に聖は少し小馬鹿にしたような雰囲気で返答する。


「逆に聞くけど人通りの多いところで、私たち(まじゅつし)が露店できると思ってんの?」


 ド正論である。


 確かに土御門聖のような魔術師…厳密には東洋魔術師達が大通りで怪しげなアイテムを売っていたのなら、とっくの昔に魔術も怪異もこの世に露呈しているだろう。


「うっ、まあ…そりゃそうか」


 とはいえ、木を隠すのなら森の中とも言う。真的には大通りから少し外れた場所に秘密の市場が広がっているといったイメージだったので少し釈然としなかった。


 その会話の後5分ほど歩いただろうか。急に二人が踵を返し、今まで歩いてきた道を逆走し始める。

 流石に意味がわからなくなった真だったが、何か言うとまたクリティカルな返答が帰って来そうなので口を噤んだ。意外と多少は学習するタイプだった。


 そしてまた5分ほど歩いた後、真は違和感に気付いた。


 行った道を引き返している…つまりさっきと同じ道を辿っているはずなのに、()()()()()()()


 違和感の正体に気付くのとちょうど同じタイミングで、無言でズイズイ歩を進めていた聖が立ち止まる。


「ここね、じゃあ先に行きなさい」


「え?いや……行けと言われましても…」


 ”ここ”と言う聖の言に真は流石に態度にも困惑の色が濃く出た。何と言っても聖が指を指しているのは、明らかに()()()()()である。


 入り口でも通路でもなんでもない、ただの電柱に向かって行けと言っているのだ。流石にバカにされているのではないかと真は疑念を深める。

 煮え切らない様子の真を見、緑が少し苦笑すると横から彼女がそのまま電柱に向かって歩き始めた。


「…は?」


 不思議な光景だった。まるで電柱に吸い込まれるように緑が消えたのだ。

 最初はフリーズしていた真も、こういった非日常が最近頻発していたからなのか立ち直りは速かった。嫌な慣れではあるが。


()()()()()()なのよ。ほら次はアンタよ」


「あ〜、なるほどね」


 少し困惑が残っているのか少し上ずった声で変な納得をした真は、先ほどの緑と同じように電柱に向かって恐る恐る歩みを進める。

 『ぶつかる』と思った瞬間、まるで暖簾をくぐったかのような感覚に襲われると、次の瞬間。



 真の目の前には古風な露店が連なる夜の街が広がっていた。



 この場所に立ち入る前までは確実に昼だったはずだが、目の前の露店街は月明かりと灯篭、古びた提灯の明かりが街を照らしており、覚えもない身勝手に懐古を感じるような当に日本の古風幻想的景色の1つだった。


 『電柱に入った』という奇妙な体験が掠れるくらいには美しい光景に息を飲んでいると後ろから声がかかる。

その声は当然、最後に足を踏み込んだ聖の声だった。


「中々いい景色でしょ?」


「…うん、すっげえ綺麗。正直写真に残したいと思う程度には綺麗だな」


「ここは元々マヨヒガ…まあ現世から少しズレた異空間のようなもんよ。そこに昔、それこそ魔術師ではなく陰陽師が空間に細工して安定化させたのがここってわけ」


「へえ…」


「…こりゃろくすっぽ聞いてないわね」


 古い祭りの会場のような裏市の風景を眼裏に焼き付けるように、じっと見つめる真が自分の解説に耳を一切貸していない様子に呆れる聖。

 そんな呆れられている真は写真を撮りたい気分をグッと抑え、意識を戻す。


「お待ちしていました、お嬢様、真くん。ではこれを手首に巻いておいて下さい」


 どこからともなく現れた緑に少し驚きつつ、手渡された紐付きの木片を言われた通り手に巻きつける。

 聖曰く、魔術道具の中でも特殊な商品を取り扱っている店もあり、そう行った道具は免許が必要な場合があるので、免許を見せる手間を減らすための許可書のようなものらしい。


「んじゃ私達は掘り出し物を探してくるから、アンタはここら辺で面白そうなものを探しといて」


「面白いもの、って言われてもなあ」


 真は2ヶ月前まではただの一般人だったため魔術も符術も完全な門外漢であり、そのため魔術師の言う『面白い』ものなどというモノにピンと来る訳がないのだ。


「もうちょっと具体的なお題的なのをくれたっていいんじゃ…って、アレ?土御門?緑さん?」


 唐突な無理難題に頭を悩ませ、一瞬目をそらしていた内に二人が目の前からいなくなっていた。


 薄情者どもめ…と恨み言を抱きつつ、式神としての性分なのだろうか。主人から言い渡された『面白いもの』探しのため、真は古めかしさと神秘性の混じった露店巡りに足を進める。


(確か奥に行き過ぎるとマズいんだよな、具体的にどうしてかは知らんけど)


 真は朝方にそんなことを言われたような覚えがあるので見える範囲で物色しようと考えた、と行っても見える範囲でもそこそこ広く少なく見積もって20店舗はあるだろう。


 出かける前に魔術道具代として3万ほど渡されているため何も買えないということはないが、とは言え何を買えばいいかもわからない。

 暫く冷やかしの気分で露店を回っていると、この神秘性のある場所には明らかに合っていないビビットカラーの何かが目に留まった。


 怖いもの見たさではないが少し興味が湧いたので良く見れば、『バカでもわかる魔術基礎』、『猿でもわかる式神契約』と書かれた2冊の本。

 安売りで殿堂入りしそうな店のポップのような表紙デザインからして、明らかに出版社を通していない。いわゆる自己出版本であるのが明らかだった。


 もうちょっと格式とかそういったものを気にするべきなのでは…と一瞬疑問に思った真だが、これなら万一表に出たとしてもオカルト系の同人誌だと思われて面白い読み物として扱われるだろうと納得する。


(俺に魔術師の適性はないらしいけど、基礎くらいは学んだいたほうがいいだろうしな…)


 ここで見つけたのも何かの縁だろうと思い真は購入を決意する。

 自身のイメージでしかないが、しっかりとした魔術関係の本を貸し与えられたとしても読むのに苦労する未来が浮かぶ。ならこういったゴシップ誌みたいな雰囲気のもので概略だけ掴んで置こうと考えた。


「著者…芦谷美紅(あしやみく)…当然知らねえ人な訳だけど、まあこれでいっか」


「!?…おっと、どうしただいお兄さん。うちの商品のどれに興味を惹かれたんだね?」


 真が呟いたタイミングでようやくその存在に気づいたのだろう。

 浅葱色のストールを巻いた白髪混じりで少し頬が痩けた女性だった。言葉から考えるにこの露店の店主らしいが、案の定真には全く気づいていなかったようである。


「この本ですね。僕には魔術の適性はないらしいんですけど、どうしても惹かれるものがあって」


「━━━ほうほう、この裏市は基本的に魔術師が利用するもの。ということはお兄さんは相当高位の術者の付き人ってことになるね」


 露天の店主がにやりとほくそ笑むのを見て、しまったと真は焦った。


 何気ない話の中からかなりの情報を抜かれたのが、その妙齢の女性の口から告げられたのは確かであり、何かあろうものなら、後で聖からでっかい雷が()()()()()()落ちてきそうだからである。


 ついでに言えば、商品に値札が置いていないので、高位の術者の付き人なら金を沢山持ってんだろう?と暗に言われたように感じたというのもある。


(そこそこの金額を預けられているとはいえ、値段が跳ね上がるのは避けたいな…)


 少し慌てるように女性の言葉を訂正する。


「付き人ではないですね、僕は式神ですので」


「…え?」


 その疑問符から暫くは時が止まったかのように女性が固まる。そして、ようやく動き始めたかと思えばブツブツと呟きながら考え込み、しばらくするとケロっとした態度で話かけてくる。


「契約の術式も…確かに薄っすらだが……なるほど、通りで私の知覚範囲に”するり”と入ってきたワケだ。

悪気はなかったんだ、いやはや申し訳ない。まさか人型の式神がうちの店に訪れるなんて思いもしていなかったのでねえ」


「え、ええ。そりゃ人型も何も…」


 ここまで口にして、真の脳内に過去のやりとりが過ぎる。

『人間で式神になったものは歴史上存在しない』。聖からあの契約の日に告げられた衝撃の一言である。


(もしかして、『人間だから人型に決まってるじゃないですか』なんて言ったら余計マズいことになるんじゃねえか…?)


 脳内会議の結論からして、マズい。少なくともびっくり仰天大騒ぎになりかねないのではないかと考えた真はそれ以上言葉を続けるのをやめた。相手の勘違いに全て委ねようとする、ある種の思考放棄だ。


「人型の式神を使役してるってことは、高位の術者ってのはあながち間違いじゃないみたいだねえ。にしても…獣や無機物ならまだしも、完全に人となると…お兄さん、ひょっとしてどこかの()()()()か、()()()()()かね?」


(え、なにそれ聞いてない。人型ってそんなやっべえ式神ばっかなの…!?)


 とんでもない勘違い。そしてとんでもない事実発覚である。内心心臓バクバクの真だが、相手が勘違いしてくれているならそれを利用するに越したことはない。


「…店主、好奇心は猫も殺すという言葉を存じ上げていますか?」


「あ、いや!別にほんの少し気になっただけで、そんなつもりは毛頭ないんだ!すまなかったねえ」


 少し含みを持たせるようにそう語りかけると、女性はただでさえ白い顔をさらに白くさせ大慌てで取り繕ったような声をあげる。

 少し申し訳なくも思ったが、真としても下手に探りを入れられて変なことを言う心配もなくなったので、これはあ結果オーライだろう。


「話が逸れた。それでこの2冊を買わせてもらいたいんだけど…店主、幾らですか?」


 にこやかにそう言ったはずだが、店主の口からは少し悲鳴のようなものが漏れていたとかなんとか。

 明らかに少しまけてもらった値段で2冊を買えた真は、残りの金額で買えそうなものを探しに、再び露店連なる裏市を物色し始めるのだった。





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