宣誓系女子
「ふぁあ……そっか、京都に来てたんだったわ」
知らない天井だ…とお決まりのように散々擦られたネタを呟くと、真はベッドから出てカーテンを開ける。山荘というだけあり木々の木漏れ日だけが窓から差し込み、外から聞こえるのは騒々しい虫の大音頭だけだ。
そうしてのんびりと時間を過ごしているとふと、香ばしい香りが鼻を擽った。昨日は深夜に夕食を取ったというのに真は随分と空腹である自分に気づく。
「昨日の夕飯、めっちゃ美味しかったな」
真の脳裏に過ったのは夕飯として出てきた生姜焼き。少し歯ごたえの残ったタマネギと、下味のしっかり付いた肉は最高に美味しかったことを思い出すと、ぐうとお手本のように腹の虫が鳴く。
「っし、朝食にありつきますかね」
素早く着替えて寝癖を確認しドアを開ける。先に見えるリビングには既に見慣れつつある美少女が席についていた。
「もごごぐったゅ…もきゅきゅもご」
「お前って基本残念だよな」
聖の声掛けに真は眉を顰めた。
立てば芍薬座れば牡丹と持て囃される学校のアイドル様は、その小さい口いっぱいにライスを詰め込んでハムスターのようになっていた。
口元の米粒がさらに良い塩梅に間抜け感を引き立てる。
『こんな姿を学校の生徒に見せたらどうなってしまうのだろう』と一瞬心配する真だったが、よく考えたら恋は盲目っていうし、むしろ人気が上がるんじゃないかと認識を改めた。
「頂きます」
席に着き、既に配膳されていた朝食に手を付ける。
タイミング的にはちょうど良かったのか、茶碗の米はまだ湯気が立っており、おかずの焼きシャケも表面で油が照っていた。
「真くん、おはようございます」
「あ、先生。おはようございます。朝ごはんいただいてます」
ちょうど箸を持ったタイミングで台所から緑が顔を出す。もきゅもきゅと朝食を頬張る聖を見、どこか満足げに少し微笑んだ。
「さて、ご飯を食べながらで良いので、今日のこの後の予定について聞いていてください。正直に申し上げますと、これ程早く鵺を討伐できるとは考えていなかった為、帰りの新幹線は明日の予約にしてしまいました。そのため、今日1日は完全にフリーとなります」
「ぶっちゃけますね、まあ俺もあんなにアッサリ勝てるとは思ってなかったんですけど」
ふっくらした米を頬張りながら過去数回の妖怪との戦闘を思い出すが、どれもどちらかが酷い怪我を負うかドロドロの泥仕合かの2択しかなかった事実に、”我ながらよくもまあ生き残れたもんだなぁ” とどこか他人事のようにも思える感傷にひたる真。
「ご馳走様でした!そうね、私としてはせっかく京都まで出てきた訳だし裏市に顔を出したいわ」
先程までの天真爛漫な食欲から一転、普段のシリアスな雰囲気に戻った聖の口から『裏市』という聞きなれないワードが出てくるが、やはり口元の米粒がそのシリアスを茶番に変えている。
しかし、指摘するのもなんだか面白くないので真は黙秘を決め込んだ。
「裏市…ね。このタイミングで土御門が行きたいって言うような場所だし、十中八九ただの市場じゃねえんだよな?」
「察しがいいじゃない」
『裏市』。
簡単に言えば認識阻害によって一般人が入れないようになっている魔術師御用達の市場である。
一応連盟によって管理されている体にはなっているが、深層に行けば行くほどアングラな商品が密売されているかなりの危険地帯。
「と、概要はこんな感じよ」
「…んで、どうしてそんな危険地帯に行きたいんですかね」
アッサリと告げられる危険の2文字に若干諦めを感じつつ、主人の意図を尋ねる可哀想な式神。ここで行きたくねえとゴネたところでどうせ四肢縛られてでも連れていかれるのは目に見えているのだ。
「もうすぐ魔術師同士の公式戦があるって話はしたわよね?もう一回簡単に説明するとトーナメント形式で魑魅魍魎からの護国を担っている5家がバトって一番強い家はどこかって言う大会なんだけど……端的に言えば1回戦で負けるとウチの家が潰れるわ」
…………………
………………
……………
「……なんて?」
あまりにも軽く告げられる超重量の一言に真の脳がフリーズした。
家が潰れる、と言うのはどう言うことだろうか。そんな軽い感じで言うようなことなのだろうか。と脳内のロード中の待機画面から疑問が尽きずに溢れ出る。
どれだけ考えても。少なくとも、根っからの庶民である真にはひっじょ〜〜〜〜に緊迫した状況に思える。
「だから、家が潰れんのよ。厳密にはウチの家が他の家の傘下に入るの、んでもって私はすぐさま政略結婚ルートね」
マジで遺憾でしかないけど。と苦虫を噛み潰したかのような表情で真に告げる聖。
こんな状況、こんな冷めきった空気の中、一体誰が食事をすることができるのだろうか。少なくとも、真の茶碗に半分ほど残った米粒はすっかりと冷え切っていた。
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「負けると非常にまずい上に大会までは残り1週間。と言うわけで、できる限り用意を整えておきたいのよ。
裏市には珍しい触媒だったり古い遺物であったり、そういう正規の手段で手に入れるのが難しいものがお手頃な値段で転がってることもあるし」
「………なるほど」
真はそれ以上の言葉が出てこなかった。
少なくとも『同級生で魔術師の女子が次の大会で負けたら家なき子になって政略結婚の道具にされてしまう』場合にかけるべき言葉を知っている人間の方がよっぽど希少なことだけはわかる。
「ちょっと待って、なんでアンタそんな辛そうな面してるのよ?」
「…ん?」
一体どう声をかければ良いのかと思案に耽る真に、しかし一番辛い立場であるはずの聖が怪訝そうな表情で声をかける。
声色と真の今までの経験上、聖はこういう時にこちらを気遣って”こういうこと”を聞いてくるタイプではない。本当に、心底意味がわかっていないからこそ質問している。
「いや、だって土御門があまりにも崖っぷちだから…こっちとしてもかける言葉がわからないっていうか、なんというか…」
「はあ?……成る程ね…はっ!」
言葉を紡ごうにもまとまりきらず、どうしても歯切れ悪く言い訳じみた言葉が垂れ流される。
真の目が泳いで一向に自身に定まらないことに気付いた聖は、深々とため息を付くとそんなまごついた真を鼻で笑いながら言葉を続ける。
「崖っぷち、確かにその通りかもしれないわね。去年は一回戦で敗退したわけだから今年勝てなかったらお取り潰しって話になってるわけだし」
「っ、なんで」
「━━『なんで平気そうなんだよ』なんて言ったらぶっ殺すわよ」
苛立ちの混ざった声色と鋭い視線が真を刺す。
恐る恐るそらしていた視線を聖に向けるとようやく目があったわね、と呟き聖は大きく息を吸い込み宣誓する。
「私はもう覚悟を決めてる、だから負けることなんて微塵も考えない!だからアンタも、私のために勝つの、私のために勝つことだけ考えてりゃいいのっ!!」
「…強いな、お前」
その力強い宣誓に圧倒されたと言って間違いない。真は別の意味で言葉が見つからなかった。
しかしポツポツと、聖の思いを理解したからこそ漸く見つかった言葉を繋ぎ始める。
「そうだな。俺は土御門…お前の式神だったわ。ちょっと他人事が過ぎた」
謝罪混じりのその言葉を聞いた聖の顔は、いつものひどく美しい笑顔でなく。
――年相応の少女の笑顔だった。
「ホント、腑抜けた式神で溜まったもんじゃないわよ」
「そうか?なら契約を解除して別のと契約してくれてもいいんだが?」
”契約”である以上、解除できるんだよな?と暗に尋ねるような言葉を笑いながら軽く聖に飛ばした真。しかしその会話のボールはいつまでたっても真のグローブに帰ってこなかった。
なぜなら。
「………」
「……ん?」
今度は聖が、露骨なまでに目を合わせようとしないままダンマリを決め込んだからである。
その沈黙の時間に比例して、次第に真の額には冷や汗が浮き上がっていく。そういえば今まで確認なんてしていなかったが、よく考えると”契約解除”なんて言葉を一度も聞いたことがなかった。
「え、嘘だろ、俺をおちょくってるだけなんだよな、なあ!?頼むよ頼むぜ土御門、『できる』って言ってくれよいつも通りのしたり顔でよ、というか言えよコラ!」
「できるわよ…?」
回答と共にサムズアップをする聖だが、やはり目が泳ぎまくっている上に明らかに先ほどよりも汗ばんでいる。両者揃って冷や汗ダラダラである。
「ったあ〜〜、このクソ電波女がよ、なあにが『覚悟が決まってる』だよこの野郎!嘘でも自信満々にできるって言えよ!一瞬でもお前をかっこいいと思った俺の純情ピュアハートを返せ!!」
「はあ!?しょうがないでしょ、解除術式なんて知らないんだから!わからないことを保証してられるほどこっちだって余裕ないのよバーーカ!キショ隠キャ!クソぼっち!」
「泣いちゃうが??」
先程までのムードはなんだったのだろうかと思うほどの低レベルの罵り合いは、緑が裏市に行くための車をコテージの前に止めるまで続いた。
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それが貴様らのできる唯一の善行である(ラスボスボイス)




