怪訝系女子
忙しい、やばい、就職、きつい、死ぬ
鵺のその羆をも上回る巨体が、ゆっくりと地面へ倒れていく。
先程まで悪辣を絵に描いたかのような表情であったサルの顔は完全に白目を剥き、口からは止め処なく泡を吹いていた。
(…えっ)
想像の10倍くらいあっさり標的をダウンさせてしまったのだから無理もないだろう。
真っ先に困惑の声を発したのは真。
今までの流れならここから第二ラウンド、ラスボスの様に第二形態を顕にした鵺が再び襲いかかってくるものだと思い、警戒を解かない。
(流石にこんな簡単に倒せるわけないだろ…いやでも泡吹いて痙攣してるし…コイツ以外にも実は何体か鵺がいて『ククク、その鵺は我々の中でも最弱…電撃程度で斃れるとは鵺の恥さらしよ…!』みたいな展開になるんじゃないのか!?)
絶賛脳内大混乱中である。
真は挙動不審気味に周囲を確認するが、夏の虫のさざめき以外に聞こえるものはなく、視界に映るのは禿山にされた切り株とその先に見える鬱蒼とした木々だけ。周囲からは殺気混じりの視線も大型の獣の足音も聞こえない。
獲物を完全に仕留めたと油断しきったタイミングで、まだ癒えてすらいない傷口に高威力の電撃を喰らった鵺。先日2人が交戦した百々目鬼並みの耐久性があると予想されていた戦闘は本当に、実にあっさりと終わったのだ。
しかも、いつもであれば必ず発生するハードラックやトラブルも今回特になく、2人の怪我も精々擦り傷程度。なんだったらギリギリまで状況を観測していた真に関しては完全に無傷だった。
つまりこの状況、真にとって初めての大金星である。
しかし、いや、当然の様に。この状況を全く信じられていない人間がこの場にいた。
(――――ありえないだろ!そりゃ怪我してない依頼もなかったわけじゃないけど、こんなデカブツ相手にするときはいつもどっちもズタボロだったじゃん!?)
絶賛混乱中の真である。
今までの戦績で考えると
『鎌鼬戦:長期戦、聖が致命傷』
『百々目鬼戦:中期戦、両者負傷』
と、ものの見事に痛勝のみ。今回もまたズタボロになるのを覚悟の上であった真は、この完全勝利の状況を受け入れられなかった。
「ふっ…ッッ……ふッ〜〜〜〜!!」
そんな思考が絶え間なく流れ込んでくる聖は、完全に拘束の緩んだ蛇から抜け出すこともままならないほど腹が痛かった。もちろん怪我などではなく、相方の慌てっぷりがあまりに見事なのがツボったからだ。
しかし、幸か不幸か未だに遮音結界は健在。完全にツボに入ってしまっただけの聖も真から見れば『なにやら腹を抑えて痙攣している』ようにしか見えていない。
(大丈夫か土御門っ!?さっきから苦しそうに腹を抑えて…まさか肋骨を骨折してるのか!?)
(ダメっ…し、死ぬ……、ふっ腹筋がっ…!!)
見事な錯乱から一転、そんなクソ大真面目な思念を魂接越しに受信した聖は、鵺ではなく真に殺されそうになった。
無論、笑い殺されるという意味で。
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紅い光で編まれた球体が収縮すると、凝縮された光からサイコロ大のキューブが生成された。その中に収まっているのは猿やトラ、蛇を無理やり繋ぎ合わせたような妖怪である鵺。
模型用のミニチュアサイズまで縮んだそれを封じた匣を、巫女服の女が拾い上げて懐に収める。
その巫女の横には凝視してやっと見えるというほど薄い気配の男。その表情はどこか不満一辺倒といった雰囲気を纏っている。
「流石に酷いだろ、人の心配をなんだと思ってんだお前」
「……ごもっとも」
腹痛の顛末を聞かされた真は、さすがに機嫌が斜めっていた。これに関しては100%の善意を受けていた側である聖もかなり申し訳ないと思ったのか、とてもバツが悪そうに縮こまっている。
一通りの索敵の後、敵性妖怪が確認されなかったため既に遮音結界は解除されている。
無論誤解の元の魂接も待機状態にされているので念話はされていないが、真のジト目と不機嫌そうな声色から、心の声など確認しなくとも不機嫌なのは聖でも容易に理解出来た。
「…まあ怪我なんてない方がいいに越したことはないし、むしろ笑える程度に元気なのはいいことだよな、うん」
3頭身に見えるほど縮こまっている聖を見た真は”流石にやり過ぎたか…”と思いつつ慌て気味に訂正する。
「そう?じゃあさっさと帰りましょうよ。もう夜中の2時前よ」
「あ゛っこいつ、申し訳なさそうだったのは演技かよ!?……そういえばこいつそういうやつだった」
一転してケロッと普段の様子に戻った聖に対して静まりかけていた怒りに油をぶち込まれた真。しかし今までもこういう”トラップ”に引っかかっていたことを思い出し、ある種の諦観の念を覚えた。
この男、かなり毒されている。
「人聞きの悪いこと言わないでよ。数秒前までは本当に申し訳ないと思ってたわ、ほらさっさと下山するわよ」
手元で暗視の符を発動させながら、そう言うや否やコテージの方へすぐさま歩き出す聖。
「〜〜〜!…へいへい、そういうことにしておきましょうねっと」
先程までのしおらしさは何処へやらという変わり様に本格的に怒りが何処かへ行った真は、しかし心のうちに燻った”もやもや”を自分の後頭部を雑に掻いて発散し、聖の後を追っていく。
深夜、丑三つ時。月も隠れ、本格的に暗くなった草原を少し早足で進む。
暗視によって暗闇の中でも昼間と同じくらいの視界が確保している聖は、後ろからついてくる足音を聴きながら思案に耽る。
(…にしてもラッキーね。正直今日は二人ともそこそこに怪我して帰るつもりだったし、消費が少ないならそれに越したことはないわ…っと、ォ?!)
と、考え事に意識を割いていた聖は見事に転びそうになる。その様子を真後ろで見ていた真はハラハラとしながらも呆れた様子で言葉をかけた。
「あぶねえな土御門。暗視wp使ってるって、もここは森の中なんだから足元はそんなに良くないぞ」
「…油断してたわね。ここら辺はまだ草原だから切り株の類も少ないと勝手に…って、あら?」
少し赤面しながら言い訳を垂れる聖。
視線を下に向けるとちょうど聖の膝くらいまで伸びた草むらには切り株も木の根もない。しかし地面が不自然に捲れていて、そこに足を掬われたのだということは簡単に予想できた。
聖が少し目を凝らして見ると、周囲の草が何かに押しつぶされていた形跡があり、その形状はなんとなく人型のようにも思える。
聖は喉に魚の骨が引っかかったかのような違和感を覚え、その原因追求のために、どこか眠たげに横を歩く真に質問をした。
「そういえば…アンタが待機してたのってここら辺だったわよね?」
「言われてみればそんな気もするし、そうじゃなかったような気もする」
イマイチはっきりしない回答に一瞬イラっときたが、初めてきた森の中でしかもド深夜。いちいち自分がどこに待機していたかなんて覚えているわけがないか、と自分で納得した。
普段だったらローキックが飛んでもおかしくないので、久々の快勝で聖の機嫌がいいのもあったのだろう。
私の思い違いか…と違和感は拭えないまま、二人は暗い山道をスイスイと降って行くのであった。
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「お疲れ様でした」
「ただいま〜、あ゛〜疲れた」
おおよそ美少女から発せられたとは思えないレベルで、おっさん臭い台詞を吐いた聖に少し引きつつ、真は緑に軽く会釈をした。
コテージの入り口で緑がヘロヘロになって戻ってきた二人を出迎える。二人とも明らかに大怪我の跡がないのを確認した緑の目元が少し緩んだ事に気付いたものはいない。
そんな緑の優しさを他所に全く別の方に意識を取られている者が一人。
(…深夜帯にも関わらずパリッと糊の利いたスーツを着ている辺り、この人に労基法は適応されてねえんじゃねえか?)
『悪魔城ツチミカド』では不法労働が横行しているのかもしれない、と記憶の中にある土御門家と家主の櫻に黒い雲と怪しげな煙が巻いている情景が真の脳内で描写される。
そこまで考え、そもそも教師と付き人の二足の草鞋をしている時点で公務員的にダメじゃねえかと色々察した真だった。
公務員は副業禁止であるため、明らかに”裏”で手を引いている何者かがいることに違いないのである。
緑の手招きで二人がコテージに入ると、室内にはコンソメのいい香りが漂っていた。山での移動と激戦で体力がすっからかんになっていた二人の腹の虫が仲良く鳴り響く。
「お夜食の方は用意してあります、入浴からされますか?」
二人揃って赤面している様子を見た緑が少し笑いそうになりながらそう言うと、誤魔化すように咳き込んだあと言葉を続ける。
「ん゛っん!…そうね、確かに汚れたまま食事はしたくないわ」
一応動きやすく汚れてもいい服装という事でジャージを着ている真だが、草の破片や土汚れが着いたジャージを脱いでそのまま夜食に有り付こうとは流石に思わなかった。
「同意。俺も草むらで伏せてたから風呂に一旦入りたいかな」
「なるほど、ではどちらからお入りになられますか?」
「ここはレディファーストという事で。土御門、先に風呂入ってこいよ」
真としてはそもそも最初から前線で戦闘をしていた聖に最初から一番風呂を譲るつもりだったので、もっともらしい理由をつけながら聖にそう呼びかける。
少しスカしたようにレディファーストと言った真だが、自身の予想に反して聖は意外そうな顔をした後、次は怪訝そうな顔をしながら真を見つめた。
「んだよ、なんでそんな疑惑の眼差しで俺をジロジロと…」
「アンタ…ヤケにすんなり譲るわね。さては私の入った風呂の残り湯を啜ろうなんて考えてるんじゃないの?」
予想外の爆弾発言にシーーンと室内が静まった。
その発言に真も流石に眉を顰め、聖の後ろにいる緑もまた、ギョっとした表情で自分の主を見つめている。
Q:こういう時にどのように反応するのが正解なのか、端的に表せ。(配点4点)
「……はっ(嘲笑)」
浅田真の回答は、A:心底本気で鼻で笑う だった。
「学園のマドンナならまだしも、だ〜〜れがお前みたいな暴力の化身みたいな女から採れたエキスなんか摂取すっかよ!」
ここまで言い放って、真は急に嫌な予感がした。真も真で学ばない男ではあるが、この後の行動は恐らく、十中八九拳か脚であるのは自明の理。
純粋な優しさを無下にされた挙句、ふざけた事を言いやがった主人に対して噛み付いたはいいものの、この後の『お仕置き』までは考えてなかった真はまるで間抜けなペットであった。
「━━━へえ。ではその暴力の化身みたいな女の私から、アンタにご褒美をあげようじゃない」
静かに、ゆっくりと、にこやかに。
二人の間の距離が縮まっていく。
しかし、真からすれば”綺麗な笑顔の土御門聖”は”起爆寸前の時限爆弾”と大差ない。
ちなみにここで言う時限爆弾とは、既に切断するコードを間違えてしまった手遅れの時限爆弾を指す。端的に表すとゲームオーバーである。
「あ、いえ、結構です。早くお風呂に入ってスッキリした方がいいと思いますハイ!!」
「そんなことしなくても、もおっと手っ取り早くスッキリする方法があるじゃないの…って逃げるなコラあ!!今日ここで黒炭にしてやるッッ!!!」
慌てて外へ飛び出した真を追従するように、バチバチと迸る雷撃が夜山を明るく照らす。
半泣きで情けない声を上げながら逃げ回る式神に対し、その主人の顔は鬼の形相。「学園のマドンナ」とは遠くかけ離れた表情のまま追撃とばかりに符を構え、躾のなっていない式神を追いかけている。
「……これはどっちもどっちね」
その様子を見ていた緑はそう呟き、苦笑しながらも夜食をダイニングテーブルに並べるため、厨房へ足を運んだのだった。
せめて評価だけでもしていってくれると心の安寧が保てます、よろしくお願いします。




