トラツグミ系男子
やあ。
「っ、ごめんなさい、遅れたわ!」
扉が壊れるのではないかという程の勢いで部屋から飛び出してきたのは、明らかに焦りが顔に出ている聖。
よく目を凝らせばその顔にくっきりと腕枕の後と涎の跡が残っている。皆が崇拝する学校一の美少女と呼ばれているにしては少々バカっぽい。
「おはよう寝坊助。俺は準備万端だけど…お前はそうでもないみたいだな?」
真が自分の口元と聖を交互に指さすと、暫くほうけた後にその意図を汲んだ聖が真っ赤に顔を染めて口元を隠した。恨みがましい視線で真を睨みつけるが、顔がりんごのように真っ赤なせいでいまいち迫力に欠いている。
真としては煽りの代償に顔に1発くらイイのを貰う予定だったので、想像より弄らしい聖を見て(おっ、これは反省しておるな…?)と顔をニヤリと歪ませた。
「…緑さん、起こしてって言ったのに…」
「お嬢様。『お嬢様を起こすのはやめておこう』と提案したのはそこの真くんですよ」
恥ずかしげに小声でぼやく聖に対してさらっと虚実入混ざった事を伝える緑。思わぬ裏切りにギョッとした真に対し、ノータイムで尖った眼孔がぎらりと真を刺した。
「は?殺す」
「シンプルな殺意!?ちょ、まお前っ、この後立て込んでッてあ゛あ゛っ!!?」
「夜のコテージはクリスマスの電飾ばりに眩く輝いた。なお室内には真っ黒に焦げた人型の炭がピクピクと痙攣していたとかいないとか」
この女、流石にバイオレンスである。部屋の中が微かに煙臭いことからも強ち嘘はついていないようだ。
「さすがに炭化するほどの雷撃は受けてねえんですけどもね!?」
聖が恐ろしい地の文を読み上げている(捏造)のに対し、つかさず鋭いツッコミを入れた真。炭ほど焦げてはいないにしても全身煤けていているが、見た目ほどダメージを負っているようには見えない。
しかし、ダメージは負ってはいないが、明らかに変化した部分は見受けられる。
右肩から指先までをしっかりと覆い隠している弓籠手、その艶の消された灰色の表面に刺繍されていた黒い糸が薄らと薄緑に輝いて、まるで雷光のような模様を浮かべていた。
流石に予想していなかった真は、呆気て目を丸くし驚く。
「…ナニコレ」
「何って、アンタ専用の防具よ。銘は『雷上動』。
防刃性、衝撃吸収性も充分だけどその真髄は電撃を吸収して蓄える能力、自然の雷に撃たれようとピンピンできるくらいには蓄電容量がある筈よ…にしてもいい感じに模様が出たじゃない、さすが私!」
まくし立てるように早口で語ると、”ふんす!”と鼻息を立てて胸を張る聖。疲れも大分抜けたからか普段よりも声やテンションが明るく感じる。
「『雷上動』か。その言い様、本当に自作なんだな」
「あったりまえよ。魔女術を用いて、蔵でホコリ被ってた雷獣の毛皮にエンチャントを施した…って、アンタに言っても分からないか」
話の腰を態とへし折って真を小馬鹿にする聖。やはりというか、何故だかテンションが若干高く子供っぽくなっている。流石に異様な様子の聖に対して腹が立ちながらも真は怪訝に思った。
「これで稼働実験も完了、防御性もバッチリね。じゃあ私はポーチ取ってくるから………………ありがとね。どうせ私が疲れてたからワザと起こさなかったんでしょ?」
聖が自室の扉に手をかけながらそう言い、少し間を開けた後しりすぼみの小声で感謝を伝えた。
真に背中を見せるような構図であるが、ドアノブに手をかけているが故に少し傾いた角度で覗く左耳は真っ赤だった。
「えっ怖、急にツンデレの真似とかやめろよ。絶対お前のデレとか恐ろしい裏があるじゃん」
───────しかし、真にとってこの状況が割と気色悪い。
真の心情的には鞭打ってきた相手が急に感謝を述べてくる構図は、DVによくある構図にしか思えなかった。
普通に鳥肌を立てながら露骨に顔を顰めた真に対して、流石にキレた聖が本日二度目の雷撃を放ち…と、色々と有耶無耶になりながら時は過ぎていく。
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「到底許されていいことではないと思う」
「人の厚意を無下にする方が余っ程許されざる行為でしょうが!…ったく、珍しく感謝してやったらこれなんだもの、嫌になるっての」
プスプスと焦げ臭い匂いを漂わせる真が、煤けた真顔で文句を垂れると司ず青筋浮かべた聖が怒鳴る。機嫌上々は何処へやら、聖は明らかに普段通りのテンションに戻っていた。
コテージを立って既に30分は歩いただろうか。時刻はもう11時近い。
すっかり暗い夜の森は葉の隙間から射す、月明かりのみに照らされているだけだ。
ライトを使っていないのはなるべく敵に接近を悟られないためであるが、とはいえ灯りなしは流石に暗すぎるので2人は視力強化の符で視界を補強して山道を歩いている。
「っと、森を抜けるわね」
木々の群れが途切れ草原地帯へと差し掛かる。僅かな獣臭を捉えた聖は徐に足を止めて振り返り、口元にバツのジェスチャーを作ったのちに念話を真に飛ばす。
(座標確認……完了。ここからは静かに行動するわよ)
(…了解)
聖がスマホで座標を確認し、油断を断った重い声で飛ばされてきた念話に真は簡潔に返答する。2人は山道を進んで既に虎鶇山の中腹辺り、つい先日に別部隊が鵺と交戦したエリアへと到着したのだ。
半径30mほどに木々が無く、ダイレクトに月明かりが照らす草原をよく見ると、木の根がいくつも転がっている。
そして草原外周の木々にはまるで熊のマーキングのように巨木には鋭い爪痕が残っていた。
(……鵺のやつが木々を切り倒して作った草原ってことか。これは普段通り、ただの獣ってわけじゃ無さそうだ)
そう、よく見れば埋まったままの木の根や倒木が散見できることから察せられるように、この草原は明らかに自然に生成された地形ではないのだ。
確かに自然に対して手を加える生き物はビーバーなど存在するが、ここまで大掛かりな工事をする生き物など存在するはずがない。
「ッ!?」
何かを察知した聖が背後に向き符を構える。
それに釣られて真も背後を振り向くと、今通ってきたはずの森の奥に爛々と2対の輝きが妖しく揺らめいていた。
次第にこちらへと近づいてくる光は、実際光の玉などでは決してなく、それは獣の眼光。
両者間の距離にして50mほど、聖は正面から近づく鵺から視線を外さないまま、腰のポーチから手早く符を抜き取った。そして1枚の符を体に貼り付けると急に聖の気配が霞んでいく。
これは聖が先日制作した「気配遮断」の符の効果だ。
(対象、鵺を捕捉。アンタはいつも通り気配消しておきなさい)
(了解、っても視界の外に出ればいつの間にかターゲティング切れてるだけなんだけどな)
素早く念話を飛ばし数枚の符を真に手渡すと2人は散開。それと同時に木陰から大きな妖獣が月明かりの元に現れた。
伝承通り、あらゆる動物のパーツのつぎはぎで構成された体を晒した鵺が猿顔の口を大きく開けると、生物の鳴き声とも電子音とも判別の付かない奇怪な声で高々と咆哮する。
『キーーーーーーーーーーーーッッ!!!!!キーーーーーーーッッ!!!!』
(っ、明らかに気付かれてる!防音結界を起動開始、結界の最大稼働時間は5分…これ以降は完全に念話のみで作戦状況を伝えること、いいわね!)
(OKOK。腹括ってやるわ、ばっちこいッ!!)
防音結界発動のキーとして設定したように聖が指を不規則に3回弾くと、事前に貼り付けてあった防音結界が個別に作動し、薄緑のベールが2人それぞれの身体を覆う。
次第に薄緑色から透明に色褪せる結界の中は、まるで水の中にいるかのように周囲から入る音が濁って薄れていて完全な無音という訳ではなかった。
『ヒュュュューーーーーーッッッ!!!!!』
なおも続く咆哮は周囲の草や木の葉を激しく揺らすほどの威力だが、結界を纏った聖と真の耳には精々ちょっとした雑音程度にしか感じられず、事前情報のように体調に異常をきたすということはない。それはつまり、真の提案した作戦の第一段階は成功したということを意味する。
(体調に異常なしっ、第1関門は突破!じゃあさっさとこのデカブツを仕留めましょうか!)
(了解、なんだったら土御門1人でやってくれよ、俺は指示くるまで待機だからさ)
(…馬鹿言ってないでさっさと作戦立案と準備!しくじったら次こそ炭になるまで雷撃だからねッ!)
脳内での会話は普段通りの軽口。しかし、聖は鋭い視線で鵺を捉えて離さない。
あのな、普通にクソ忙しかったねんな。




