情報伝達系女子
頑張った
「マジか」
大体30分ほどの時間がすぎた後、痛つつ…と頭を摩りながら、リビングに置かれた横長のソファに転がされていた聖が頭を擦りながら目を覚ました。
それでもって、真の想像よりご都合主義。
珍しく自分に都合の良い感じに状況が働いているのに驚き、つい真はそう言葉を零してしまう。
「ん?何が”マジか”よ、だからなんで私が気絶してたか教えなさいって」
当然会話のキャッチボールに失敗した聖は眉を顰める。内心拙いと慌てそうになるのを真は堪え、予め考えておいた言い訳を諳んじる。
「あ〜、もう一回気絶する羽目になるから知らない方がいいと思うが…強いて言うならお前が緑さんに失言したってことだな」
「………やっぱ聞くのやめとくわ」
通りで容赦のない…と小さく独り言を漏らす聖を横目に真は『はい、完全犯罪成立。』と内心ほくそ笑んだ。
聖が緑に対して度々失言をして酷い目にあっているのは、百々目鬼〜テスト習慣の間の2週間のうちに小耳に挟んでいる。
またこのパターンか…となる人間の深層心理を突く、割と陰湿な手口でまんまと逃げ果せた真は、これ以上放置して思い出されたら困ると思い話を切り出した。
話題の中心は当然。
「それはさておき土御門、”鵺”だよ。俺はまだちゃんとした予定もチャートも聞いてないぞ」
「人の負傷をさておかないで貰いたいんですけど。…まあ今回は私が悪い感じだったっぽいし話題転換ってことでいいわ、”鵺”調伏について話しましょうか」
横長のソファに改めて深く座り込んだ聖に対して、背の低い木製の机を挟んで対面にあるソファに真は座った。
するといつの間にか聖のスッと横からティーカップが差し出され、それを片手に聖は話始める。
「電車で話したけど一応もう一度、鵺は西洋のキメラのようにいくつかの獣のパーツを寄せ集めた容姿の妖怪ね。平家物語に加えていくつかの古書にその存在は記されている妖怪の中でもそこそこのビッグネーム」
「そこまでは俺も調べた、能力は…」
真の言葉を遮るように聖が言葉を続ける。
「能力は『黒煙』と『病を引き起こす不気味な声』、特に厄介なのは後者。実際に討伐隊のうち半分は声を聞いたことで立ってられないような高熱を患い今もダウンしてるらしいわ」
「それは耳栓をしていなかったやつが悪いのでは…?」
若干疑問を浮かべる真。だがしかし、それはすぐに否定されることとなる。
「残念ながらこの能力の本質は振動にあるらしいの、耳を塞いでも自分の声が聞こえるのは骨伝導によるものなのは知ってるわよね?
それと同じで、ダイレクトに伝わってくる振動は耳を塞いでいても無駄ってコト。幸い先達の戦闘で病祓の護符で無力化できるのがわかったけど、鵺の妖力が強すぎるから護符の効力は精々5分が限度ね」
「…振動ごと断つ結界とかないのか?」
聖が思い浮かべたのは過去に自身が使用した事のある術式、機密性の高い情報を外部に漏らさないための、音だけでなく振動すら通さない完全な遮音結界。
確かにそれであれば鵺の咆哮を完全に無力化できるが、その作戦には大きな欠点がある。
「あるにはあるけど……防音に力を割いてるせいで防御性は皆無だし、戦闘中は当然動き回るから範囲指定で結界は使えないわけだし、そうしたら個人単位を指定する小型結界になるのよ?んなことしたらどうやって意思疎通するのよ。
小型のトランシーバーなんて持ってないしメッセージアプリでも使おうってワケ?」
内外での振動の伝達を100パーセントで遮断する高性能の結界ではあるが、その分防御性は皆無。大型の結界として自身と真を囲うように結界を敷いたとしても鵺の一撃で容易に粉砕されるのが目に見えていた。
しかし小型の結界として個人を覆うとしても、外部に音が漏れない以上会話による意思伝達が不可能になる。
無線で会話できるタイプの通信機器を持っているとしたら話は別だが、しかし手元にある有線式のイヤホンをぶら下げながら戦闘なんてできるはずもないだろう。
そういう事実もあり、両肩をすくめやれやれと言った様子で呆れ半分嫌味半分の聖。
しかし、真はやはり不思議そうに言葉を返す。
「いや土御門、”魂接”なら思念だし音も振動も関係ないんだろ。だったら護符なんて使わずにそれ使った方が確実じゃねえか?」
肩をすくめたまま聖がピタリと固まった。
しかしそのフリーズした体とは異なって、どこか人を小馬鹿にしたような表情はいつの間にか気まずそうな表情へとシフトし、露骨に真から目をそらしていた。
「…ちょっと悔しいけどその通りね。思念伝達なら情報にラグもないし、むしろそっちの方が確実かも」
「露骨に目を逸らしながら言うなよ…」
”魂接”とは文字通り魂同士の繋がり。
意図して接続を強くすれば繋がった”魂接”からまるで糸電話のようにお互いの思念を伝達し合うことができる。それはあくまで思念であり、電波でも振動でもないため遮音結界だろうがなんだろうが意味がない。
ここ3週間近く”魂接”をほぼ閉じていた聖としては、『そういえばそんなのもあったわね』と言った気分だろう。
しかし、よくわからない儀式でよくわからない契約を強要され、体細胞全てが悲鳴をあげるような苦しみを味あわされた真としては”魂接”を忘れようがなかった。
「じゃあ対策は病を引き起こす不気味な声の方は対策万全ってことで、前者の黒煙の方だが…」
「黒煙は問題になってないわよ。
なにせガスと質量が似ているのか足元に停滞する程度で、視界の阻害にはならないらしいし」
「視界を遮らないんじゃあ、まあ大したことはない、か………ん?」
能力が両方ともどうにか対処できることに一旦は安堵する真だが、頭に何かに引っかかった。
(能力自体は対処が簡単で叫び声も5分は対策できる。土御門は戦闘するとき符を大量に持ち歩いてる訳だし、前に戦っていた奴らも『対策用の護符を1枚しか持ってなかった』…なんてことはないはずだ)
とすれば、と真の脳裏で電球が光った。
「……で、あるとするなら。本当に脅威だったのは別の部分なんじゃないのか?」
前者の能力である『黒煙』は大したことはなく、後者の『病を引き起こす叫び声』によって討伐隊の半数は病に倒れたが、逆にいえば残り半数は戦闘は可能だったはずである。
しかし討伐は失敗し、この依頼は土御門に流れてきた。
「土御門。鵺の能力は対処できるって話なのに、前に戦闘していた術師がやられてたのはひょっとして…」
「気付いた?…その通り。
鵺は能力よりもシンプルにフィジカルが強いであるからこそ私たちに話が来たのよ。鬼種の木っ端とはいえ本物の”鬼”を二人で討伐した私たちに、ね」
聖のその言葉で真の頭をよぎるのは、ついこの前ボロ雑巾のようになりながらもなんとか痛勝した、百の眼を持つ凶暴な女鬼の姿。
真は知らなかったが、魔術の世界において”鬼”と言う存在は想像以上にビッグネームである。
少なくとも大規模で討伐するような本物の魔性。それをたった二人で下すというのは偉業にすら思われるような大金星だった。
「鬼なんてとんでもない存在を二人で倒した、うちの上層部はその功績が只のまぐれでないことを知りたいらしいのよ。
この依頼に成功すれば私の組織内の評価を上げてくれるんですって」
「そりゃよかったな、と俺がいつも通り巻き込まれてなかったら言ってやるところだが。またあの百々目鬼みたいなトンデモフィジカルと戦うんだろ…?」
「そうよ?」
まるでなんともないようにそう言い切る聖に、椅子から立ち上がった真は呆れ半分怒り半分に詰め寄った。
「…やだよ俺、あの後3日くらい筋肉痛でまともに動けなかったし全身傷だらけになったんだぞ?!」
「なら今度は怪我しないように無茶すればいいだけの話ね、頑張りなさいな。あ、今鵺の詳細データがデータベースに上がったから共有するわね」
理不尽を言ってのける聖の携帯がピコン!と電子音声を鳴らす、画面に表示されていたのは連盟局員から送られて来た鵺の詳細データだった。
現代っ子らしい手つきで素早くメッセージを真に転送する聖。真は送られて来たデータを恐る恐る開封する。
「…あ〜あ、また命懸けだこりゃ」
深くため息を吐き、脱力するように再びソファに座り込んだ真の携帯の画面。
そこにはできれば能力の詳細とともに、現実と伝承と擦り合わせされた具体的な体格や推定される重量などが網羅されていた。
「…なるほど。”猿の顔に狸の胴、虎の手足に尻尾は蛇、それが鵺の容姿であるがひとつ情報が抜け落ちていた。
その体躯は大柄の熊ほどであり、鎧武者の倍ほどの背丈であった”、私は熊なんて動物園以外で見たことないわね」
呑気にそんなことを言ってのける聖に対して、真は心底信じられないといった雰囲気で声を荒げ文句を言う。
「オイオイ、オイオイオイオイ!!?なんでそんなに余裕ブッこいてんだよ!?
これってつまり、魔術師十数人が纏めて伸したバケモノじみたフィジカルの妖怪を、素人と高飛車魔術師でぶっ倒して来いって言われてんだぞ!?」
「だ〜れが高飛車だコラ……それに素人なんていないわよ。アンタはブレーン兼私の式神なんだから」
そう言い放った土御門聖の表情は、傲慢ではなく確かな自信を感じさせる、そういう笑みだった。
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